15 死霊術師

「ん?」


 迷宮最深部で剣聖スケルトンを倒し、堂々の凱旋をしようとしていた俺は、再び10日程かけて戻って来た迷宮の上層で違和感を感じた。

 音が、しない。

 来る時は魔物と冒険者の戦う音がそこかしこから聞こえてきたのに、今は痛いくらいの静寂だけが広がっている。

 皆帰ったのか?

 なんて思う程、俺はバカじゃない。

 何かがあったんだ。

 魔物も冒険者も姿を消してしまうような何かが。


 俺は即座に、自分の中の警戒レベルを最大まで引き上げた。

 その状態でゆっくりと、細心の注意を払いながら迷宮の出口を目指して進む。

 異変が既に終わってるならいいが、現在も継続中なら俺も巻き込まれる可能性が高い。

 何せ、一応は俺も冒険者だからな。

 消えた奴らと共通点があるなら、同じ目に合う可能性も高い。


 そうしてコソコソと進んでる内に、やがて小さな音が聞こえてくるようになった。

 多分、話し声だ。

 距離が遠くて会話の内容はわからない。

 更に慎重に声の元へと向かってみると、しわがれた声と片言っぽい声の二人が話しているという事がわかった。

 二人の人物が居るのは、この角を曲がった先。

 そーっと角から僅かに顔を出し、覗き見る。


「婆チャン、コレデ最後」

「ひっひっひ。ご苦労様、フランケ。じゃあ、とっとと終わらせて街へ行くとするかねぇ」


 そこには異様な光景があった。

 フランケと呼ばれた全身ツギハギだらけの大男に、齢150は越えてそうな限界突破のしわくちゃ老婆が楽しそうに笑いかけていたのだ。

 どう見ても人ならざる存在。

 即ち魔族。

 街の近くに出たとは聞いてたが、まさかこの迷宮に入って来てたとは。

 だが何よりも問題なのは、魔族による被害が


 魔族の二人組の前には……夥しい数の死体の山があった。

 魔物と冒険者、双方の死体が乱雑に積み上げられた山だ。

 この迷宮上層に居た連中の殆どが死体になって、あの山の一部になってんじゃないかって思う程の、膨大な数の死体。

 そこにツギハギ魔族が手に持っていた冒険者の死体を放り投げる。

 しかも、その死体の山に老婆魔族が不気味な骸骨の杖を向けながら、魔法の詠唱と思われる言葉を口にした。


「魔界の瘴気、魔を生み出す混沌の魔力よ。這い出て集いて纏わりつけ。屍に集いて亡者を生み出せ。我が手駒を作りたまえ。━━『死者降誕リビングデッド』!」


 明らかに高度だとわかる禍々しい魔法。

 それを浴びた何十体もの死体が起き上がった。

 生き返った訳ではない。

 目に光はなく、一言として言葉を発する事もなく、迷宮の深層で散々見てきた魔物ゾンビとして、無理矢理叩き起こされたのだ。

 聞いた事がある。

 魔族の中にいるという、死者を冒涜する最悪の魔法を使う魔法使い、『死霊術師』と呼ばれる奴らの逸話を。

 実際に見てみれば、なんともおぞましい光景だった。


「ふぅ。さすがに、この数のゾンビを作るのは手間だねぇ。あと何回魔法を使う必要があるのやら。

 まったく、深層を彷徨ってりゃ自分で作るまでもなく、屈服させて縛り付けるだけで入れ食い状態だったってのに面倒なもんだよ。

 行き掛けの駄賃に上層の連中を皆殺しにしようなんて考えるんじゃなかったかもねぇ」

「婆チャン、頑張ッテ」

「わかってるさ。今さらやめるのも勿体ないからねぇ」


 今の会話を聞き、さっきの魔法と合わせて考え、ああ、なるほどと納得する。

 迷宮に入ってきた魔族の目的が不明だったが、迷宮内のゾンビを手駒にしようとしてたのか。

 今の口振りから察するに、あの老婆魔族はゾンビを作るだけじゃなく、野生のゾンビを従える魔法も使えるんだろう。

 それで迷宮内のゾンビを捕まえ、その戦力で街を襲うつもりか。


 情報がなかったって事は、多分、今までは上層の連中を襲っていなかった。

 今になって襲って皆殺しにしたのは、充分な戦力が揃って隠れる必要がなくなったとでも考えたからかもな。


 まさかこんな奴らがいたとは……深層で俺と出くわさなかったのは幸か不幸か。

 ついでに、剣聖スケルトンとぶつからなかったのも幸か不幸か。

