11 亡者の洞窟
リンの治療を受けた後、冒険者ギルドで迷宮から持ち帰ったマジックアイテムの鑑定結果を聞いてからいらない物を売り払い、鍛冶屋に手入れに出していた怨霊丸を取りに行った。
それから倉庫代わりに使う為に長期宿泊してる宿屋に戻って、昨日買い込んでおいた必要物資の確認。
最後に、今回の迷宮攻略で入手した
迷宮帰りのルーチンワークだ。
これを怠れば即行で死ぬし、成長もできない。
それらを済ませる為に数日を費やし、その間だけは宿屋のちゃんとしたベッドで寝て英気を養い、疲れを癒す。
その後は迷宮にトンボ返りした。
結局、剣聖を見る為に街に残るという選択はボツだ。
そんな暇があるなら少しでも修行すべきだというのが最終的な俺の結論である。
後悔はない。
それに、今回はかなり有用なアイテムが手に入ったからな。
これを最大限活かす為にも、早く迷宮に戻りたかったっていうのが本音だ。
そうして意気揚々と戻って来たのは、街の近くにある迷宮『亡者の洞窟』。
現在の俺の修行場であり、ある意味自宅とも言える場所だ。
一度入ったら一ヶ月は出て来ないからな。
もはや住んでると言っても過言じゃないだろ。
まあ、そんな自宅ともそろそろおさらばかもしれないが。
「ふぅ……さて、行くか」
入り口付近で一度深呼吸し、気を引き締めてから突入する。
慣れ親しんだ場所とはいえ、戦場と同等の危険地帯と言われる迷宮に入るのだから油断は禁物だ。
一瞬の油断で人は簡単に死ぬのだから。
「『
迷宮に入った直後に一枚のスクロールを開き、簡易詠唱によって魔力を流し込む。
これは冒険者御用達の光の魔道具だ。
自由に操れる光の球を出して光源を確保できる。
地味に値段が高い上に消耗品だから、金のない駆け出しやケチな奴は松明を使うけどな。
だが、松明なんて持ってたら片手が塞がってしまう。
剣士の俺にとってそれは致命的だ。
つまり、これは決してケチれない必要な出費なのだ。
それはそれとして、これに頼りすぎないように、視界を潰された状態で戦う為の訓練ももちろん積んでるが。
戦闘中にいきなり効果時間が切れでもしたら洒落にならないからな。
「やぁ!」
「ハァ!」
「キャイン!?」
光源を頼りに迷宮内を歩くと、そこかしこから他の冒険者の声や、その冒険者にやられる魔物の声が聞こえてきた。
この亡者の洞窟はどっちかと言えば実入りが悪くて不人気な方の迷宮だが、それでも迷宮である以上冒険者が湧く。
何故なら、迷宮には冒険者が群がるだけの理由があるからだ。
その理由は大きく別けて二つ。
まず一つ目だが、迷宮という物は何やら特殊な魔力を発してるらしく、野生の魔物を引き寄せる性質があるらしい。
小耳に挟んだ話だと、迷宮の魔力は魔物達の故郷である魔界に充満してる魔力に近く、居心地が良いから寄ってくるんじゃないかと聞いた事があるが、真偽はわからんし興味もない。
なんにせよ、大事なのは魔物が寄ってくるという事実。
魔物は人を襲う危険生物故に、倒せばギルドから報酬が出るし、更に魔物の素材は結構高値で取引される。
俺が怨霊丸を買った帰りに倒したロンリーウルフなんかも、牙、爪、毛皮とかに需要があって、丸々一匹売れば金貨三枚くらいになるのだ。
これは値下げに値下げを繰り返したとはいえ、怨霊丸が三つ買えてしまう値段。
ウチの一月の生活費は金貨10枚行かないくらいだったし、決して安いとは言えない金額だ。
そんな金の塊が迷宮にはホイホイと寄ってくるのだから、冒険者が出動しない訳がない。
そして二つ目の理由は……
「ガルゥ!」
おっと、そんな事を考えてる暇はないみたいだな。
咆哮を上げながら俺に向かってくる魔物が一匹。
灯火の光に当てられて明らかになった敵の姿は、漆黒の毛皮をした体長1メートル半くらいの狼、ナイトウルフ。
ロンリーウルフを少し小さくして、完全夜行性にしたような魔物だ。
単純な戦闘力ならロンリーウルフの方が上だが、こういう暗がりで襲って来られた場合、闇に紛れる漆黒の毛皮とスニーキング能力の高さのせいで、こっちの方が遥かに厄介である。
だが、今さらこの程度の魔物に手こずる俺じゃない。
「『流刃』」
「ギャン!?」
俺は迷宮に入った時から既に抜刀していた怨霊丸を振るい、前のロンリーウルフの時と同じように流刃でナイトウルフの攻撃を受け流して首を斬った。
今の俺の身体能力なら流刃を使わなくても斬れるが、使った方が消耗が少ないし修行にもなる。
技は使ってなんぼだ。
ただし、当然使わない方がいい時もある。
「バレてるぞ」
「「「キャイン!?」」」
最初の一匹を囮にして忍び寄っていた三匹のナイトウルフに対して刀を一閃。
流刃を使わず、更にあえて歪んだ軌道を走らせた斬撃によって、三匹の目を一太刀で同時に斬って光を奪う。
