9 剣の小鬼

 バビエル王国の辺境の街ファルゲン。

 そこにある教会に住まう一人の少女『リン』の朝は早い。


 世界中にある教会で働く者は、その殆どが教会の孤児院に捨てられたり預けられたりした孤児達だ。

 約100年おきに魔族が現れ、勇者がなんとかそれを打倒しても、魔族が魔界から引き連れて来た大量の魔物達は残って人々を襲ってしまう。

 ようやく魔物の数が目に見えて減るくらい間引く頃には、また100年が経っていておかわりが来る。

 そして、また勇者が生まれ、なんとか魔族を撃退し、またしても魔物は溢れ、以下無限ループ。

 そうやって争いの絶えないこの世界では、親が死亡したりして孤児になる子供が非常に多い。

 教会はそんな子供達を引き取り、育て、様々な技術を教えて、人類を支える人員を生み出しているのだ。


 リンもそんな人材の一人である。

 しかも、それなりに特別な人材だ。

 彼女は数ある加護の一つ、『癒しの加護』を持っている。

 癒しの加護は、その名の通り治癒魔法に関する並々ならぬ才能を与える加護。

 この加護を持つ者は、教会が特に力を入れている分野、治癒魔法による病人や怪我人の治療行為において、相当優秀な人材という訳だ。


 本来なら特別扱いされて然るべき。

 だがしかし、良くも悪くも、この教会の人々はリンを特別扱いしなかった。

 他の皆と同じように、掃除洗濯買い出しなどの雑事は普通にやらされるし、朝から晩までこき使われる。

 加護のおかげで他の誰よりも優れた治癒魔法が使え、それに見合ったお給料は貰っているのだが、そのせいでリンは引っ張りだこだ。


 特に、この街は近くに『迷宮』という名の魔物が寄ってくるスポットがある。

 そこの魔物を駆除する為、何より迷宮の特殊な魔力に当てられて生まれた価値あるアイテムを求めて、何でも屋兼魔物退治のスペシャリストである冒険者達が集まり、迷宮に挑んでは、死ぬか大怪我を負って帰って来るのだ。

 そんな冒険者達の治療に加え、普通に街の人達の治療などもあるので、リンは年がら年中仕事漬け。

 他の誰よりも休暇が少ない。

 まあ、需要に対して決して規模が大きいとは言えないこの街の教会に居る限り仕方ないのかもしれないが。

 しかし、そんな彼女は現在12歳。

 もうちょっとチヤホヤしてくれてもいいのにと思うお年頃である。


「リン~。早く買い出しに行って来なさ~い。今日はあなた達の当番でしょ~」

「はーい!」


 しかし、悲しいかな。

 すっかり社畜根性が染み付いてしまった彼女は、労働環境の改善を訴える事もできずに、今日も今日とて仕事に向かう。

 とはいえ、リンは教会にとってかなり価値のある存在だ。

 さすがに他の皆に比べれば雑事当番の回数も少ないし、教会の外へ出る時は護衛兼荷物持ちとして、それなり以上に戦闘のできるメンバーが付いて来てくれる。

 まあ、その分、治療行為の方がクソ忙しいので、プラマイだとマイナスだろうが。


「お、リンちゃん久しぶりだねぇ! あの時は助かったよ! よっしゃ! サービスしてあげよう!」

「ありがとうございます!」

「リンちゃ~ん! ウチでも買ってってー!」

「はい、喜んで!」


 街に出れば、リンは人気者である。

 そりゃ、頑張る幼女は可愛いだろう。

 それが自分達を助けてくれてる存在ともなれば尚更。

 しかも、リンはかなりの美幼女だ。

 ロリコンでなくてもほっこりするし、ロリコンだったらハートをぶち抜かれる。

 心なしか、護衛の皆さんの視線もとても優しい気がする。

 その中に約一名、「ハァ、ハァ……リンたん尊いよ、リンたん……!」とか言いながら瞳孔をガン開きにしている15歳くらいの少女がいたが、他の護衛達に無言でエルボーを叩き込まれていたので何も問題ない。


