14 登り詰めて

「神の御力の一端たる癒しの力よ、傷付きし子羊を救いたまえ。━━『治癒ヒーリング』!」


 多少は剣聖スケルトンのリズムを掴めるようになって生まれた余裕を使い、治癒魔法を発動させて傷を治す。

 これで、まだまだ戦える。

 もっとも、傷は治っても体力までは回復しないから長期戦は無理だろうが、それでも猶予時間が伸びたのは大きい。


 剣聖スケルトンの舞いが始まってからどれくらい経ったのか。

 恐らく、まだ10分も経ってない。

 だが、超高速斬撃の嵐を発生させる為に、普通の舞いより遥かに速い動きをしてるせいで、舞いの一曲分に当たると思われる動きはとっくに出尽くした。

 曲の終わりと始まりが完全に連結してるせいでわかりづらかったが、なんとか一度見た動きがループしてる事に気づき、パターンを見切っていざ反撃だと思ったんだが……なんと剣聖スケルトンは、こっちが見切った攻撃を捌いて前に出た瞬間、曲その物を変えてきやがったのだ。


 優美な舞いから、激しき舞いへ。

 曲が変わればリズムも動きもガラリと変わり、今までの読みは役に立たなくなる。

 また一からやり直しだ。

 そうして、なんとかその曲も見切れば、更に次の曲。

 それも見切れば、また次の曲。

 この繰り返しが発生している。

 いい加減にしてくれ。

 持ち歌何曲あるんだ。

 もう、こいつの本職は剣士じゃなくて芸者だったとしか思えなくなってきた。


 こんな、いくつあるかもわからない曲に一々付き合ってたら、こっちの体力が持たない。

 危険は承知だが、どこかのタイミングで仕掛けるしかないだろうな。

 幸い、今までの読みも全くの無駄って訳じゃない。

 奴の舞いは、曲が変わっても一部の動きが類似してたりする事がある。

 俺は踊りになんて詳しくないが、多分剣術と同じで基本となる下敷きの型みたいなものがあるんだろう。

 剣術で言えば、剣の握り方とか、刃の立て方みたいな基本中の基本。

 そういうのを認識する事で、最初は奇っ怪な未知の技に見えた奴の動きの感覚を少しだけ掴めたような気がする。


 最低限とは言え、奴の技を読む力は身につけた。

 今ならギリギリ反撃に出られる。

 行くしかないな。


「フッ!」


 防戦一方の姿勢を解き、歪曲を使いながら強引に前に出る。

 その途端に変わる剣聖スケルトンの曲調。

 もう何度目かもわからない光景。

 だが、今回は構わずに突き進む。

 読み切れない、あるいは捌き切れない攻撃が俺を斬り裂くが、意地で致命傷だけは避ける。


 剣聖スケルトンが黒刀を真上に振り上げ、そこから横向きに円を描くように振るう。

 黒い満月のような美しい斬撃。

 その斬撃が螺旋状に渦を巻き、俺に迫って来た。

 歪曲を使い、流れに沿って刀を動かす。

 斬撃が速すぎて完全に刃を合わせるのは不可能。

 故に、僅かな動作、僅かな力だけで軌道を変える。

 刃の向きは敵の斬撃を滑らせるように。

 加える力は敵の斬撃を押し出すように。

 抗う力はねじ伏せられるが、押し出す力なら意外と影響を与えられる。

 流れに沿って闇の斬撃に横から力を加え、攻撃をむしろ加速させる事で狙いの方向へと誘導するのだ。


 次に敵が繰り出して来たのは、上に向けて放った三日月のような三つの斬撃。

 どんな曲芸を使ってるのか、三つの斬撃がブーメランのように回転しながら弧を描き、上から俺に向かってきた。

 更に、ブーメラン斬撃が到達するまでの時間で新たに繰り出された、地を這うような横薙ぎの斬撃が一本。

 四つの斬撃による同時攻撃。

 その様は、まるで獣の口の中に飛び込み、上下から迫り来る牙を見ているかのようだ。


「ハァッ!」


 俺はまず流刃を使い、左斜め前に飛び上がりながら地を這う斬撃に刀を添える。

 それを受け流す事によって速度を得て、加速した刃で一番近い左の斬撃へ歪曲を使った。

 受け流す方向は、残り二つの斬撃が迫っている場所。

 軌道を歪められた左の斬撃が、真ん中と右の斬撃に当たって、三つの斬撃が連鎖的に消滅する。

 これぞ、歪曲の一段階上と言うに相応しい秘技。


「二の太刀変型━━『歪曲連鎖』!」


 複数同時攻撃に備えた技だ。

 防げぬ攻撃なしと豪語したのは伊達じゃない。

 これでまた剣聖スケルトンへと近づいた。


 次の攻撃は……何やら剣聖スケルトンが回転している。

 黒刀から吹き出す闇が一回転ごとに膨れ上がり、やがてそれを解き放つかのように俺に向けて射出した。

 発射の直前にやってた祈祷みたいな謎の動きのせいか、解き放たれた膨大な闇の力は、何故か巨大な黒龍の形を成している。

 もう曲芸とかそんな領域じゃない。

 完全に魔法の域だ。

 だが、そういう事なら、これを迎撃する技は決まっている。


「三の太刀━━」


 これは対魔法用、いや対広範囲攻撃用の技。

 歪曲で唯一防げない攻撃に対する備え。

 この手の攻撃には必ずどこかに『綻び』というものがある。

 巨岩に入った亀裂のような脆い部分が。

 その綻びを一瞬で見つけられるようになるのは凄まじく大変だが、見つけられるようにさえなれば、綻びを突いて斬って押し広げる事で、炎でも水でも雷でも、なんでも斬り裂けるようになる。

 特に、魔法みたいな即席で作られた物は脆い上に、魔力の流れの淀みというわかりやすい綻びがあるから効果抜群だ。

 斬り裂き、霧散させる三の太刀。

 その名は……


「『斬払い』!」


 三つ目の必殺剣が闇の龍の眉間に突き刺さり、突き破る。

 綻びを貫かれた闇の龍は、そこから魔力の流れを狂わされて霧散し、消滅した。

 その残骸を突き抜けて、俺は剣聖スケルトンに肉薄する。

 わざわざ、そこそこの準備時間のかかる大技を使ってくれたおかげで、その分の時間で距離を稼げた。

 もう剣聖スケルトンは目と鼻の先。

 王手だ。

 しかし、ここからが本番でもある。


 剣聖スケルトンが舞うのを止め、懐に飛び込んで来た俺を迎撃するべく黒刀を振るう。

 真上からの振り下ろし……と見せかけて空中で黒刀を手放し、両の腕を交差させて、刀身分の間合いを埋める飛翔する手刀を放ってきた。


「ッ!?」


 その予想外のフェイントを読み切れず、辛うじて飛ぶ手刀を歪曲で逸らす事しかできなかった俺は、受け流し切れなかった手刀の衝撃に押されて後ろへ弾き飛ばされた。

 ダメージは軽微だ。

 両腕はかなり痛いが、カマキリ魔族相手に不完全な歪曲を使って砕けた時に比べればどうって事ない。

 それよりも、せっかく詰めた距離をまた離されてしまうのはマズイ!


 俺は着地の瞬間、後ろへ転がるように受け身を取り、そのままバネのように足を使って、吹き飛ばされた勢いを前に進む力に変換し、思いっきり地面を蹴った。

 その時には既に、剣聖スケルトンは手放した黒刀を再度手にしており、体勢の崩れた俺に向かって容赦なく闇の斬撃を放ってくる。

 だが、この程度の崩しでやられる俺じゃないぞ。


「『激流加速』!」


 斜めに振り下ろされた斬撃を、こっちも体を斜めにして屈む事で躱し、同時に体を後ろに回転させながら斬撃に刀を沿わせる。

 さっき三日月ブーメランと一緒に飛んできた地を這う斬撃を受け流した時と同じ要領で、今度は激流加速を使って前方へと加速。

 再び、剣聖スケルトンの懐へと入る。


「ハッ!」


 そして、剣聖スケルトンに向けて刀を振るった。

 狙いはさっき一撃入れる事に成功した右の足首。

 あわよくば、ヒビ割れた箇所を完全に砕いて、片足を奪ってやるつもりの攻撃。


 当然、こんな何の捻りもない攻撃が通用する相手じゃない。

 剣聖スケルトンは俺の攻撃をあっさりと見切って一歩後ろへ下がる事で回避し、フェイントを入れてから反撃の一閃を振り下ろして来る。

 だが、それもまた俺の予想通り。

 今の攻撃は剣聖スケルトンの攻撃を引き出す為の牽制だ。

 通じないとわかってる攻撃を牽制以外に使うバカはいない。


 フェイントを見抜き、剣聖スケルトンの反撃を流刃で受け流し、その勢いを利用して今度はこっちが反撃。

 しかし、それも剣聖スケルトンの剣技の前に容易く防がれる。

 諦めずに、ガードに使われた黒刀とぶつかった刀を支点にして飛び上がり、体を縦に回転させてガードを上から飛び越える技『流車』を使うが、それすらも冷静に見切って躱された。


