6 勇者の迎え
「あ、あーん」
「やめい。もう自分で食える」
母さんに唆されて、ここ数日の間「あーん」などという羞恥プレイに手を染めていたステラからスプーンと器を奪い取り、ようやく戻ってきた自分の腕で朝飯を掻き込む。
それを見ていた母さんがつまらなそうな顔になった。
フッ、残念だったな。
あんな恥辱の時間はもう終わりだ。
魔族の襲来から数日が経ち、その間、俺はベッドの上で絶対安静の生活を強いられていた。
いくら覚醒勇者の力に目覚めたとはいえ、母さんから教わった下級の治癒魔法しか使えないステラでは、すぐに俺の怪我を治しきる事ができなかったからだ。
特に無くした左腕と、砕けた右腕の回復に時間がかかった。
というか、普通は下級の治癒魔法で四肢の欠損は治らない。
だが、ステラは覚醒した時に手に入れた膨大な魔力で強引に治療を決行。
徐々に生えていく左腕を見て、母さんが目を剥いていた。
しかし、完治するまでの数日は両腕が使えなかったのも事実。
そこで母さんは嫌な企みをしてくれやがったのだ。
それが「あーん」などという羞恥プレイ。
しかも、それをステラにやらせるという外道の極み。
そんな辱しめを受けるくらいなら、激痛を無視してでも右腕で食ってやろうとしたが、痛みが顔に出て即行で却下された。
右腕は包帯でグルグル巻きにされて封印され、俺は大人しくステラの「あーん」を受け入れるしかないという地獄の時間が始まった。
最初は煽るように嫌な笑みを浮かべていたステラだったが、続ける内に恥ずかしさの方が勝ったらしく、最終的には母さんに冷やかされて真っ赤な顔でスプーンを差し出していた。
それを同じく真っ赤な顔で受け入れるしかない俺。
地獄だった。
もはや拷問だった。
何が辛いって、この状況にちょっと幸せを感じてる自分の情けなさが一番辛い。
だが、そんな拷問の時間も今日で終わりだ。
念の為って事でまだ寝かされてはいるが、腕は戻った。
怪我も完治した。
俺は、いや俺達は自由だ!
そう思って、共に地獄の時間を乗り越えた同志に目を向ければ、ステラは何故かちょっと残念そうな顔でスプーンを見ていた。
やめい。
そんな恥ずかしくも少し幸せな茶番をしている内に、その時はやって来た。
「ス、ステラ! ほ、本当に来たぞ! 今、広場で村長達が対応してる!」
「……そっか。今行くよ、お父さん」
急いで来たのか、突然現れたおじさんが息を切らしながらステラにその事を告げ、それを聞いたステラは立ち上がる。
おじさんとウチの家族には、多分数日中にこういう事態になるだろうって事を話しておいた。
根拠が俺の夢だから半信半疑って感じだったが、今回その夢の通りに魔族が現れて俺が瀕死になり、ステラがとんでもない力を見せた事で、少しは信じてくれたのだ。
だが、やはり本当に俺の言った通りになってしまえば驚きもするだろう。
対して、ステラは全く驚いていない。
それどころか、覚悟は決まってるとばかりの堂々とした顔をしてやがる。
まさに勇者の名に相応しい堂々とした顔を。
その顔を見て、俺は内心でため息を吐きながらベッドから立ち上がり、ステラに手を差し出す。
「じゃあ、行くか」
「うん」
ステラは差し出した俺の手をしっかりと握り、俺達は二人で歩き出した。
その後を、おじさんとウチの家族がついて来る。
ただ、なんの配慮なのか、少し距離を取りながら。
気のせいじゃなければ、全員が微笑ましいものを見る生暖かい目をしてる気がした。
「ステラ、お前本当に行くんだな」
「ええ」
背後から降り注ぐ生暖かい視線から意識を逸らす為に、俺はステラに話しかけた。
「まったく、どうかしてるとしか思えないぞ。わざわざ死ぬかもしれない戦いに自分から行くなんて。
迎えが来る前に逃げときゃいいものを」
思わず、そんな言葉が口から溢れる。
そう、こいつは自分の意志で勇者になる事を決めたのだ。
事前に知ってるんだから逃げる事もできただろうに、それを選ばず、運命と戦う道を選んだ。
俺も戦う覚悟は決めたが、できれば逃げてほしかったのが本音だ。
だから、こういう言葉が度々出てしまう。
そして、それに対するステラの返答も毎回決まってるのだ。
「何度も言ったけど、それはダメ。
私が戦わないと人類滅びるかもしれないんでしょ?
そうしたらお父さんも、おじさんも、おばさんも、村の皆も、そしてあんたも死んじゃうかもしれない。
私はそれが嫌」
「他の奴がなんとかしてくれるかもしれないだろ」
「多分無理よ。この力に目覚めた時になんとなくわかったの。今魔王と戦えるのは私しかいないって」
「……ケッ。そうかよ」
ご立派な事だ。
最終的に戦う事を選ぶのは、夢でも現実でも同じか。
なんだかんだで、勇者たり得るのはこいつだけって事なのかもしれない。
そんな事を思ってたら、俺と繋いでるステラの手にギュッと力がこもった。
「それに、私は死なないわよ。だって、あんたが守ってくれるんでしょ?」
「当たり前だ」
言われるまでもない。
というか、夢と違ってこいつが怯えてない理由は俺か。
だったら、尚の事気合い入れないとな。
そんな会話をしながら、来客が訪れてるという村の中央の広場に向う。
そこに辿り着いた時、広場には多くの人がいた。
大半は物珍しさに集まって来た村の皆だけど、その中心で村長と喋ってる奴らは違う。
立派な鎧を纏い、見るからに業物な武器を装備した連中。
夢で見たのと同じ、この国の騎士達だ。
そして、夢の時は気づかなかったが、今ならわかる。
こいつら、勇者の迎えに寄越されるだけあって、一人一人が相当強い。
人数は10人足らずだけど、全員からこの前戦った魔族と同じか、それ以上の力を感じる。
多分、全員が加護を持った英雄クラスの精鋭。
特に、騎士達を率いてると思わしき、一際立派な鎧を着てる老騎士が別格でヤバイ。
だが、そんな奴らから見ても勇者は更に別格に感じるのか、ステラを視界に入れた瞬間に、老騎士以外の奴らが息を飲んだ。
「参られましたか。お待ちしておりました、勇者様」
その老騎士が、ステラに対して膝をつき、頭を下げる。
他の騎士達も同じポーズを取ったが、何人かは不服そうだ。
恐らく、ステラの隣にいる俺に対しても頭を下げる形になるのが気に食わないんだろう。
加護持ちの中には、妙なエリート意識を持つ奴も多いと聞いた事があるし。
「突然の事で驚いていらっしゃると思いますが、聞いて頂きたい。我々の参った目的ですが……」
「知ってますよ。勇者の力に覚醒した私を迎えに来たんですよね?」
「……既にご存知だったとは。お見逸れ致しました」
老騎士が感嘆したように、若干目を見開いた。
「で? 具体的に私は何をすればいいんですか?」
「はい。まずは我々と共に王都へ来て頂きます。
そこで修行を重ね、心身共に聖剣に認められるまでに成長されましたら、世界に向けて大々的にお披露目。
その後、魔王討伐の旅へと出て頂く予定です」
「そうですか」
なんとも勝手な話だと思う。
拒否権もなく死地に連れ出そうだなんて。
これを聞いてると、勇者とは救世主であると同時に人柱なんだと強く実感する。
人類の為に必要な事だと理解はしてるが納得はできない。
「わかりました。でも一つ条件があります」
「何なりとお申し付け下さい」
「簡単です。私と一緒にこいつも連れて行って下さい」
ステラに手を引かれて前に出る。
老騎士は、真剣な表情で俺を見た。
「君は?」
「俺はアラン。こいつの幼馴染です」
「き、貴様!? 勇者様に向かってこいつとは無礼な……」
「ドッグ、控えなさい。勇者様の御前です」
「ッ!? し、失礼しました!」
騎士の一人が俺に向けて怒鳴ったが、即座に老騎士が威圧して黙らせた。
直接向けられた訳でもないのに悪寒を感じる程の、凄まじい威圧感だ。
やっぱり、こいつは……
「……話はわかりましたが、それは些か難しいかと思われます。
勇者の仲間として同行できるのは『聖戦士』のみです。
通常の加護を持つ者ですら選ばれる資格がない。
それは何故かわかりますか?
━━力不足だからです。魔王や高位の魔族は次元の違う強さを持つ。
それらと勇者が戦う時、加護を持つ英雄ですら足手まといになるのです。
まして、その少年は……」
「アランは強いんだから!」
ステラが即行で反論したが、子供の戯れ言とでも思ってるのか、騎士達の反応は芳しくない。
まあ、だろうな。
どうも、加護を持つ者は、同じく加護を持つ者の事がわかるらしい。
同類故に、加護の放つ特有のオーラみたいなものを感じ取れるとか、そんな感じで。
むしろ、それこそが加護持ちを特定する唯一の方法。
さっき騎士達が息を飲んでたのも、多分、ステラから勇者の加護の圧倒的なオーラを感じ取ったからだろう。
加護持ちは、相手が加護を持ってるかどうかを識別できる。
つまり、こいつらは俺が加護を持ってない事に気づいてる訳だ。
加護を持つ者に持たざる者が勝つ事はできない。
それが、この世界の常識。
だからこそ、ステラがいくら俺の事を強いと言っても、説得力がない。
だったら、見せつけてやるしかない。
俺はステラの手を離し、騎士達の前に出た。
騎士達は訝しそうに、老騎士は見定めるような鋭い目で、そしてステラは信頼に満ちた目で俺を見る。
それらの視線を一身に受けながら、俺は口を開く。
「俺に勇者の仲間たり得る力があるか。疑うなら直接確かめてみればいい。
━━かかって来い。俺の力を証明してやる」
「この……! 調子に乗るなよ! 加護も持たないただのガキがぁ!」
「控えなさい、ドッグ!」
俺の挑発まがいの言葉に反応し、一人の騎士が勢いよく立ち上がった。
さっき無礼なとか言って噛みついてきた、犬っぽい名前の筋骨隆々の騎士だ。
どうやら、随分と俺が気に食わないらしい。
「止めないでください隊長! 思い上がったガキには教育が必要なんです!」
そう言って、犬っぽい名前の騎士が俺に向けて拳を振るう。
さすがに最低限の分別はあるのか、拳の勢いはこの前の魔族の鎌に比べて随分と遅い。
直撃しても死にはしないだろう。
なら、持ってきた刀を抜くまでもない。
犬っぽい名前の騎士の拳を左手で受け止める。
当然、そんなもんで加護持ちの怪力を止められる筈がなく、俺の体は拳の勢いを受け流す為に左へ回転。
流刃の応用によって完全にダメージを抑え、拳の威力を回転力へと変換した。
その回転の勢いを右足に乗せ、カウンターで犬っぽい名前の騎士の股間を思いっきり蹴り抜いた。
「はうっ!?」
一瞬にして犬っぽい名前の騎士は内股になり、顔面蒼白になりながら男の急所を押さえて崩れ落ちる。
一応、向こうが手加減してたおかげで潰れてはいない。
しかし、それを見てた男の騎士達や村の男衆は顔色が悪い。
男の中で唯一動揺してないのは、老騎士だけだ。
「どうだ。これで少しは認めてもらえましたか?」
「……ほう」
老騎士は感心したように頷きながら立ち上がった。
その眼に、ほんの僅かながらも戦意を滲ませながら。
……どうやら、ここからが本番らしい。
俺は気を引き締め直した。
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