25 『剣聖』を喰らう鬼

 足に力を込める。

 同時に、俺の足に装備された足鎧から暴風が発生。

 踏み込みと暴風を完璧に推進力へと変えて、俺は加護持ちの英雄にすら匹敵する速度で突撃した。


「速い……!? マジックアイテムか!」

「ご名答」


 この足鎧は、暴風が吹き荒れる山脈型の迷宮で手に入れてきた逸品だ。

 黒天丸の闇と同じように、任意発動で風を巻き起こすマジックアイテム。

 制御するのはかなり難しいが、使いこなせれば強力かつ応用の幅がいくらでもある。

 夢の中の俺が使っていた装備シリーズの一つだ。


 だが、それを使っても尚、老騎士の速度には到底及ばない。

 老騎士の反応速度を超える事は叶わない。

 当たり前だ。

 マジックアイテム一つで上回れる程、聖戦士は甘くない。

 老騎士は俺の予想外の速度に面食らったものの、慌てる事なく迎撃の一手を打って来た。


「『飛翔剣』!」


 老騎士が頭上から剣を真っ直ぐに振り下ろし、加護持ちの代名詞である飛翔する斬撃が俺に向かって放たれる。

 宣言通り手加減してないらしく、その斬撃はかつての剣聖スケルトンが黒天丸の力を借りて放った闇の斬撃よりも、強く、速く、大きく、鋭かった。

 いつも通り、脆い俺の体じゃ直撃=死だ。

 かすっただけでも、かすった部位が消し飛ぶだろうな。


 今までの俺なら、遠距離攻撃相手には防ぐか避けるかという選択肢しか取れなかった。

 反撃が一切できない。

 一応、俺にも黒月という遠距離攻撃があるが、距離によって威力の落ちた黒月なんか、聖戦士クラス相手にはあまりにも無力。

 薄皮一枚斬れたら御の字だろう。

 牽制か目眩ましにしか使えない。


 だが、今の俺は違う。

 しっかり、遠距離攻撃とを習得してきた。


「五の太刀━━」


 あらかじめ老騎士の動きを先読みし、飛翔する斬撃が放たれる直前、僅かに右斜め前へと踏み込む。

 その位置から飛翔する斬撃に黒天丸を合わせ、受け流しつつ斬撃自体の勢いで右足を軸に体を回転。

 回転に斬撃を巻き込み、軌道を180度歪めて、

 この技は言わば、歪曲の技術を合成する事により、遠距離攻撃にも対応できるようになった流刃。

 その名は……


「『禍津まがつがえし』!」

「何っ!?」


 老騎士の放った必殺の一撃が、そのまま老騎士自身へと返っていく。

 とはいえ、必殺というのは俺にとっての話だ。

 老騎士にとっては充分に迎撃可能。

 直撃しても恐らくは死なないレベル。

 そんな程度の攻撃が決定打になり得る筈もなく、老騎士は的確な対処によって、剣の一振りで己の斬撃を打ち消した。

 飛翔剣は老騎士の剣の中程に叩き斬られ、霧散する。


 しかし、当初の老騎士の目的である、遠距離攻撃による俺への牽制を失敗に終わらせたのも事実。

 飛翔する斬撃を放つ為に使った時間と、跳ね返ってきたそれを迎撃する為に費やした時間。

 浪費は数秒にも満たない僅かな時間だが、今の俺ならそれだけあれば充分に老騎士の懐へと飛び込める。


 俺は剣を振り抜いた直後の老騎士に向けて、至近距離から黒月による闇を纏った斬撃を放った。

 狙いは両腕。

 今の俺の剣技と黒天丸の破壊力があれば、相手の力を利用しなくとも腕くらい斬り飛ばせる。

 あわよくば、この一撃で剣聖から剣を振るう腕を奪ってやるつもりで刀を振るった。


「なんのッ!」


 だが、さすがにそう簡単にやられる老騎士ではない。

 老騎士は振り抜かれていた剣を技術と筋力に任せて無理矢理跳ね上げ、黒月による攻撃を強引に防いだ。

 黒天丸の刃と老騎士の剣の中程がぶつかり合い、一瞬つばぜり合いのような拮抗状態となる。

 本来なら力ずくで吹き飛ばしてしまうのが老騎士にとっての正解であり、俺にとっても望む展開なんだが、老騎士は俺の剣術が相手の力を利用するものだと既に知ってる。

 安易に力を込めれば危険だとわかってるのだ。


 俺の剣術は正道から外れまくってるからか、同じ剣士相手だと地味に初見殺しな所がある。

 しかし、初見ではない老騎士相手にそのアドバンテージは使えない。

 だが、それでいい。

 元からそんなもんに頼って勝とうなんざ思ってない。

 今日は真っ向から技量でねじ伏せさせてもらう。


 俺は、老騎士から仕掛けて来ないのならこっちからという気概を以て、一瞬の拮抗状態をこちらから終わらせた。

 相手の力ではなく自分の打ち込みの力を利用し、体を老騎士に寄せつつぶつかっている刀に力を込め、老騎士の剣を押すようにして反発のエネルギーを得ながら回転。

 剣を削るように刀を横に走らせ、回転しながら老騎士の右側を抜けて後ろを取る。


「ハッ!」

「ふんっ!」


 そのまま背中を斬りつけてやろうとしたが、老騎士は背中に回した剣で、俺の方を見ないままに攻撃を受け止めた。

 さすがにやる。


「ぬんッ!」


 その状態から老騎士は、思いっきり足下を踏みつけて移動すると同時に、地面を砕いた。

 老騎士が踏みつけた周辺だけじゃなく、俺の足場まで崩壊して、地面に小さなクレーターが出来上がる。

 教会前を破壊する事も厭わないか……。

 そこまでした目的は、足場を壊して俺の体勢を崩す事。

 ただ闇雲に剣を振るえば、全て返されてカウンターを食らうとわかってるんだろう。

 こんな小細工を弄してくる程剣聖に警戒されるというのは、中々に光栄だな。


「ハァ!」


 足場を壊され、体勢の崩れた俺に向けて、老騎士は容赦なく飛翔する斬撃を放つ。

 だが、この程度の崩しで俺の技を封じられると思われてるなら心外だ。

 これも禍津返しで跳ね返して……いや。


「そういう事か」

「素晴らしい! これも対処するか!」


 俺は使う技を咄嗟に禍津返しから歪曲へと切り替え、飛翔する斬撃を受け流した。

 斜め後ろから迫って来た老騎士に向けて。

 飛翔する斬撃を目眩ましに使い、超速で斬撃を追い越して背後から奇襲。

 直前の足場崩しも含めれば三重の策だ。

 どれも剣聖の身体能力がなければできない芸当だな。


 再び自分の攻撃に晒された老騎士は、二回目という事であっさりと斬撃を叩き斬り、そのまま俺に向かって突っ込んで来た。

 互いに相手の攻撃を捌いた直後だが、互いにそれで剣が鈍るような二流じゃない。

 至近距離にて読み合いが発生する。

 俺は徹頭徹尾カウンター狙いであり、老騎士は幾重にも重ねたフェイントで俺を欺く算段のようだ。

 老騎士の速度を相手に、見てからの反射では間に合わない。

 攻撃を正確に読む必要がある。


 老騎士は下段に剣を構えながら突進している。

 そのまま馬鹿正直に振ってくる事はないだろう。