 そう。

 間合いを詰めたからと言って終わりじゃない。

 あの舞いを潜り抜けても、剣聖スケルトンには近接戦闘において無類の強さを誇る『剣聖』の絶技がある。

 これを攻略しない限り、俺に勝機はない。

 これを超えて行かなければ、俺にステラの隣に立つ資格などない。


 それは余りにも高い壁。

 普通の加護を持つ者でさえ、俺みたいな無才の凡人では決して勝てないとまで言われているのに、剣聖は更にその上の領域に居る。

 目の前の、生前とは比べ物にならない程衰えた筈の剣聖の成れの果てですら、何度も何度もボコボコにされて、何度も何度も手足ぶった切られて、それでも諦めずに挑み続けた末に、ようやく多少の手傷を与えるのがやっとという、ふざけた強さだ。

 現役の剣聖である老騎士はもっと強いだろうし、勇者として覚醒し、成長を遂げたステラはもっともっと強いだろう。

 その敵として現れる魔王軍の最高幹部『四天王』や、最後の壁として君臨している全盛期の魔王の強さなんて、もう考えたくもない。


 だが、それでも、その全てを俺は超えて行かなければならないのだ。

 身の程を弁えるつもりなんてない。

 分際を弁えるつもりなんてない。

 俺は『無才の英雄』として勇者の隣に立つと決めた。

 今度こそステラを守り抜くと決めた。

 なら、この程度の壁を乗り越えられなくてどうする!


「おおおおおおお!」


 不屈の闘志を込めて刀を振るう。

 狙いは当然、流刃によるカウンター。

 それに繋がる攻撃を引き出す為に、負傷している足首や、和服で守り切れずに露出している手首、首筋なども狙った。

 これらは牽制だが、骨の隙間に刃を通せば攻撃として成立する。

 剣聖スケルトンも無視はできない。


 牽制、フェイント、本命を織り混ぜて、俺と剣聖スケルトンは壮絶な剣戟を繰り広げる。

 戦況は、剣聖スケルトンがヒビ割れた片足を庇いながら戦ってるおかげで、ようやく互角。

 戦いを続ける内に、お互い細かい傷が増えてきた。

 ただし、剣聖スケルトンは死者故に痛みも疲労も感じず、逆に生者である俺は出血と体力切れで動きが徐々に鈍くなってきてる。

 今は互角だが、戦いの趨勢は徐々に徐々に剣聖スケルトンの方へと傾いていく。

 いつもの負けパターンだ。

 何か逆転の一手を打ち出さなければ、今日も俺は逃げ帰ってリンにどやされる事になるだろう。

 何か、何かないか……!?


「!?」


 必死に頭を回転させていた時、その一手は予想外の所から放たれた。

 いや、放たれたというのは語弊がある。

 何故なら、俺が狙って放った訳ではないのだから。


 突如、剣聖スケルトンの体勢が崩れた。


 最初の一撃でヒビの入った右足首。

 それがこれまでの激闘に耐えられず、遂に砕けたのだ。

 降って湧いた……いや、これまで必死に戦ってきたからこそ訪れた、千載一遇の好機。

 体に染み付いた感覚が、己の晒した隙を突かせまいとしたのだろう。

 剣聖スケルトンの体が反射的に動き、右腕一本で黒刀を振り抜き、薙ぎ払うような鋭い斬撃を放ってきた。

 だが、それは悪手。

 俺を相手に不用意な攻撃は自殺行為だ。


「『流刃』!」


 その不用意な攻撃を受け流し、その勢いを乗せた流刃によって、黒刀を握る右手首を斬り飛ばした。

 持ち主から離れた黒刀がクルクルと宙を舞う。

 やった。

 そんな思考が俺を支配し、一瞬、ほんの一瞬だけ俺は気が緩んでしまった。

 相手はこの程度で終わる奴じゃないとわかっていたのに。


 剣聖スケルトンが残った左手で拳を握る。

 なくした武器になど見向きもせず、こいつは俺への攻撃だけを考えていた。

 そうして、拳が放たれた。

 剣を持たない剣聖の攻撃なんて怖くない……なんて事は勿論ない。

 確かに、剣やそれに類似する武器を持たなければ剣聖の加護の効果を十全に発揮する事はできないだろう。

 だが、武術系の加護を持つという事は、ただそれだけで常人とは比較にならない凄まじい身体能力を得るという事だ。

 そんな身体能力から放たれた拳は、格下どころか同格の相手にすら充分に通用する破壊力を持っている。


「ぐっ!?」


 気の緩みを突かれた俺は、なんとか攻撃に反応して歪曲を使ったものの、そんな状態で放った歪曲は完璧から程遠く、拳の威力に負けて刀を弾き飛ばされてしまった。

 歪曲だけに限った話じゃないが、俺の必殺剣はどれもこれも滅茶苦茶シビアな正確さを要求される。

 それくらいの絶技でなければ遥か格上になんて通用しない。

 だからこそ、こういう気の緩みは致命傷なのだ。

 弱い。

 力だけじゃなく、精神力まで俺はまだまだ弱い。

 猛省する。

 だけど今は、反省するよりも先にやる事がある!


「うぉおおおおお!」


 俺は痛む腕や体を叱責して、勝利へと手を伸ばした。

 怨霊丸を弾き飛ばされ、お互いに無手での対峙となれば俺に勝つ術はない。

 だが、勝利への鍵はすぐそこにあるのだ。

 俺がそれを手にするのが早いか、剣聖スケルトンの拳が俺を打ち砕くのが早いか。

 最後の勝負。

 その勝負に俺は……勝った。


「あああああああ!」


 剣聖スケルトンの拳の軌道を先読みして避け、俺はそれを掴んだ。

 持ち主の手から離れ、クルクルと宙を舞っていた黒刀。

 夢の中の俺が振るった終生の相棒『黒天丸』を。

 それを力の限り握り締め、剣聖スケルトンの拳を潜り抜けて懐に入り、全力でその土手っ腹に向けて突き刺した。

 非力な俺の力を補って余りある闇の破壊力が、剣聖スケルトンの全身を守っていた和服を貫き、骨の体を支える唯一の柱である背骨に突き刺さって破壊する。


「…………!」


 剣聖スケルトンの体が上下の連結を断たれ、地面に崩れ落ちる。

 体を真っ二つにした。

 普通のスケルトンは、ここまでのダメージを与えれば塵に帰る。

 だが、俺は最後まで油断せず、剣聖スケルトンの胸に向けて黒刀を振り下ろした。


 その刹那。

 トドメを刺されようとする剣聖スケルトンの骸骨となった顔に、優しげな女性の顔が被って見えた。

 その女性は、まるで「合格だよ」とでも言いたげな優しい笑みを浮かべたような気がした。

 かつて、夢の中でも一度見た覚えのある感覚。

 それを感じた直後、黒天丸が剣聖スケルトンの体を破壊し……長きに渡って戦い続けた命なき強敵は、遂に塵となって天に帰って行った。


「勝った……」


 強敵の最期を見届けた俺は、やっと掴んだ勝利の味を噛み締める。

 厳しい戦いだった。

 至らぬ点も多々あった。

 半分は運に助けられて得た勝利。

 しかし、もう半分は紛れもない実力でもぎ取った勝利。

 ようやく俺は、成れの果てとは言え聖戦士を倒せる領域まで登り詰めたのだ。

 その事が、とてつもなく誇らしい。


「よっし……!」


 万感の思いを込めてガッツポーズを決める。

 まだまだ先は長い。

 最終目標はおろか、最初の難関である老騎士の域まですらまだ遠いだろう。

 だが、俺は今日、そこへと続く階段を一歩確実に登った。

 確実にステラの居る場所へと近づいた。

 嬉しい。

 ただひたすらに嬉しい。


 その喜びを噛み締めながら、しかし今日の失敗を教訓として気を引き締めながら、俺は手に入れた戦利品の試し斬りをしつつ迷宮を逆走した。

 今日は何か美味い物でも食おうとか考えながら。


 ……まさか、帰り道の途中で更なる戦いに遭遇するとは思いもせずに。

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