 剣聖スケルトンが奴らの手に落ちてたかもしれないと考えれば幸運だが、逆に剣聖スケルトンが奴らを仕留めてくれたかもと考えると不運だな。

 まあ、今さらなんだが。


 さて、そんな現場を見つけてしまった俺はどうするべきか。

 街の事を考えるなら、奴らを素通りして街へ駆け込み、情報を伝えるのが一番だろう。

 問題は、俺の足で魔族を振り払えるのかどうかだな。

 明らかに非力そうな老婆魔族ならともかく、子供の足であの明らかに肉弾戦に特化してそうなツギハギ魔族を振り切るのは無理じゃないかと思う。

 隠れて無視して通ろうにも、奴らが陣取ってるのは出口に続く唯一の通路だ。

 避けては通れない。


 なら、戦うしかないな。

 別に悲観する事でもない。

 せっかくの降って湧いた強敵ふみだいだ。

 挑みかからないなんて余りにも勿体ないじゃないか。


 俺は気配を潜めながら、剣聖スケルトン戦での戦利品『黒天丸』を振り上げた。


━━」


 そして、最深部からこの上層に戻って来るまでの10日間で習得した四つ目の必殺剣を使う。

 これは唯一の自発的な攻撃技だ。

 非力な俺じゃ黒天丸がなければ使えない、言わば七つの必殺剣の中で唯一の完全に武器頼みの技。

 少々情けないが気にしない。

 凡人は使える物全て使ってなんぼだ。

 だからこそ、俺はこの技にも七つの必殺剣の一つとして誇りを持つ。


「『黒月くろづき』!」


 剣聖スケルトンが使っていたのと同じ、飛翔する闇の斬撃が、不意討ちで老婆魔族に襲いかかる。

 俺は加護持ちの連中と違って、自力で斬撃を飛ばす事はできない。

 筋力なのか魔力なのか知らないが、前提となる基礎能力が全く足りないからだ。

 だが、こうして黒天丸のような魔剣を使えばその限りではない。

 当然、自前の技と併用していた剣聖スケルトンとは比べるべくもない弱い攻撃だ。

 至近距離から直接急所でも狙わない限り致命傷にはならないだろう。

 しかし、強敵相手でもちゃんとした攻撃として通用するくらいの威力は出る。


 これが四の太刀『黒月』。

 闇を纏い、闇を飛ばし、通常攻撃が普通に通じる事の素晴らしさを教えてくれる技だ。


「婆チャン!」


 咄嗟にツギハギ魔族が手を伸ばし、老婆魔族を狙った闇の斬撃を掌で受け止めてみせた。

 その掌に傷が刻まれ、魔族特有の青い血が噴き出す。

 浅いな。

 だが、ちゃんとダメージにはなった。


「誰だい!? ……子供?」


 老婆魔族が攻撃の飛んできた方を振り向き、俺を発見する。

 一瞬ポカンとしてたが、次の瞬間にはしわくちゃの顔に口が裂けるような不気味な笑みを浮かべた。

 この表情はアレだ。

 相手をなめくさってる嘲りの笑みだ。

 元の顔ですらしわくちゃモンスターなだけに、こうして不気味な笑みが加わると大変気色悪い。


「ひっひっひ。どうしたんだい坊や? 死者を弄ぶあたしらを見て英雄ごっこでもしたくなったのかい?

 かぁわいいねぇ。坊やからは忌々しい神の気配も感じないよ。

 加護も持ってない普通のお子ちゃまじゃないかい。

 かぁわいいねぇ。身の程知らずの愚かな餓鬼は。

 可愛くて可愛くて、イジメたくなっちまうよぉ……!」

「婆チャン、ソレ、悪イ癖」

「お黙り!」


 やっぱり、この老婆魔族、弱者を虐げて悦に浸るタイプか。

 魔族にありがちな性格だ。

 油断しまくってるが、それならそれで別にいい。

 修行と考えればマイナスかもしれないが、それ以前にこれは本気の殺し合いだ。

 殺し合いの最中に、わざわざ相手の油断をなくして強化してやるような事をする程、俺は強くも傲慢でもない。


「この後は予定があるんだけどねぇ……まあ、いい。その勇気に免じて、お婆ちゃんがちょっと遊んであげようかねぇ。ひっひっひ!」


 そうして、魔族二人が戦闘態勢を取り、俺もまた黒天丸を構える。

 死体とはいえ剣聖という人類の守護者と戦った直後に、今度は人類の敵である魔族と連戦する事になるとはな。

 どんな因果か知らないが、これも試練の一つだろう。

 だったら、全力で乗り越えるのみだ。

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