13 成れの果て
亡者の洞窟最深部。
そこは、やや広めの円形状の広場になっている。
余計な障害物のない、まるで小さな闘技場のような場所。
その中心に、この迷宮の主とでも呼ぶべき魔物が立っていた。
そいつの事を一言で言うなら、骨だ。
骨だけの魔物、スケルトン。
ゾンビが長い時間をかけて風化し、肉や皮が完全に腐り落ちた、言わば使い古されたゾンビの劣化版のような魔物。
だが、俺の目の前に立つスケルトンは、とてもゾンビの劣化版とは思えない圧倒的な威圧感を放っていた。
右手にボロボロの拵えをした黒い刀を持ち、隙のない立ち姿でこちらを睥睨している。
長い黒髪に、女物の黒い着物を着た姿から見て、生前は恐らく凄腕の女剣士だったのだろう。
そしてこいつは、朽ち果て、腐り落ち、骨となった今でさえ圧倒的な力を持っている。
前回の迷宮攻略の時、俺はこいつに左腕をぶった切られて撤退に追い込まれたのだ。
その前にも、軽く十回は挑んで返り討ちに合った。
夢の中まで含めればもっとだ。
最近の俺は、ひたすら迷宮を攻略してはこいつに挑み、負けて逃げてリンに治療されてはまた挑むというサイクルを続けている。
しかし、未だに勝てていない。
それ程にこいつは強いのだ。
それこそ、そこらの魔族や英雄よりも。
俺の勘だが……恐らく、生前のこいつは『剣聖』だ。
そうでもなければ、骨なのに英雄より強い事に説明がつかない。
基本的に、ゾンビは生前よりも弱いのだ。
多少の不死性こそ得るものの、肉が腐って筋力が落ち、防御力も落ち、知性も消えるから成長もできず、ただ生前体に染み付いた感覚だけを頼りに動いているのだから。
まして腐った肉すら失った骨だけのスケルトンともなれば、更に弱体化を極める。
それでも尚、こいつは加護を持つ英雄よりも強い。
だったら、生前が聖戦士クラスだと考えるのが自然だ。
なんで剣聖ともあろう者が、こんな過疎迷宮の奥地で死んでるのやら。
骨や服に目立った損傷はないが……打撃系の攻撃で内臓でもやられたのか?
あるいは、迷子になって餓死したのか、毒キノコでも食べたのか。
いや、大昔の大英雄かもしれない相手に向かって、この考えはさすがに失礼すぎる。
素直に内臓やられたという事にしておこう。
あと前々から少し気になってたんだが、こいつは骨だけになっても着物が一切着崩れてないのだ。
女なら大抵の場合着崩れるであろう胸元が着崩れてない。
という事は、生前から絶壁のようなまな板……
「ッ!?」
そんな失礼な事を考えた瞬間、まるで無礼を察知したかのように剣聖スケルトンから間合いを無視した攻撃が飛んで来た。
闇を纏った飛翔する斬撃だ。
夢の中の俺は一生かけても自力での習得は無理だったが、武術系の加護を持つ者は当たり前のように近接武器で遠距離攻撃を繰り出せる。
斬撃を飛ばすのは、奴らにとっては基本技みたいなものらしい。
この攻撃も仕組み自体はそれと同じだろう。
ただし、斬撃に付加されてる闇の力だけは、剣聖スケルトンではなく、手に持った黒い刀の力だ。
あれこそ、俺がこの迷宮を訪れた目的その物。
夢の中の俺が終生の相棒とし、最後には魔王をも討ち取った最強殺しの刃。
━━『黒天丸』。
破壊の属性である闇の力を宿した魔剣。
彼の聖剣にこそ及ばないだろうが、単純な破壊力なら世界屈指と断言できる大業物。
非力な俺の攻撃力を補う為になくてはならない装備だ。
あれを手に入れる事こそが今回の俺の目的。
その為には、現在の持ち主である剣聖スケルトンを打倒しなければならない。
これは俺が最強殺しへと至り、ステラの隣に並び立つ為に、避けては通れない試練の一つだ。
剣聖の成れの果てにも勝てないようじゃ、現役の剣聖を倒すなんて夢のまた夢。
今の俺は弱い。
まだまだ弱い。
夢の俺が目指し、旅路の果てに到達してみせた、強者を殺せる弱者にすらなれていない、ただの弱者だ。
こいつに何度も何度も負け続けているのがその証拠。
だが、負けた戦いだって得るものがなかった訳じゃない。
死体であるこいつと違って、俺は戦いの度に成長している。
何せ、昔のステラを遥かに超える格上剣士との戦いだ。
得るものは多いに決まっている。
そうして磨き上げた力で、今度こそこいつを倒そう。
何より、こいつは夢の中の話とはいえ一度は超えている相手だ。
そんな奴相手に足止めを食らい続けるなんてカッコ悪いじゃないか。
迫りくる闇の斬撃に対抗して、俺は手に持った怨霊丸を振るう。
二年前、カマキリ魔族と戦った時は、遠距離攻撃への対抗手段なんて持っていなかった。
今は違う。
俺は身につけた。
あの時は不完全だった
「二の太刀━━」
俺の新たな技が闇の斬撃を迎え撃つ。
敵の技は強大だ。
何せ、朽ちたとはいえ剣聖が世界屈指の破壊力を誇る武器によって繰り出した一撃なのだから。
いくら魔剣もどきの怨霊丸でも、真っ向からぶつかり合えば容易くへし折られるだろう。
だが、そんな事は関係ない。
二の太刀、そして三の太刀は、反撃に繋げられない代わりに、絶対の防御を約束する技。
この二つの技を極めた者に、━━防げぬ攻撃はない。
「『歪曲』!」
振るわれた二の太刀『歪曲』が闇の斬撃の軌道を歪ませ、斜め後ろへと受け流して無力化する。
しかも、怨霊丸への負担すらほぼ皆無に抑えた、完璧に近い受け流し。
まだまだこの技を極めたとは言えない俺だが、それでも何度も見た攻撃くらいなら完璧に捌ける。
だが、それで喜んでもいられない。
今回の敵は、たかだか初撃を完璧に防いだ程度で勝てるような甘い相手じゃないからな。
剣聖スケルトンが突っ込んで来る。
かなりの速度が出ているにも関わらず、全く体幹のぶれない綺麗なフォーム。
その綺麗なフォームのまま、まずは小手調べとばかりに突きを放って来た。
「『流刃』!」
それを後ろへ回転しながら刀で受け、受け流しつつ突きの威力を回転に乗せて、流刃で剣聖スケルトンの手首を狙う。
しかし、剣聖スケルトンは突きの軌道を流れるように変え、肘と手首を使って後ろ回転させるようにして引き戻し、あっさりと俺の攻撃を防いだ。
まだだ。
俺は黒刀と接触した刀を滑らせながら腰を落とし、残った勢いを第二撃に変えて、剣聖スケルトンの足を狙う。
「一の太刀変型━━『流流』!」
かつて、あの老騎士に傷を付けた技『流車』のタイプ別。
流車と同じく、相手の防御を無理矢理に突破する為の流刃二連撃。
だが、
「!」
剣聖スケルトンはこれも避ける。
地面を滑るような摺り足で斬撃の軌道上から逃れ、反撃に足下の俺に黒刀を振り下ろした。
剣速が速い。
カマキリ魔族や手加減モードの老騎士よりも遥かに。
それでも、今の俺なら目で追える!
