24 始まりに立つための資格

 ステラの出立式が行われる最中、俺はそれに乱入して盛大に場を引っ掻き回し、挙げ句の果てには、この場で老騎士との決闘をおっ始める事になった。

 後悔はしてない。

 元からそのつもりだった。

 まあ、ステラがちょっと辛そうな顔してるのを見て、反射的に飛び出したのは否定しないが。


 正直、俺は民衆というものが好きじゃないからな。

 夢の中でステラに勝手な期待を押しつけて、重責を背負わせるだけ背負わせて潰したくせに、いざステラが魔王に負けると、辛い生活が終わらないのはステラが魔王を倒せなかったせいだと、自分達は何もしないくせにこぞって批難するようなクソどもなんぞ滅びればいいとさえ思ってる。

 まあ、さすがに、そんなのは一部のクズの話だが。

 それでも、ステラに期待を押しつけて何もしなかったってあたりが夢の中の自分と被って、どうしても好きになれない。

 いわゆる、同族嫌悪というやつだ。


 それはともかく。

 勇者の出立式ともなれば、その警護には魔王軍や各地の魔物との戦いで動けない戦力を除けば最高の戦力が動員される筈だ。

 あり得ないだろうが、万が一にも勇者が暗殺でもされたら最悪だからな。

 それを真っ正面から蹴散らせば、俺が強いという事のいいアピールになる。

 かつて、老騎士は言った。

 俺がステラの仲間になるには、聖戦士以上の力を示す事が

 つまり、他にもクリアしなければならない問題があった訳だ。

 だが、その問題の大半は『納得させる事』で解決するだろう。


 この公衆の面前どころか、全人類が注目しているとさえ言える場で決闘を起こせば、誰もがその結末を見届ける事になる。

 王も、民も、騎士達も、誰もが言い逃れのできない『結果』を目の当たりにする事になる。

 ここで俺が勝ったのなら、誰もが認めるしかなくなるのだ。

 俺が聖戦士よりも強いという事を。

 決闘を見てなかったから認めないとか、そんなイチャモンは許さない。

 ここで白黒ハッキリつける。


「お前達は民を遠ざけ、その盾となれ。決して決闘の余波を通してはならんぞ」

「「「ハッ!」」」


 俺がそんな事を考えてる間に、老騎士は決闘のフィールド作りをしてくれてた。

 騎士達が民衆を遠ざけ、その前に盾を持ってズラリと並ぶ。

 まるで即席の闘技場のように、俺達が戦える場所が出来た。

 決闘を受けてくれた事といい、この人には本当に感謝だ。

 その恩を返す為にも、全力で期待に応えてこの人を超えて行く事を改めて誓う。


「さて、改めて久し振りだなと言っておこうか、少年よ。

 よくぞそこまで成長し、このステージまで辿り着いたものだ。

 私は君を心から尊敬する」

「ありがとうございます」


 俺は素直な気持ちで彼に礼を言う事ができた。

 俺がここまで来れたのは、ある意味、この老騎士のおかげだ。

 あの時、この人に徹底的な敗北を与えられ、同時に超えなければならない境地を指し示してくれたからこそ、俺はそれを目指してひた走って来れた。

 夢の中の俺という存在と同じく、この人は俺にとって明確な目標であり指標だったのだ。

 俺の礼の言葉を聞いて、老騎士は僅かに驚いたように目を見開いた後、とても優しい顔で笑った。

 しかし、その顔は即座に真剣なものへと変わる。

 戦うべき相手を見据えた剣士の顔に。


「だが、私は『剣聖』ルベルト・バルキリアス。

 剣聖として、人類の守護者の一人として、そして何よりも君を見出だした者として。

 君が真に勇者様の仲間として相応しいか否か、その力があるか否か、我が身を持って見極める義務がある」


 そう言って、老騎士は剣を引き抜いた。


「手加減はしない。全力で行かせてもらう。勇者様の隣に立ちたくば……私を倒してから行けッッ!」


 前に本気を見せた時よりも更に強い、殺気すら超える凄まじい闘気が老騎士の体から吹き出す。

 これが現役の聖戦士の気迫……!