 そんな時、リンはざわざわと街が少しざわめいている事を感じた。


「あ!」


 その騒ぎの元に目を向ければ、最近この街で悪い意味で・・・・・ちょっと有名になってきた冒険者の姿があった。

 それは異様な雰囲気を放つ、リンと同い年くらいの一人の子供だ。

 適当に切ってるとしか思えない黒髪に、浮浪者よりも酷いボロボロでズタズタの黒い外套。

 その下の服も肌もボロボロであり、肌に至っては酷い傷跡だらけ。

 おまけに、なんか不気味な刀を腰にぶら下げ、ズルズルと袋に入った何かを引き摺っている。

 しかも彼には……片腕が無かった。


 驚くべき事に、これが彼の基本スタイルなのだ。

 遺憾ながら彼の知人であるリンにはわかる。

 いつもはこのスタイルで教会に治療を受けに来るのだが、その時も必ずボロボロで四肢のどこかしらを欠損しており、その異様な雰囲気のせいで、街の人々が彼に向ける視線は決していいものとは言えない。


「お、リンか。こんな所で奇遇だな」


 だが、彼はそんな視線など知らぬ存ぜぬ気に留めぬとばかりに、マイペースにリンに挨拶してきた。

 街の人々がざわめき、リンは思わずため息を吐きたくなる。


「アランくん……いつも言ってますけど、もう少しでいいから身嗜み気にしませんか? そうすれば少しは皆さんの印象も変わるでしょうに」

「いつも言ってるが時間の無駄だ。どうせすぐまたボロボロになるんだからな」

「……ハァ」


 今度こそため息を吐いてしまった。

 彼の返事はいつも同じだ。

 まさに暖簾に腕押し、馬の耳に念仏。

 話してみれば、ちょっと頭はおかしいが割と普通の少年だとわかっているだけに、リンは彼の現状が歯痒くてならない。

 まあ、それも余計なお世話なのだろうが。


「それより、せっかく会ったついでだし、ちょっと治してくれないか? 報酬いつもより出すから」

「ダメです。ちゃんと教会を通して依頼してください」

「チッ。ケチめ」


 軽く悪態をついてくる少年に、リンはちょっとだけイラっとする。

 別にリンが治療を断っているのは、教会所属の治癒術師としての職業意識からではない。

 治してしまえば、彼はすぐに迷宮へ引き返してしまうからだ。


 そう、彼は普段、迷宮で生活している。

 あの魔物が蔓延る魔境の中で。

 街に出てくるのは食料が尽きた時か、自分じゃ治しきれない大怪我をした時のみであり、その時ついでに迷宮で手に入れたアイテムや魔物の素材の売却なんかをしているらしい。

 今もズルズルと引き摺ってる袋にそれが入っているんだとか。

 そして、用事が済めば即座に迷宮へ引き返し、魔物との死闘に明け暮れ、また食料が切れるか大怪我するまで出て来ないという。

 控えめに言って正気ではない。

 何故そんな事をするのかと聞いた時に、軽くではあるが事情を説明されたので動機は理解できなくもないのだが、端的に言って頭おかしいという評価が覆る事はなかった。


 故に、ここでリンが治療を引き受けないのは、むしろ優しさだ。

 せめて治療の順番待ちの間だけでも休んでほしいという優しさなのだ。

 それをケチ呼ばわりされたら、巷で聖女と評判のリンでもムカつきもする。


「仕方ない。いつも通り、治療の予約取ってからギルドの方に行くか」


 そう言って、アランは教会の方に歩いて行った。

 人々の奇異の視線を一身に浴びながら。


「ハァ……」


 またしてもリンはため息を溢してしまった。

 大切な人を守る為に強くなる。

 その為に頑張る。

 アランから聞き出したその目的はとても立派なものだ。

 だが、いくらなんでも、あれは形振り構わなすぎだろう。

 命を削り、人間性を捨て、一分一秒の全てを戦いに費やしている。

 そんなんだから、『剣の小鬼』だの『剣鬼』だのといった物騒な異名が付いてしまうのだ。


「そこまでしないと守れない人って……お姫様に恋でもしたんですかねぇ」


 そんな高嶺の花という意味では当たらずも遠からずな想像をしつつ、リンはアランの事を一旦頭から追い出して買い出しを続けた。

 最後に、「まあ、せめて酷い傷跡が残らないようにはしてあげますか」と、優しい事を考えながら。

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