10 近況

 ステラと別れ、故郷を飛び出してから2年が経った。

 この2年の事を語るなら、そこそこ順調といったところだ。

 目的地の一つだったこのファルゲンの街まで無事辿り着けたし、旅の途中も今も積極的に危険地帯に突っ込み、そこに住まう魔物や環境と死闘を繰り広げて実戦経験を積み重ねた。

 七つの必殺剣も三の太刀までを習得。

 2年経って少しは体が成長した事もあり、前とは見違える程に強くなれたと言っていいだろう。

 路銀を稼ぐ為に始めた冒険者としてのランクも、道中の修行と金策が功績扱いになったおかげでそれなりに上がり、そこそこ名が知られるようになってきたからな。


 それでも未だ、あの老騎士の足下にも及ばないだろうが。

 そもそも、聖戦士の一人であるあの老騎士相手では、たとえ俺が成長の上限まで行っても勝てる道理はないのだ。

 どれだけ鍛えても奴は格上。

 というか、そこら辺の有象無象以外は全てが格上。

 格下たる俺は、その実力差を単純な強さ以外の要素でひっくり返すしかない。

 その為にまず必要なのは、たゆまぬ努力と気合いと根性。

 最低限、あの刹那斬りとかいう技に反応できるだけの身体能力がないと勝負の土俵にすら上がれないのだから、まだまだ先は長い。

 より一層の努力が必要だ。


 夢の通りになるのなら、ステラが勇者として正式に世界に発表され、魔王討伐の旅に出るのは今から3年後。

 あいつが15歳の成人を迎えた時。

 その時までには意地でも老騎士を超えて迎えに行く。

 時間がない。

 もっと頑張らねば。


「はい。終わりましたよ」

「ああ、いつも悪いな」

「そう思うんでしたら、無茶も程々にしてください」

「だが断る」


 だからこそ、現在の主治医の意見も拒否せざるを得ないのだ。

 俺は今回も無事に復活した左腕の感覚を確かめながら、そんな事を思った。

 この主治医の名前はリン。

 癒しの加護を持ち、この街最高の治癒術師と言われている女だ。

 その評判に偽りはなく、跡形もなくなった四肢を数分で甦らせ、ついでに俺が自前の稚拙な治癒魔法で雑に治したせいで跡が残ってた大量の傷を一瞬で消してしまえる程の凄腕である。

 まあ、そのせいでこいつの治療は順番待ちがえらい事になってて、無理矢理横入りする為に毎回収入の半分近くを教会に持ってかれてるんだが……。

 それを差し引いても、この街でこいつと出会えたのは幸運だったと思う。


 俺は左腕の感覚を確かめ終えてから口を開いた。


「相変わらずいい腕だな」

「洒落ですか?」

「違うわ」


 別に、治癒された腕と腕前を掛けた訳じゃない。

 純粋な称賛だ。

 何せ、治癒したばかりだと言うのに、この左腕は引き千切られる前と全く同じ感覚で動かせるのだから。

 なまじ俺自身も治癒魔法を齧ってるだけに、その難易度がどれだけ凄まじいのかがわかる。

 俺と同い年で、そんな神業を特に気負いもせずに使いこなせるレベルに達しているというのだから、加護を抜きにしてもこいつは天才と呼ばれるに相応しい。


「普通に褒めてるんだよ。俺が見てきた他のどんな治癒術師より凄いってな。当然、他の癒しの加護持ちの奴よりもだ」

「はぁ、それはどうも」


 気の抜けた返事だ。

 こいつ、あんまりわかってねぇな。

 俺が見てきた治癒術師ってのは、

 何十年もの間、修行の為に世界中を旅し、立ち寄ったほぼ全ての街で重傷を負って各地の治癒術師の手を煩わせた、言わば治癒術師ソムリエであるこの俺が一番と断言してるんだ。

 それがどれ程のもんなのか理解してない。


「まあ、つまりお前はこの街一番どころか、世界でも有数の治癒術師って事だよ」

「……そう言われても実感湧きませんねぇ。他の高名な治癒術師の方には会った事ありませんし。それどころか、私はこの街を出た事がないので、他の加護持ちの方とすら会った事ないので」