 証拠に、前へ出している左足に必要以上の力が入っている。

 剣を囮に、左足を軸にした右足での蹴りか。

 それとも、左足で踏み込んで肩から体当たりをかますつもりか。

 いや、剣を握る腕にも力が入った。

 他の選択肢をフェイントに使い、あえてそのまま剣を使ってくる可能性もある。


 老騎士の選択はそのどれでもなかった。

 老騎士は左足に込めていた力を使って、一歩後ろへと下がったのだ。

 バックステップ。

 そして即座に、再び前へと出る。

 上手い。

 全ての攻撃動作を囮に使ってあえて後ろへと下がり、俺のタイミングを外した。

 加護によって補正される剣の技量だけじゃ、この動きはできない。

 これは老騎士が歴戦の中で研ぎ澄ましてきた、駆け引きの技術だ。

 素直に称賛するべきだろう。


 だが、━━読み勝ったのは俺だ。


「ぬっ!?」


 老騎士が下段から振り上げてきた剣を、俺は黒天丸によって最適なタイミング、最適の角度で受けた。

 流刃によって剣の勢いを回転力に変換。

 俺にとって右斜め下から振り上げられてきた剣に対し、こっちからも距離を詰める事によって、右回転しながら前に進んで受け流す。

 そのまま、さっきと同じように老騎士の右側を抜け、さっきと同じように背後から背中を斬りつけるように刀を振るう。

 ただし、一つだけさっきと違うのは、この一撃が流刃によって聖戦士の一撃に匹敵する威力と速度を持っているという事だ。


「オオオッ!」


 しかし、老騎士はこれも防いだ。

 凄まじい反射速度で後ろを振り向き、咄嗟に繰り出した一撃で俺の一撃を相殺する。

 刀と剣が再びぶつかり合った次の瞬間、俺は刀を滑らせ、剣の上に被せるように動かした。

 これは、一の太刀変型『流車』の予備動作。

 ぶつかり合った相手の剣を支点として飛び上がりながら体を縦に回転させ、上から敵のガードを越えて二撃目の流刃を叩き込む技。

 かつて、老騎士の体に唯一傷をつけた技。


 その時と同じ感覚を覚えてしまった老騎士は、反射で流車を警戒して刀を弾いた。

 それこそが俺の狙い。

 二撃目の流刃を繰り出せる技は流車だけじゃない。

 俺は飛び上がるどころか、しっかりと大地を踏み締めて老騎士の懐に飛び込み、腰を落としながら弾かれた刀を前へと押し出す。

 ガードを飛び越えるのではなく、ガードをすり抜けるように繰り出す流車のタイプ別。

 かつて剣聖スケルトンに放った、もう一つの流刃。


「一の太刀変型━━『流流』!」

「ぐっ!?」


 それが遂に老騎士の体に明確な傷を刻む。

 左足の太腿を半ばまで断つ、決して軽傷とは言えないダメージだ。

 機動力は大きく落ち、左足で踏ん張る事すら難しくなっただろう。

 だが、逆に言えばその程度だった。

 老騎士は直前に俺の動きを読み、体を捻ってダメージを最小限に抑えたのだ。

 そして、刀を振り抜いてしまった俺に対し、老騎士の剣は流車のフェイントに引っ掛かったせいで、逆に振るわれていない状態で残っていた。

 災い転じて福となす。

 その千載一遇のチャンスを逃す老騎士ではない。


「ハァアア!」


 老騎士の剣が振り下ろされる。

 俺の左の肩口から体を両断する軌道。

 恐らく、トドメは刺さずに心臓へ到達する前に剣を止めるつもりだろうが、そうなればこの決闘は俺の負けだ。