 夢の中の魔王を除けば、間違いなく俺が出会って来た中で最強の存在だ。

 その絶大な気迫を受けて俺は……笑った。


「上等……!」


 それでこそ挑む価値がある。

 それでこそ倒す意味がある。

 俺の目的は今も昔もただ一つ、ステラを守り抜く事だ。

 その為には、ステラがいずれ戦う事になる強大な敵、魔王軍最高幹部『四天王』や、全盛期の魔王とだって張り合えるだけの力がいる。

 魔王は世界最強の存在。

 四天王だって、聖戦士と英雄達が束になっても倒せない化け物って話だ。

 老いた剣聖一人倒せないようじゃ、俺にステラの隣に立って、そいつらに挑む資格はない。


 いいぜ、剣聖。

 俺はあんたを倒して、その資格を手に入れる。

 大切な奴を守る為のスタートラインに立つ為の資格だ。

 俺だって容赦はしない。

 全身全霊を賭けて、もぎ取ってやる!


「頑張れ! アラン!」


 その時、ステラからの応援の言葉が聞こえた。

 ……そういえば、さっき久し振りに顔を見た訳だが、随分と綺麗になってやがったな。

 夢の中まで含めて、あいつの成長した姿なんぞ見た事なかったから不思議な気持ちだ。

 夢の中の長い人生を経験したせいか、今まではこう、ステラと言えば子供ってイメージがどこかにあったんだが、それも払拭された感じがする。

 それも含めて不思議な気持ちだ。


 なんにせよ、普段は小憎たらしい幼馴染からの、珍しく素直な声援だ。

 普通に嬉しいし、口元が緩む。

 だから俺も、素直に言葉を返した。


「ああ! 任せとけ!」


 ああ、なんだろうな、この気持ちは。

 緩んだ口元が戻らない。

 闘志とは別の何かで胸が熱くなって力が湧いてくる。

 老騎士を侮る訳じゃないが、どうにも負ける気がしなかった。


 俺は騎士達の制圧用に使っていた怨霊丸を鞘に戻し、本気用の黒天丸を引き抜いて構えた。


「ふっ。先程よりも更にいい顔になったな。好きな女に背中を押された男の顔だ」

「……そういうんじゃないですから」

「ククク。まあ、今はそういう事にしておこう」


 老騎士の気迫の中に混じった、微笑ましいものを見るような生暖かい目が気になったが、今は無視する。

 老騎士もまた、一瞬で気迫を純度100%のものへと戻した。


「さて、では始めるとしよう。このコインが地面に落ちたら決闘開始だ。それでよいか?」

「ええ、構いません」


 老騎士は懐から取り出したコインを俺に見せてそう言ってから、親指でピンッと弾いた。

 コインがクルクルと宙を舞い、最高到達点で一瞬静止してから落下してくる。

 そして、━━コインは地面に落ちて、決闘開始の合図となる甲高い音を鳴らした。


 開戦だ。


「まずは最初の試練だ」


 小さくそう呟いて、老騎士が見覚えのある動きをする。

 なるほど、いきなりそう来たか。


「参る。━━『刹那斬り』!」


 その瞬間、俺の視界から老騎士の姿がかき消えた。

 あの技だ。

 忘れもしない。

 5年前、俺はこの技の前に一切の抵抗を許されずに倒された。

 迎撃どころか、反応する事すら許されなかった、神速の一閃。

 それが再び俺に襲いかかり、気づいた時には攻撃を終えた後の老騎士が背後にいる。

 そして老騎士は……



「なるほど。見事だ」



 称賛の言葉を口にした。

 今の一瞬の交差において俺にダメージはなく、逆に老騎士は僅かながら傷を負っていたからだ。

 そう。俺は刹那斬りを返したのだ。

 さすがに流刃を当てる余裕まではなかったが、歪曲で刹那斬りの軌道を歪め、同時に老騎士が通過する空間に刃を置いてきた。

 刹那斬り。

 相変わらず恐ろしい技だったし、今回も目で追えた訳じゃない。

 だが、先読みする事はできた。

 修行によって力の流れをより正確に把握できるようになった今の俺なら、動き出しを見ただけで相手が次にどう動くのかがわかる。

 どんなに速い攻撃でも、どのタイミングでどこに打ち込んで来るのかが正確にわかれば、対処は容易い。

 最低限、食らいつけるだけの身体能力さえあればな。

 鍛え続けた俺の体は、その最低限の基準を満たしてくれた。


 これなら老騎士とでも充分に戦える。

 もう瞬殺される事はない。

 俺は遂に、圧倒的な力を持つ聖戦士相手に、勝負の土俵に立てる所まで来たのだ。


「今度はこっちから行くぞ」

「ああ! 来るがいい!」


 足に力を込め、俺は老騎士に向かって突撃した。

 刹那の内に敗れたあの日の敗北を踏み越えて、俺は前に進む。


 そうして、ステラの隣に立つ為の、最後の試練が始まった。

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