「マジか」

「マジです」


 加護持ちが人生で一度も他の加護持ちと出会わないなんてあるんだな。

 まあ、こいつの年齢ならあり得なくもないか。

 実際、ステラだって騎士達が迎えに来るまでの十年間、他の加護持ちと出会わなかった訳だし。

 それでも迷宮のある街で治癒術師なんてしてたら、加護持ちの患者の一人や二人くらい運ばれて来そうなもんだが……。

 ああ、そうか。

 今は魔王軍が全盛の時代だ。

 加護持ちの精鋭は軒並み魔王軍との戦いに駆り出されて、割と田舎なこの街には寄りつかないんだな。

 納得したわ。


「あ、でも加護持ちの方と会う機会はありますね。なんでも、最近この近くで魔族が目撃されたとかで、それを討伐する為に近々剣聖様がこの街を訪れるらしいので」

「……なんだと?」


 あの老騎士がここに来るのか?

 正直、倒せるようになるまでは会いたくないんだが。

 俺のプライド的な問題で。


「あの爺さんが来るのか……」

「爺さん? いえ、来るのは若手の方だそうですよ」

「若手?」

「はい」


 そうか若手か。

 だったら、なんの問題もないな。

 現在、この近辺の国には二人の剣聖がいる。

 一人は俺をこてんぱんに叩きのめした老騎士。

 歴戦の剣聖ルベルト・バルキリアス。

 そして、もう一人はその孫にして後継者と言われている奴だ。


 『剣聖』ブレイド・バルキリアス。

 たまに読んでる新聞によれば、確か現在17歳。

 剣聖の名に相応しい、将来有望な剣の天才らしい。

 あと、俺の記憶が確かなら、ステラの魔王討伐の旅に勇者の仲間として付いて行った剣聖はこいつだった筈だ。

 割と初期の方で戦死してたらしく、新聞に名前が乗った回数が少なかったから自信はないが。

 ちなみに、新聞と言えばちょっと気になってる事があるんだが……。

 俺はリンをチラッと見ながら、頭をよぎった可能性について考えた。


「?」


 リンは不思議そうな顔をしながら首を傾げている。

 ……まあ、これに関して考えるのは後でもいいか。

 偶然という可能性もあるしな。

 それよりも今は、ステラの仲間になる確率の高い剣聖に会って実力を見てみたいという気持ちの方が強い。


「あの、何か?」

「いや、なんでもない。それより剣聖の実力には興味あるな。どうにかして見れないもんか」

「それなら、しばらく街に残ってみたらどうですか? 多分、剣聖様が到着されたら魔族関連の依頼が冒険者に出されると思いますし、運が良ければ魔族討伐に付いて行けるかもですよ」

「ふむ……まあ、考えとく」


 魔族関連の依頼か。

 確かに、剣聖と恐らく付いて来るだろう騎士団だけで手が足りなければ冒険者も使うだろう。

 どこに居るかもわからない魔族の捜索とか骨だしな。

 だからリンの言う通り、運が良ければ剣聖と魔族の戦いを見られるかもれない。

 ただ、冒険者に捜索だけやらせて、戦闘は自分達だけでやる可能性もあるというか、そっちの方が可能性高い訳で。

 待ってる間は迷宮に潜れない事も考えると、そこまで美味しい話でもないな。

 まあ、これに関しても後で考えるとしよう。


「さて、じゃあ俺はもう行く。今回も助かった。また頼む」

「正直、頼まれない方が平和でいいんですけどね……。お大事にどうぞ。せめて死なないように気をつけてください」

「ああ。そうする」


 そうして治療と世間話を終え、俺は教会から去った。

 この後は冒険者ギルドとかで諸々の所用を済ませる予定だ。

 そのままいつも通り迷宮に潜るか、それとも街に残って剣聖を待つかは、用事を済ませてる時にでも考えればいいだろう。

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