 黒天丸は振り抜いてしまって使えない。

 腰の怨霊丸を引き抜く暇もない。

 端から見れば絶体絶命だ。


 しかし、これもまた俺の予測通りである。


「なっ!?」


 俺は黒天丸から左手を離し、腕を守る手甲で老騎士の剣を防いだ。

 この手甲は、強靭にしてこの世で最も軽いと言われる魔法金属『ミスリル』を使って作られている。

 ミスリルは深い迷宮の底でしか手に入らない金属だ。

 俺はそれを奈落のような底無しの迷宮の深部で手に入れ、馴染みのドワーフに依頼して手甲をはじめとしたミスリル製の防具を作ってもらった。

 といっても、手甲と胸鎧だけだがな。

 足鎧は暴風のマジックアイテムだし。

 だが、それだけでも防具としての質は最高の一言だった。

 軽くて行動を阻害しない上に、その強靭さたるや、剣聖スケルトンの羽織と併用すれば、老騎士の攻撃が直撃しても一撃くらいは耐えられたかもしれない。


 そんなミスリル製の手甲だからこそ、老騎士の一撃を防げた。

 いや、正確にはこれだけでは防げない。

 ただ盾にしただけでは、剣聖の一撃の前に両断されて終わりだろう。

 だからこそ、しっかりと流刃の応用で受け流す。

 左斜め上から振り下ろされた剣を左手の手甲で受け流し、左回転。

 刀は無理な位置にあってさすがに振るえないが、代わりに叩きつけられるものならある。


 俺は体の回転に合わせて右足を浮かせ、風によって更に加速した後ろ回し蹴りを老騎士の側頭部に叩き込んだ。


「一の太刀変型━━『流刃・無刀』!」

「かはっ!?」


 手応え、いや足応えありだ。

 この決闘が始まって初のクリティカルヒットが入ったと確信した。

 剣聖の力を無駄なく乗せた蹴りは老騎士を吹き飛ばし、脳も揺らしたのか老騎士の体勢が大きく崩れる。

 頭蓋にヒビくらい入っているだろう。

 それでも俺は油断せず、決着をつける為に老騎士へ向かって踏み込んだ。

 それに……


「お……ぬぉおおおおおおお!」

「やっぱりな」


 あんたがこの程度で倒れてくれる訳ねぇよな。

 わかってた。

 だが、もう老騎士に余裕がない事も事実だ。

 恐らく、次が最後の攻防になるだろう。

 そう確信し、俺は最後の一撃の為に全意識を集中させた。


 そして、老騎士もまた最後の力を振り絞って、大技を繰り出す。

 この戦いの最後を飾るに相応しい、剣聖の全身全霊をかけた必殺の一撃を。


「『天極剣』ッッ!」


 それは、美しい一撃だった。

 技の概要としては、ただ振り上げて、振り下ろすだけというシンプルな技。

 だが、その技には一切の無駄がない。

 無駄に浪費される運動エネルギーはなく、僅か足りとも軌道はブレず、ミリ単位で歪みは一切ない。

 歪曲でもこの一撃を歪める事は不可能だろう。


 この技は、まるで剣の極致。

 『剣聖』という最高峰の剣士として生まれ、その才覚を極限まで磨き抜いた末にようやく放てるであろう、至高の一太刀。

 まさに、より賜った才能をめた者のみが振るえる最強の

 才無き俺では、一生を懸けても到達できない高みだろうな。


 だからこそ、打ち破る価値がある。

 俺はあえて真正面から、至高の剣技に挑んだ。


 思い出せ。

 俺の剣術はなんだ?

 最強の剣技か?

 いや、違う。

 俺の剣術は、最強殺しの剣だ。

 

 上回る必要はない。

 ただ、勝てばいい。


「六の太刀━━」


 この技は、ある意味、俺の剣の本質に最も近い技かもしれない。

 対魔王用の最終奥義である最後の技を除けば、七つの必殺技の終わりに位置する技。

 ぶつかり合えば強い方が勝つ。

 そんな天が定めた絶対の理を覆す為の技。

 天に反逆する為の技。

 故に、この技の名は……


「『反天』!」


 俺の刀と老騎士の剣が真っ向からぶつかり合う。

 そして、━━バキリという音が響き渡り、老騎士の剣に大きな亀裂が入った。


「なん、だと……!?」


 老騎士が驚愕の声を上げる。

 六の太刀『反天』。

 相手の攻撃エネルギーに、こっちから叩き込んだエネルギーをぶつけて炸裂させ、内部から破壊する技。

 相手の最も脆い所に、最も破壊力の高い衝撃を届かせ、最も強い時の相手の攻撃エネルギーとの板挟みにして壊す技。

 とてつもなく精密で正確な技術が要求される奥義。

 その代わり、天賦の筋力や速度はそこまで必要ない。

 最低限はいるが、それだけだ。


 要求されるのは、ただただ技術のみ。

 そして、才能と呼ばれるものの中で、唯一技術にだけは上限がない。

 人間の戦闘に関する才能の内、筋力も、防御力も、速度も、魔力も、鍛え上げるには上限という名の限界がある。

 加護を持つ者達に比べると俺の上限はとてつもなく低く、とてもじゃないが太刀打ちできない。

 だが、技術だけは違う。

 鍛えれば鍛える程上がっていく。

 だからこそ、技術ならば加護持ちにも追いつけるのだ。

 技術によって、実力の差をひっくり返せるのだ。


 もちろん、そう簡単な話じゃない。

 加護持ちは技術に関してもとてつもない成長速度を誇り、凡人が十倍の努力をしても追いつけない。

 追いつくには、百倍千倍の常軌を逸した努力がいる。

 自らを常時死の淵に追い込み、数え切れない程の死線を越えて研ぎ澄ますくらいは普通にやらなくてはならない。


 そこまでやっても、まだ足りない。

 圧倒的な格上に勝つには、その技術で格上に通じるような技を編み出すしかない。

 そうして、夢の中の俺が苦悩の末に生み出したのが、格上殺しに特化した最強殺しの剣だ。

 徹底的に相手の力を利用して勝つ。

 相手が強ければ強い程、こっちの攻撃も強くなる。


 戦いには相性というものがある。

 火魔法の使い手は水魔法の使い手に弱く、接近を許した魔法使いは剣士に弱い。

 それと同じで、俺はになろうとした。

 俺は弱い。どうしようもない弱者だ。

 だが、全ての強者にとって相性の悪い弱者だ。

 強者を殺せる弱者だ。


 それを目指してきた俺の努力が今、少なくとも剣聖という強者に届いた。


「あああああああ!」


 刀に力を込める。

 ヒビ割れた剣を両断する為に。

 反天は本来なら他の技では突破できない、頑強な鎧だの鱗だのを持つ相手を想定した技だ。

 それを貫通して内部の骨なんかを砕く為に作った。

 柔い部分がほぼない上に、技巧を以て複雑な軌道を走り回る剣を砕けるような技じゃないんだが……今回は何度も何度も老騎士の剣の同じ場所を攻撃して、あらかじめ脆くしておく事で無理矢理成立させてもらった。

 狙ったのは老騎士の剣の中程。

 最初に禍津返しで自分の攻撃を防いだ時から、ずっと標的にしてきた場所だ。


 これもまた一つの努力。

 それが遂に実を結び……老騎士の剣を半ばから断ち切った。


「なんと……!?」

「おおおおおおお!」


 そのまま黒天丸の刃は前進する。

 剣をへし折り、鎧を裂き、遂には、━━老騎士の体に袈裟懸けの傷を刻み込んだ。



「少年。改めて言おう。━━見事だ」



 その言葉を最後に、老騎士は膝をついて崩れ落ちる。

 立ち上がる気配も、剣を構える気配もない。


「私の、負けだ」


 そして、剣聖は敗北を宣言したのだった。


「勝った……?」

「「「ルベルト様ァ!」」」


 俺が勝利の実感を掴めないでいると、バリケードを築いていた騎士達が慌てて老騎士に近づいてきた。


「騒ぐな。傷は浅い。……最後の一撃、どうやらトドメを刺さないように手加減してくれたようだな」

「……ええ。聖戦士を死なせる訳にはいきませんから」

「ふっ。それに対して、私は君に傷一つ付けられなかった訳だ。……完敗だな」


 老騎士は悔しそうに、だけど、どこか晴れ晴れとした表情でそう言った。

 そんな老騎士に治癒術師と思われる人達が群がり、数人がかりで治癒魔法をかけていく。

 この分なら、すぐにでも完治するだろう。


「さあ、この決闘は君の勝ちだ。

 私は全身全霊を尽くして戦い、敗れた。

 正真正銘、文句のつけようもない君の完全勝利だ。

 ━━ならば、君には行くべき所があるだろう。

 君はその為に頑張ってきたのだから」

「……はい。ルベルトさん、ありがとうございました」

「礼を言われるような事ではないさ。

 行きなさい、『剣鬼』アラン。

 無才の身でありながら『剣聖』を打ち破りし者。

 尊敬すべき若人よ」


 とても優しい目で俺を見る老騎士に深く頭を下げ、俺は教会のバルコニーを見上げた。

 ……ようやくだ。

 ようやく胸を張って会いに行ける。


 俺は万感の想いを胸に、大切な幼馴染の居る場所に向けて歩みを進めた。

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