8 旅立ち

「じゃあ、行ってくる」


 ステラが旅立ったその日の内に、俺もまた荷物を纏めて準備を整え、旅立ちの準備を済ませていた。

 今日この村を出るのはステラだけじゃない。

 俺もこれから修行の旅に出る。

 技術の研鑽に欠かせないのは修行相手という名のライバルだ。

 別名、踏み台とも言う。

 ステラという最高の踏み台ライバルと離れてしまった以上、その代わりを探さなくちゃならない。

 そんな強敵がこんな田舎村にいる筈もなく、必然的に俺は旅に出る必要があるという訳だ。


 それに、ステラとの修行じゃ命懸けの実戦は経験できなかった。

 いい機会だから、この機にその足りなかった実戦経験を積みに行く。

 命懸けの戦いこそが人を最も成長させるからな。

 実際、夢の中の俺もそれで大きく実力を伸ばした。

 だからとりあえずは、夢の中の俺が歩んだ道のりの中で、特に重要そうな所を辿る予定だ。

 そうして、夢の中の全盛期に追いつく事をひとまずの目標とする。

 早いところ、夢の中で使ってた装備も回収したいしな。

 道のりを辿れば装備の回収もできるだろうし、一石二鳥だ。


「行ってらっしゃい。くれぐれも体には気をつけるのよ」

「わかってる」


 見送りに来てくれた母さんにそう答える。

 心配しなくても、自分の限界はちゃんと見極められるようになるつもりだ。

 死にそうで死なないギリギリのラインに自分を追い込む事が成長の秘訣だが、それで死んだら元も子もないからな。

 三途の川には行くつもりだが、決して渡り切らないように、そこはしっかりと気をつける。


「うーん、なんかわかってなさそうで不安ね~」

「失礼な」


 なんか、母さんのお小言攻撃が始まりそうな予感。

 だが、予想に反して、母さんの口撃が来る前に親父が俺の前に出て来た。


「アラン」

「なんだ、親父?」


 熊みたいな巨体の親父が、腕組みしながら目の前の息子を見下ろしていた。

 普段は巨体に見合わない優しい雰囲気をしてる親父が、滅茶苦茶真剣な顔してるから威圧感が凄い。

 下手したら老騎士に匹敵する威圧感だ。

 これが父親の威厳というやつか。


「覚悟を決めたお前に対して、俺が言える事は一つだけだ。……好きな女の為に命を懸けられるお前を、俺は父親として誇りに思う。必ずステラちゃんを、好きな女を守り抜いて帰って来い。いいな?」

「親父……」


 親父に認められた。

 それは嬉しいんだが……


「別にステラとはそういうんじゃないからな?」

「帰って来る時はステラちゃんをお嫁さんにしてきなさいよね~。あ、孫を連れて来てもいいわよ!」

「母さん!」


 まったく、この両親は!

 息子の話を聞きやしない!


「アランくん」

「……おじさん」


 そして最後に、ステラのお父さんであるおじさんが話しかけてきた。

 凄く申し訳なさそうな顔で。


「すまない……。本当なら娘を守るのは父親である私の務めだというのに……」

「おじさん……」


 俺はステラから聞いて知ってる。

 この人がどれだけ苦悩して娘を送り出したのかを。

 ステラの迎えが来るまでの数日間、おじさんとステラはじっくりと話し合いをしたらしい。

 おじさんは必死で引き留め、それが無理なら自分も戦うと言ったそうだが、最終的にはあの頑固女に、村にいて自分達の帰って来る場所を守る事を約束させられてしまったそうだ。

 夢の中の俺と同じ役回りとは、なんとも惨い。

 必要な役割でもあるとは思うが、一体どんな説得をしてそうなったのやら。

 それを聞いた時、何故かステラが赤い顔ではぐらかしたのが今でも微妙に気になってる。


「あの子は言っていたよ。『アランが助けてくれるから私は大丈夫。だから、お父さんは私達が帰って来る場所を守って』と。とても嬉しそうな顔でね」


 ……なるほど。

 ステラの奴、ノリで結構恥ずかしい事言ったな。

 俺相手に冗談めかして言うんならともかく、実の父親相手に真剣な場で言うとは。

 奴が赤くなるのもわからんでもない。


「だから私は信じるよ。娘と、娘にあんな顔をさせてくれた君を。……アランくん。ステラをどうかよろしく頼む」

「!」


 おじさんは、俺みたいな子供を相手に、深々と頭を下げてお願いをしてきた。

 なら、俺の返事は決まっている。

 ここまでされて、それに応えなきゃ男じゃねぇ。


「わかりました。あいつは、俺が責任持って守り抜きます」


 俺は胸をドンと叩きながらそう宣言した。

 おじさんの想い、確かに受け取りましたよ。

 あいつの事は任せてください。


「ありがとう……。それと、私も孫の顔を見るのを楽しみにしているよ」

「いや、だからそういうんじゃないですから」

「素直になれない思春期というやつだね。大丈夫、おじさんにもそういう時代があったよ」

「だから違うっての!」


 確かに、ステラの事は好きか嫌いかで言われたら好きだ。

 そもそも、好きでもない奴の為に命なんて張れない。

 だが、それでも俺とステラがくっつく事はないだろう。

 少なくとも、俺があいつに相応しい男になれるまではな。


 それはともかく。


「じゃあ、俺はもう行くからな」

「ああ。立派な男になって戻って来い」

「性的な意味でもね~」

「手を出す時はお互いに合意の上で……」

「しつこい!」


 そうして、どこまでも余計なお世話な保護者達と別れ、俺は旅に出た。

 あの悪夢のような復讐の旅じゃなく、守るべき奴に追いつく為の旅だ。

 この旅路の果てを、あの悪夢のような結末にはしない。

 今度こそ、必ずハッピーエンドで終わってみせる。


 そんな意気込みと共に、俺は今日この時、故郷に別れを告げた。

 帰って来る時は、絶対にステラも引き摺って来ると誓いながら。

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