「ハァアッ!」
剣聖スケルトンの動きを先読みし、流刃、流流と続けたせいで殆ど残っていない勢いを激流加速の応用で推進力に変え、地面を這うように黒刀が振るわれるであろう場所から強引に一歩前に出て斬撃を躱す。
かすって背中が裂けたが、直撃に比べたら屁でもない。
だが、剣聖スケルトンは、そんな俺に容赦なく追撃を放つ。
振り終わりと振り始めを完璧に連結させた理想的な二連撃によって、逃れた俺を仕留めようとしてくる。
予想通りだ。
「『流刃』!」
一撃目を躱した事で、狙いを外した刀に体を追いつかせ、体勢を整える事ができた。
瞬きすら許されない刹那の時間で整えられる体勢なんて不完全もいいところだが、完璧な隙でさえなければ、俺はどんな体勢からでも流刃を放てる。
そんな俺の渾身の返し技が炸裂し……剣聖スケルトンの足首に斬撃が叩き込まれた。
「よっしゃあ!」
と、歓声を上げたはいいものの、足首を切断できた訳じゃない。
黒刀と同じように、剣聖スケルトンの全身を包む和服もまた、黒刀と同じだけの時間、同じだけの迷宮の魔力を浴び続けた立派なマジックアイテムだ。
その効果は、尋常ならざる耐久性。
俺の渾身の一撃を受けても、僅かに切れ目が入っただけだ。
だが、それでもいい。
いくら頑丈とはいえ、あれは鎧ではなく所詮は服。
斬撃は防げても、衝撃までは防げない。
今の一撃は、和服の中に隠された足首の骨に大きなヒビを入れたという手応えがあった。
生前の剣聖の筋肉があればともかく、経年劣化し続けた骨じゃ耐えきれなかったんだろう。
そして、相手は生身の人間ではなく、スケルトンだ。
生命活動を停止した死体だ。
死体は決して回復しない。
あのダメージはずっとそのままだ。
つまり、俺は永続的に奴の機動力を奪ったという事になる。
大戦果だ。
これで断然有利になった。
このまま一気に畳み掛けて……
そう思った瞬間、剣聖スケルトンが残った足で跳躍して後ろに下がった。
痛みで怯む事もなく、焦りに支配される事もない、死体らしい冷静な判断だ。
だが、逃がさん。
引いた剣聖スケルトンを追いかけて踏み込む。
足の速さには歴然とした差があるが、さすがに片足が砕ける寸前の奴相手に追いつけないなんて事はないだろう。
遠距離攻撃は歪曲で全部防ぐ。
大丈夫、俺が有利だ。
戦いの趨勢が俺の方に傾いていると強く感じる。
「!」
しかし、そんな勝利への予感に影が差した。
剣聖スケルトンが妙な構えを取る。
まるで踊りか何かを始める時ような、優美で、戦いには向かないと思える構え。
俺が見た事のない構え。
未知。
それは戦いにおいて何よりも恐ろしい。
理性が警戒を促し、同時に直感が警鐘を鳴らした。
あれは、ヤバイと。
直後、その予感が間違っていなかった事を知る。
「ッ!?」
剣聖スケルトンから闇の斬撃が放たれた。
さっきの初撃よりも遥かに速く強く鋭い斬撃が、しかも連続で飛来する。
まるで黒い嵐。
カマキリ魔族が使った戦法に似てるが、精度も威力も速度も連射性も比較にならない。
なんとか歪曲で被弾を避け続けるも、完璧には防ぎきれずに傷が増えていく。
まだ痛いだけで行動に支障はないレベルだが、その内致命打を貰いそうだ。
何より、防戦一方で反撃ができない。
「くっ!?」
そんな黒い嵐の中心で、剣聖スケルトンは踊っていた。
いや、踊っているというより、舞っていると言った方が正しいのかもしれない。
優雅で優美な刀を使った演舞。
とても戦ってるようには見えないのに、舞いの振り付けとしか思えない動きから繰り出されるのは、洒落にならない斬撃の嵐。
しかも、舞いというある意味完成された動きだからこそ、そこらの剣術とは比べ物にならない程正確で、途中で途切れる事もない。
可憐にして苛烈な剣技。
舞いと剣術の組み合わせ……いや、舞いを剣術に昇華させた技。
見た事のない技。
故に、予測も中々に困難。
その瞬間、俺は確信した。
この演舞剣術による中、遠距離戦こそが、剣聖スケルトン本来の戦法なのだと。
剣士の頂点に立つ剣聖としてはかなり異質な、まるで魔法使いのような戦い方。
でも、意外と理にかなってる。
魔法のような高威力高範囲の攻撃を、発動の度に一々詠唱が必要な本家魔法使いより遥かに早く、かつ連続でぶっ放せるのだから。
下手したら、最強の魔法使いと呼ばれる聖戦士『賢者』に匹敵するかもしれない。
かなり厄介だ。
それなのにこれを今まで使ってこなかったのは、多分これがタイマン用の技じゃないからだろう。
どっちかと言うと、魔物の群れなんかを相手にする為の技と見た。
押し寄せる魔王軍相手の戦場にこいつが居れば、さぞかし頼りになりそうだ。
だが、だからこそ、そこに攻略の鍵がある。
大群相手の技なら、一人であれば抜けられる隙間が必ずある筈。
あれが舞いだというのなら、動きを目に焼き付け、リズムとパターンを読み、そうして隙を見つければいい。
勝利への道筋は見えた。
なら、後は突っ走るだけだ。
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