7 約束

「……そこで悶絶しているドッグは、あれでも我が国有数の剣士だ。

 いくら子供相手と油断し、拳で殴りかかったとはいえ、ああも簡単に倒されるような男ではない」


 なんとも言えない顔で、地面に踞りながら男の急所を押さえて悲痛な唸り声を上げてる犬っぽい名前の騎士を見ながら、老騎士はそう言った。


「そんなドッグを、一撃でこのような情けない姿にさせるとは、正直驚いている。

 だが、こうなる事は必然だと思える程に先程のカウンターは見事だった。

 加護もなしにあれだけの技量を身につけた事は驚嘆に値する。しかし……」


 そこまで言った瞬間、━━俺の視界から老騎士の姿がかき消えた。

 いや、違う。

 消えたと錯覚する程の超スピードで移動したんだ。

 俺の目じゃ捉えられない程の速度で。

 老騎士の気配は、既に俺の後ろにある。

 一瞬で背後を取られた。


「ッ!?」

「それが君の限界だ。残酷な話だが、加護なしで到達し得る強さの上限はあまりに低い」

「がっ!?」


 老騎士の手刀が俺を打つ。

 速すぎて殆ど反応できなかった。

 しかも、全然本気を出してるようには見えないのに、本気の魔族より余裕で強い。

 まさしく格が違う。


「私は『剣聖』ルベルト・バルキリアス。聖戦士の一人だ。

 君が勇者様と共に戦いたいと言うのならば、最低でも私と同等以上の強さを得なければならない」


 剣聖。

 聖戦士の加護と呼ばれる特別な加護の一つ『剣聖の加護』を持つ最強の剣士。

 やっぱりか。

 この強さ、それくらいの存在だとは思ってた。


「アラン!」

「来るな!」


 心配して駆け寄ろうとしたステラを大声で遠ざける。


「来るなステラ。これは俺の戦いだ……!」


 痛む体を無理矢理に動かし、立ち上がる。

 たかだか手刀一発のダメージが洒落にならないくらい重い。

 それも相当に手加減された上でこれだ。

 加護を持たない無才のこの身は、悲しい程に打たれ弱い。

 だが、それでも絶対に倒れちゃいけない時がある。

 根性で立たなきゃならない時がある。


「む……まだ立ち上がれるとは。咄嗟に打点を逸らして急所を避けたのか」

「あんた、今言ったよな。ステラと一緒に戦いたいなら、あんたと同等以上の強さがないといけないって」


 確認するようにそう言った後、俺は腰の怨霊丸を引き抜いた。


「ぬ!」

「だったら、俺があんたより強ければ問題ない訳だ。━━勝負しろ。俺の力を証明してやる」

「ッ!」


 ありったけの闘志と共に、挑戦状を叩きつける。

 老騎士は咄嗟に腰の剣へと手を伸ばし、ハッとした顔でそれを離した。


「なんという気迫……! 子供の出す威圧感ではないな。何故そこまで必死になる?」

「……何故だと?」


 そんなの決まってる。


「ステラを、大事な幼馴染を守る為に決まってるだろうが」

「! ……そうか。すまなかったね。とんだ愚問だった」


 老騎士は何故かとても優しい目で俺を見て、そのまま真っ赤になってるステラを見てから、腰の剣を引き抜いた。


「君の挑戦を受けよう。かかってきなさい」

「「「ルベルト様!?」」」

「手出し無用。口出しも無用。

 男が好きな女の為に強敵に立ち向かおうというのだ。

 その覚悟に水を差すような真似は許さん」

「す、好きなおんにゃ……!」


 なんか湯だったようなステラの声が聞こえたけど無視だ。

 あと、この老騎士も結構な勘違いしてるっぽいが、こっちも無視だ。

 多分、必死に否定したら緊張感が緩んで集中が乱される気がする。


「行くぞ」

「来なさい」


 刀を下段に構えたまま、走って老騎士との距離を詰める。

 加護持ちなら一歩の踏み込みで詰められる距離でも、俺の足じゃしっかり走らないといけない。

 だが、老騎士はそんな姿を見ても一切油断せず、隙のない中段の構えで俺を迎え撃った。


「ハッ!」


 突進の勢いのまま、下からの突きで老騎士の眼球を狙う。

 勇者の加護という例外を除けば、武術系の加護の中で最上位の一角である剣聖の加護を持つ老騎士は、当然その加護に相応しい凄まじく頑強な体を持ってる筈だ。

 そんな奴相手に、普通に斬りつけても意味がない。

 恐らく、今の俺の筋力じゃ、直撃しても皮すら裂けないだろう。

 通用するのは急所狙いか、流刃によって相手の力を利用した攻撃だけだと思った方がいい。


 俺の突きを、老騎士は僅かに顔を逸らす事によって最低限の動作で避けた。

 それと同時に老騎士は斜め前に一歩踏み込み、剣を横に倒して、カウンターで胴を薙ごうとする。

 だが、その動きは予想通り。

 今の突きは半分フェイントだ。

 体重は乗せてない。

 つまり、突きに振り回されず、体勢を崩さずに動きを変える事ができる。


 俺は上体を大きく仰け反らせながらスライディングのように足を滑らせ、大人と子供の身長差を活かして、老騎士の剣の下を潜るようにして回避した。

 その時、引き戻した刀を剣にぶつけ、振るわれた老騎士の剣の威力と、自分の突進を剣に弾かれた反動の力を得る。

 それを、スライディングで老騎士の体を追い越し、後ろを取った瞬間に解放。

 力を横向きの斬撃に変換し、老騎士の足を狙った。


「『流刃』!」


 足狩りの刃が老騎士を襲う。

 老騎士の剣が俺を殺さないように手加減されたものだったが故に利用できた力も少ないが、それでも鎧の継ぎ目を狙ったこの攻撃なら、多少なりともダメージを与えられる筈。

 そんな俺の予想は……あまりにも甘かった。


「ほう。妙な剣術だ」

「くっ!?」


 意表を突いたと思った攻撃を、老騎士は一歩外へ踏み出す事であっさりと回避し、ついでとばかりに体を回転させて剣を振るった。

 今度はあえて自分で振るった刀に振り回され、わざと体勢を崩して地面を転がる事で避けたが、今の斬撃、洒落にならないくらい速かった。

 当たり前のように目で追えないし、ギリギリ回避はできたが反撃の余裕がない。

 その回避にしても、軌道を先読みできてなければアウトだった。

 即ち、この先一度でも先読みをミスればアウトだ。

 俺は転がる事で距離を稼ぎ、受け身の要領で素早く立ち上がって刀を構える。


「いい動きだ。それに今のを避けるか。強いな。我が孫などより余程」

「ハァ……ハァ……」


 たった一度の攻防で息が上がる。

 体力以上に精神力の消耗が尋常じゃない。

 だが、消耗がなんだ。


「フゥゥー……」


 俺は深く息を吐き出し、より集中を高める。

 深く、深く。

 ひたすらに感覚を研ぎ澄ます。

 この老騎士相手に、自分から攻めても勝ち目がない事はよくわかった。

 なら、狙いは返し技一本。

 来い。

 カウンターで沈めてやる。


「……凄まじい集中力。後の先を狙っているのか。よかろう。乗ってやる」


 動く。

 そう認識した直後に、老騎士は既に俺の目の前で剣を振りかぶっていた。

 剣速だけじゃなく、移動速度ですら目で追えない。

 だが、それはさっき手刀を受けた時に嫌という程思い知らされた。

 動きは追えなくても、残像くらいは目に映る。

 そして、極限まで集中した今の俺なら、残像からの情報で動きを先読みする事が可能だ。

 ステラとの修行の経験、そして夢で見た数多の強敵達との死闘の経験が、俺に未来予知のごとき先読みの力を与えてくれる。

 経験則という名の先読みの力を。


 老騎士が斜めに振り下ろした剣に刀を合わせる。

 いつも通り、俺の刀は簡単に押し負けて後ろ向きの力となり、それを利用して流刃を発動。

 右に回転し、剣を振った直後で無防備の老騎士を狙う。


「ふん!」


 しかし、老騎士はこれを防いだ。

 即行で剣を引き戻し、持ち手を上に、剣身を下にした構えで俺の刀を受け止める。

 さすがと言うべきか、欠片も体勢が崩れてないし、自分の力を利用された斬撃を受けても小揺るぎもしない。

 さすがは剣聖。


 予想通りだ。


 剣と刀がぶつかった瞬間、俺は足に僅かな力を込めて跳躍する。

 ほんの少し跳ねるだけでいい。

 そうすれば、刀に乗った膨大な力が、体重の軽い俺の体を持ち上げる。

 力の流れを調節し、刀に剣の上を滑らせ、その場で体を縦に一回転。

 流れるように二撃目の流刃を繰り出す。


「一の太刀変型━━『流車』!」

「!?」


 どうやら今回ばかりは完璧に意表を突けたらしい。

 老騎士は驚愕の表情を浮かべながら後ろへ下がり、俺の刀を避けようとしたが……避けきれず頬に一筋の傷が刻まれた。


「ルベルト様!?」

「そんな!? 剣聖が傷を負うなんて……!?」


 観客の騎士達が息を飲む。

 それを尻目に俺は回転したまま地面に降り、残った勢いを移動速度に変換して老騎士との距離を詰める。

 動揺し、体勢が崩れてる今の内に叩く!


「!」


 だが、俺が追い付く前に、再び老騎士の姿がかき消えた。

 向こうから先に攻めて来た……訳じゃない。

 老騎士は子供相手だと油断せず、冷静に、堅実に、あの超速移動で一度距離を取ったのだ。


「……子供を相手に傷を負ったのは初めての経験だ」


 頬の傷に触れながら、呟くように老騎士が口を開く。


「加護を持たない身でそれだけの強さを得るとは……恐らく、尋常ならざるという言葉では言い表せない程の努力を重ねたのだろう。

 それだけの努力に耐え切るだけの強靭な意志を持ち、何より勇者様の事を己の身より遥かに大事に思っている。

 ……惜しいな。聖戦士の加護さえ持っていたのなら、君以上に勇者様の仲間として相応しい人物はいなかっただろうに。

 できる事なら我が後継者と取り替えてほしいくらいだ」

「……どうも」


 なんか褒められた? ので一応礼を言っておいた。


「最初は諦めさせるつもりだった。だが認識を改めよう。君は強い。故に……」

「ッ!?」


 老騎士から感じる雰囲気が変わった。

 真剣ではあるものの、子供相手の手加減を残していた今までとは違う。

 殺気すら感じる本物の威圧を、老騎士は放っていた。


「これから君に私の『本気』を教授する。今はまだ無理だろう。だが、いつの日か超えてみせるがいい」


 そんな言葉と共に老騎士が動き……



「━━『刹那斬り』」



 気づけば、俺は斬られていた。

 残像どころか影すら捉えられない神速の一閃。

 反応する事すら許されず、俺の胸に深い傷が刻まれる。


「がはっ!?」


 痛い。

 肋骨が裂かれて、肺も大きく抉られてる。

 だが、根性で踏ん張り、倒れる事だけは避けた。

 これは俺の意地だ。


「倒れないか。その心意気や見事」

「アランッ!」


 そんな俺にステラが駆け寄ってきて治癒魔法をかけ始める。

 今度は来るなと言う事ができない。

 肺をやられて声が出せないのもそうだが、それ以上に俺に戦う力が残ってないってのが大きい。


 俺は、負けたんだ。


 戦いは終わった。

 もうステラを遠ざける理由がない。

 俺は治癒魔法で治ってきた肺から声を絞り出し、ステラに話しかけた。


「すまん、負けた」

「……そうね。確認ですけど、この負け犬は連れていけないんですよね?」

「はい。申し訳ありませんが、規則ですので」


 おいステラ、この野郎。

 負け犬呼ばわりか。


「勇者の仲間は聖戦士のみ。この規則を覆すには、彼が聖戦士以上の力を示す事が最低条件です。なので……」

「わかってます。もう連れて行けなんて言いませんよ。勝てなかったこの負け犬が悪いんですから」

「負け犬負け犬連呼しやがって……」

「だって負け犬でしょ?」

「…………チッ」


 反論できねぇ。

 悔しい。


「でも、あんたがいつまでも負け犬な訳ないわよね?

 この私のライバルが、まさか負けたままで終わるつもりじゃないでしょ?」

「……当たり前だ」


 決まってんだろうが。

 このまま諦めるつもりなんて毛頭ないわ。


「覚えとけ剣聖。俺はいつかあんたに勝つ」

「ふっ。楽しみにしていよう」


 ああ、楽しみにしとけ。

 いつか必ずぶっ倒してやるから。


「ステラ」

「何?」


 そして、俺はステラに声をかけた。

 ……この後、ステラは王都へ連れて行かれるんだろう。

 夢の時と同じように、たった一人で。

 だが、あの時と違ってステラに恐れてる様子はない。

 こうなっても、まだ俺を信じてくれてる証拠だ。


 そんなステラに掛けるべき言葉は決まってる。

 夢の中の俺は、この時に掛けた言葉をずっとずっと後悔し続けた。

 だから、俺は間違えない。

 安心させる為にも、自信を持って、男らしく、堂々と宣言しよう。

 この時、真に伝えるべきだった言葉を。



「必ずお前を守れるような男になって迎えに行く。だから待ってろ」



 ステラの目を真っ直ぐに見ながら、そう告げた。

 すると、ステラは一度真っ赤になってから……


「ええ! 待っててあげるわ! だから、せいぜい早く迎えに来なさいよね!」


 そう言って笑った。

 俺が見てきた中で一番綺麗な、花が咲くような可愛い笑顔で。






 その後、ステラはおじさんやウチの家族をはじめとした村の皆に挨拶してから旅立って行った。

 本来なら二度と生きて帰る事のない死出の旅だ。

 だが、俺もステラも、そんな未来を受け入れるつもりは毛頭ない。


 俺はお前に約束した。

 次は一緒に戦おうってな。

 その約束は必ず果たす。

 そして、俺の誓いも必ず果たす。

 あいつの隣に立って戦い、支え、最後の最後まで守り抜く。

 そんな男に必ずなって迎えに行く。


 だから待ってろよ、ステラ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る