ナイトウルフは群れで狩りをする魔物だ。
一匹倒して安心すれば、瞬く間に他の奴に狩られて死ぬ。
それで死ぬ駆け出しが結構いるらしいとギルドで聞いた。
「よっ」
「ギャン!?」
「ほっ」
「グギャッ!?」
「そい」
「ガルッ!?」
失明してのたうち回ってた三匹に刀を突き刺してトドメを刺す。
いつもなら回収が簡単な牙と爪だけズダ袋に入れて持って行くところなんだが、今回は便利なアイテムを手に入れたのでそれを使う。
俺は腰のウェストポーチを外し、ナイトウルフの脚をその入り口にねじ込んだ。
すると、明らかに入る筈のないサイズであるナイトウルフの死体が、ウェストポーチの中にスルスルと入っていく。
これぞ、前回の迷宮攻略で手に入れた便利アイテム『マジックバッグ』だ。
迷宮では、たまにこういう不思議な効果を持ったアイテム、通称『マジックアイテム』をゲットする事ができる。
マジックアイテムは人工物である魔道具とは一線を画する性能を持っており、これを手に入れる事こそが冒険者が迷宮に潜る目的の二つ目だ。
原理としては、迷宮に放置されたアイテムが長い間迷宮の特殊な魔力に当てられる事で誕生するとかなんとか。
ただし、どんな効果のアイテムになってるのかは専門の鑑定士でもなければわからない上に、下手したら炎を吹き出す鞄とか、着ると水浸しになる服とか、そういうゴミアイテムになる事も珍しくない。
だからこそ、このマジックバッグみたいな使えるアイテムはやたらと高値で売れる。
使えないアイテムでも、研究者的な奴に需要があるらしいので、そこそこの値段で売れる。
この収入のおかげで、俺はリンの治療待ちの順番に横入りできるくらいの稼ぎを得る事ができた訳だ。
ちなみに、迷宮は深い階層の方が魔力が濃いので、深い場所の方がマジックアイテムが産まれやすく、またその性能も高い物が多い。
このマジックバッグも、最深部一歩手前で力尽きてた冒険者の白骨死体から拝借した物だ。
尚、その白骨死体はちゃんと供養しておいた。
あれを供養と言っていいのかはちょっと疑問だが……。
ともかく、このマジックバッグを手に入れたおかげで、俺は食料とか回復薬とかを前よりも遥かに多く、しかも効率的に持って来る事ができるようになった為、迷宮生活をとても快適に長く楽しめるようになった訳だ。
ついでに、こうして魔物の死体という収入源の一つも気軽に回収できる。
さすがは、俺の旅の目的の一つだったアイテム。
破格の性能だ。
この迷宮には別のアイテムを回収しに来たんだが、ここでこれが手に入ったのは嬉しい誤算だった。
「さて、じゃあ本来の目的の方も取りに行くとするか」
そう呟いて、俺は迷宮の深層の方に足を踏み入れる。
ここから先は、この迷宮が不人気な理由その物みたいな場所だ。
上層なら、外から入って来たばかりのナイトウルフみたいな魔物を狩るだけでそこそこの稼ぎになる。
だが、深層は違う。
そこに居るのはやたら強い奴か、倒しても稼ぎにならないタチの悪い魔物ばかり。
好き好んで行く奴などほぼ存在しない地獄の釜の中。
それが亡者の洞窟深層だ。
だからこそ都合がいい。
「…………!」
「………………!」
「……………!」
「「「………………!」」」
「早速、お出迎えか」
そんな地獄で俺を出迎えてくれたのは、物言わぬ不気味な魔物の群れ。
狼、熊、虎、馬、蝙蝠、等々。
多種多様で雑多な魔物達。
その共通点は、全体的に暗色の奴が多い事と、その
動く屍の魔物、ゾンビ。
生者と違って脳を潰しても首を落としても死ぬ事なく、肉体が動かなくなるまで暴れ続け、やっと倒しても亡骸は塵となって消えるから素材も取れない。
あまりに旨みがないせいで、別名『動く害悪』とまで言われる魔物。
それがゾンビ。
この亡者の洞窟の代名詞であり、定期的に領主とかが赤字覚悟で大掃除の依頼を出してるらしいが、自発的に駆除してくれる奴がほぼいない為、こんなに数が膨れ上がってしまったんだとか。
おかげでこの迷宮は攻略難易度ばかりが跳ね上がり、それと反比例するかのような実入りの悪さで不人気になってるのだ。
まあ、俺にとっては都合がいい。
修行場を独占できる上に、最深部にある目当てのアイテムを横取りされる確率も低いのだから、むしろ願ったり叶ったりだ。
実入りに関しても、割に合わな過ぎるってだけで、別に稼げないって訳じゃないしな。
「さあ、また帰って来たぞ亡者ども。今日も存分に殺し合おうぜ」
「「「………………!」」」
そうして俺は、ゾンビひしめく迷宮の深層へと挑みかかっていった。
今日もまた、戦いを己の糧とする為に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます