5 VS魔族

「ウラァ!」


 カマキリ魔族が片足の力で突撃しながら、両腕の鎌を交差させるように振るう。

 ハサミみたいに左右から挟み込んで切るつもりだ。

 俺はその動きを先読みし、刀を構えながら左側に向かってジャンプする。

 それによって、奴の右の鎌が左の鎌よりも早く刀に当たり、その衝撃で跳ねる事で鎌の間から脱出。

 そのまま弾かれた時の勢いを流刃で利用し、眼下を通り過ぎるカマキリ魔族の首筋に叩き込んだ。


「ぬぐっ!?」


 だが、咄嗟に体を捻って避けられ、俺の刀は奴の首の三分の一を切り裂くも、切断には至らなかった。

 首筋から魔族特有の青い血がビュービューと噴き出すが、魔族の生命力なら致命傷にはならないだろう。

 首を切断できてれば今ので終わりだったと思うが、さすがにそう簡単にはいかないみたいだ。


「いてぇ!? だが、隙ありだクソガキィ!」


 カマキリ魔族が未だに空中にいる俺に向けて鎌を振るう。

 空中ならロクに身動き取れないと思ったんだろう。

 甘い。


「『流刃』!」

「がはっ!?」


 振るわれる鎌にこっちから刀をぶつけ、それで跳ねる角度を調節。

 鎌の内側へと飛び込み、弾かれた回転に合わせて逆袈裟斬りを食らわせる。

 一の太刀は俺の剣術の基本戦術だ。

 身体能力において圧倒的に劣る俺は、この技をどんな体勢からでも完璧に放てる事が、戦いの土俵に上がる上での最低条件。

 あの夢を見てからの三年間。

 ステラを踏み台にした修行で、これだけは完璧とまでは言えないまでも、ある程度完成と呼べる領域に仕上げたという自負がある。

 浅はかな考えで攻略できると思ったら大間違いだ。


 更に俺は懐に飛び込んだ状態を利用し、今の攻撃で裂けた腹に刀をねじ込んで、傷口を広げるようにグリグリと抉る。

 いくら強靭な魔族の肉体とはいえ、内臓なんかの体の内側は子供の力でも充分傷付けられるみたいだ。

 これはラッキー。

 グッチャグチャにしてやんよ!


「ぐぎゃああああああああ!?」


 カマキリ魔族が、明らかにさっきまでとは次元の違う、苦悶に満ちた叫びを上げた。

 反射的に俺を排除しようとしたのか、密着してるにも関わらず、俺目掛けて鎌が振るわれる。

 バカめ。

 この状態でそんな事したら……


「ごぶはっ!?」


 刀を引き抜きながら屈んで避ければ、カマキリ魔族の鎌は自分の体に深々と突き刺さった。

 ゼロ距離で密着してる上に、体の小さい俺を目掛けて鎌を振るえば、当然こうなる。

 痛みで咄嗟に体が動いちまったんだろうが、酷い自滅だ。

 このカマキリ魔族、身体能力こそ魔族の端くれらしく圧倒的だが、戦闘技術に関しては加護持ちの英雄達の足下にも及ばないと見た。

 しかも、戦闘スタイルは近接戦闘型。

 相性は良好。

 このまま押し切る!


「ハァア!」

「ぐほっ!?」


 再び傷口に刀を突き刺す。

 さっきまでの攻撃や自爆と相まって、もう内臓はボロボロの筈だ。

 それでも魔族の生命力なら、まだ死なない。

 もっとだ。

 もっと切り刻む必要がある。


「うぉおおおお!」

「がっ!? おぼっ!?」


 斬る。

 斬る。

 斬る。

 傷口を開いて抉る。

 それを、こいつが死ぬまで繰り返す。

 返り血にまみれながら、殺意だけを込めて一心不乱に刀を振るう。


「ヒィ!?」


 そんな俺に恐れをなしたのか、腹から鎌を引き抜いたカマキリ魔族が、残った片足に力を込めて後ろへ下がろうとした。

 その足に斬撃を叩き込み、斬れないまでもバランスを崩して転倒させる。

 そして、仰向けになってさらけ出された腹を、またかっさばく。


「いでっ!? いてぇ!? お、ぉおおおおおお!」


 情けなく悲鳴を上げながら、それでもカマキリ魔族は今度こそ最善手を選んだ。

 雄叫びを上げながら体をひっくり返し、まだ無傷な背中を盾にして、這って逃げる。

 情けない姿だが、効果的な戦法だった。

 俺の力じゃ、相手の力を利用するか、傷口や急所を狙わないとダメージを与えられないからな。


「ごはっ!?」


 だが、今までのダメージが洒落になってないのか、カマキリ魔族は俺から少し離れた場所まで逃げたところで、大量に吐血して崩れ落ちた。

 足が止まった。

 これなら問題なく追いつける。


「く、来るなぁあああああ!?」


 絶叫しながら、カマキリ魔族が鎌を構える。

 よく見れば、その鎌は風を纏っていた。

 遠距離攻撃!

 クソ!

 できれば使わせる前に倒したかった!


「『鎌鼬』ッ!」

「くっ!?」


 頭上を通り過ぎる風の斬撃を、屈む事でなんとか避ける。

 狙いを外した斬撃はそのまま進行を続け、前方数十メートルに渡って森の木々を切り裂いた。

 忘れもしない。

 夢の中で村を吹き飛ばした攻撃だ。

 当然、当たれば即死。

 かすっただけでも四肢がもげるだろう。


「ぬぉぉおおおおおお!」


 そんな即死攻撃を、カマキリ魔族は狂ったように乱打してくる。

 目で追うのがやっとの速度で飛翔する斬撃の連打。

 避ける隙間もない範囲攻撃よりはマシだが、それでも滅茶苦茶厄介だ。

 そして最悪な事に、今の俺には遠距離攻撃への対抗手段がない!

 

 夢の中の俺が使ってた七つの必殺剣の中には、遠距離攻撃に対応した技も勿論ある。

 だが、あの夢を見てからのたった三年ぽっちの修行じゃ、いくら完成図が頭の中にあって、最高の修行相手がいたとはいえ、七つの必殺剣全てを習得するのは不可能だった。

 それどころか、基礎の基礎を完璧に近づけるだけで精一杯。


 今の俺は、基礎の基礎である一の太刀しか使えない。


 これを少しでも磨く事が、僅か三年で魔族に対抗する唯一の手段だった。

 その選択に後悔はない。

 どうせ、一の太刀が使えなければ他の技も使えないんだ。

 基礎を疎かにして応用に手を出しても無駄。

 そんなお粗末な練度じゃ、このカマキリ魔族をここまで追い詰める事すらできなかっただろう。

 今の俺は、他のどんな鍛え方をした俺よりも強いと断言できる。


 しかし、それでも足りない。

 足りる訳がない。

 相手は魔族。

 人類の天敵。

 英雄達が命懸けで戦う相手であり、本来なら無才の俺なんか相手にもならない正真正銘の化け物なのだから。

 ここまで傷の一つも負わず、有利に立ち回れてた事こそが、むしろ奇跡。

 自分の有利な戦闘スタイルに引き摺り込み、油断してる隙に足を奪い、冷静になる前にできる限りダメージを叩き込んで、なんとかここまで弱らせた。

 あと、ひと押し。

 なら、そのひと押し分くらいは奇跡に頼らず、気合いと根性と執念で押し込んでやる。


 カマキリ魔族の構えや動きから斬撃の軌道を先読みして避け続ける。

 瞬きすらできない。

 一瞬でも気を抜けば死ぬ。

 幸いなのは、向こうは狂乱してて、狙いもつけずにやたらめったら乱打してるって事だ。

 ちゃんと俺を目掛けて飛んでくる斬撃は全体の三分の一もなく、残りは見当外れの方向へ飛んでいく。

 これは助かる。

 正直、しっかりと狙いを定めて使われてたら、今頃木っ端微塵になっていただろう。


 だが、安心してもいられない。

 向こうがいつ冷静になって、その精密な斬撃を繰り出してくるかわからないからな。

 その前に痛みか出血多量で動きが鈍ってくれればいいが……あんまり期待はできない。

 何故なら、その前に俺の体力が尽きそうだからだ。


「ハァ……ハァ……」


 息が上がってきた。

 子供の体は体力がない。

 まして、これだけの激戦を繰り広げていれば、少ない体力はあっという間に底をつく。

 俺の体力切れが早いか、魔族が崩れるのが早いか。

 五分五分ってところだと思うが、これ以上体力が落ちれば動きの精度が下がってしまう。

 この状況でそれは致命的だ。

 なら、危険でも今の内に勝負をかけた方がいい。


 覚悟は決まった。


「うぉおおおお!」


 俺は避ける事に集中するのをやめ、避けながら前へ出た。

 回避に割けるリソースが少なくなり、今まで以上にスレスレを斬撃がかすめる。

 当たってもいないのに、斬撃にまとわりつく余波だけで皮膚が裂かれる。

 全身が血に染まっていく。

 構わない。

 こいつを殺せるのなら。


「来るな化け物ぉおおおお!?」


 カマキリ魔族の攻撃が一層苛烈になる。

 斬撃の数は増えたが、その分精度が更に下がって、むしろ避けやすい。

 だが、斬撃の数自体は増えたせいで、運悪くどうしても避けきれない密集した斬撃の壁に当たってしまった。


 俺は刀を振るう。

 脳裏に思い描くのは二の太刀。

 流刃のような反撃はできない代わりに、近接、遠距離、どちらの攻撃も完璧に受け流す為の技。

 僅かでもいい。

 それを再現する。


「ッ!?」


 技は成功した。

 斬撃の壁をズラす事によって僅かに隙間を生じさせ、そこに体を滑り込ませる事で回避に成功する。

 しかし、本来なら使えない技の精度はやはり荒く、完璧な受け流しには程遠い。

 その代償は刀を振るった腕に行き、両腕の骨にヒビが入った。

 右はまだなんとか動くが、左はダメだ。

 これは殆ど折れてやがる。

 動かない。

 だがな……


「辿り着いたぞ!」

「ヒィイイ!?」


 遂に風の斬撃を潜り抜け、カマキリ魔族の目と鼻の先まで迫った。

 悲鳴を上げながらカマキリ魔族は鎌を斜めに振り下ろし、それを屈む事で避ける。

 動かない左腕が浮いて斬り飛ばされ、ひしゃげながら飛んでいったが、知ったこっちゃない。


「おぉ!」

「ごぶっ!?」


 カマキリ魔族の裂けた腹に蹴りを叩き込む。

 痛みでカマキリ魔族が硬直した。

 更に爪先を腹の中に引っ掻けて足場にし、顔の前にまで跳躍。

 狙いは……


「目ぇええ!」

「ぐぎゃああああああ!?」


 刀を逆手に持ち替え、渾身の力を込めて眼球に突き刺す。

 さすがの魔族でも、ここは弱い。

 剥き出しの内臓とも言える眼球に、怨霊丸は容易く深々と突き刺さり、眼球の奥の脳までも破壊する。

 そして……


 カマキリ魔族の巨体から力が抜け、轟音を立てながら、うつ伏せに地面に倒れた。


「やった……!」


 カマキリ魔族は動かない。

 脳を破壊されれば大抵の生物は死ぬ。

 それは魔族でも例外ではない。

 つまり、俺の勝ちだ。

 勝った。

 勝った。


「勝ったぞ……!」


 拳を天に突き上げようとして、力が入らずに垂れ下がる。

 ああ、最後の攻撃で右腕もイカれたのか。

 それどころか、体に力が入らない。

 俺もカマキリ魔族と同じように、うつ伏せに倒れてしまった。


「ゼェ……ハァ……」


 息が乱れる。

 全身が重くて痛い。

 戦いの興奮で気づかなかったが、思ったより限界だったらしい。

 自分の限界も見極められはいとは……。

 夢の中の全盛期には程遠いな。


「ッ……」


 ああ、ヤバイ。

 出血が止まらない。

 意識が朦朧としてくる。

 回復薬……いや、ダメだ。腕が動かない。

 なら。


「神の御力の一端たる、癒しの力よ……。傷付きし、子羊を、救い、たまえ……。━━『治癒ヒーリング』」


 途切れ途切れだが、なんとか詠唱を絞り出し、傷を治す。

 俺の治癒魔法じゃ大した効果はないが、一応出血は止まって右腕も少しは動くようになった。

 その腕で腰のウェストポーチに入れてある回復薬に手を伸ばし、飲み干す。

 これでなんとか命は繋げるだろう。

 完全勝利だ。



「クソ、ガキィ……!」



 その時、声が聞こえた。

 確かに殺した筈の奴の声が。

 視線を動かしてみれば、そこには残った片眼に溢れんばかりの憎悪を込めて俺を睨むカマキリ魔族の姿が。

 ……マジかよ。

 脳を破壊してまだ生きてるのか。

 刺さりが浅かったのか、それとも特別生命力の強いタイプの魔族だったのか。


 だが、さすがにもうロクに動けないらしく、ビクビクと痙攣しながら鎌を振り上げるのが精一杯みたいだ。

 あと数分もせずに完全に死ぬだろう。

 俺の勝利に変わりはない。


 たとえ、最後っ屁で道連れにされようとも。


「誇り高き、魔族の末席たる、この俺が……! ガキなんぞに、やられるなど……! 許さねぇ……! 絶対に許さねぇ……! テメェだけは、道連れにしてやるッ!」


 カマキリ魔族が鎌を振り下ろす。

 もう俺に避ける力はない。

 あの鎌は、間違いなく俺の命を奪うだろう。

 だけど満足だ。

 ステラを守って死ねるんなら。

 あいつの覚醒は防いだ。

 これで、あいつは戦場に行かなくて済む。

 勇者として死ななくて済む。

 世界は心配だし、悔いはあるが、それでも俺は満足だ。


 さあ、殺すなら殺せ。


「死ねぇ!」


 避けられない死が俺に迫る。

 夢と現実がごっちゃになったような走馬灯が脳裏を駆け抜ける。

 そして、遂に命が尽きようとする、その刹那。



「私のアランに何やってんのよ! この化け物!」



 聞き覚えのあり過ぎる声が聞こえてきた。

 鈴の音のような凛とした声。

 大切な幼馴染の声。

 それが、俺とカマキリ魔族の間に割って入ってきた。


「やぁあああああ!」

「ぐぁああああああああああ!?」


 光が、瞬いた。

 ステラの振り抜いた剣が放った光。

 それがカマキリ魔族を一瞬で覆い尽くし、消し飛ばす。

 そうして、カマキリ魔族は跡形もなく消滅してしまった。

 ハハ……俺が苦労してコツコツ削った奴を一撃かよ。

 やっぱ、強いな。

 だけど、そんな事より。


「アラン! このバカ! こんな所で何やってんのよ!?」

「ステラ……お前、なんで……?」


 何をノコノコと出て来てんだ、お前は?

 しかも、今のはどう見ても覚醒勇者の力じゃねぇか。

 お前がそれ使っちゃったら、俺が戦った意味が……。


「今日は私の誕生日なのにあんたがいないから探したのよ! そしたら村の外から凄い音が聞こえてきて……まさかと思って来てみたら化け物がいるし! あんたは倒れてるし! あれ魔族でしょう!? あんたが夢で見たっていう! なんで私に声掛けなかったのよ!?」


 大声で怒鳴りながらステラは俺を抱き起こし、治癒魔法をかけ始めた。

 俺じゃ治しきれなかった傷が治り、腕まで少しずつ生えてくる。


「だったら、わかってるだろ……。お前が今使ったのは多分勇者の力だ。それを使えるようになったら勇者として戦場に行かされる。そして死ぬ。なのに、なんで……」

「この大バカァ!」

「痛っ!?」


 こいつ!?

 あろう事か重傷者に頭突きかましてきやがった!


「それであんたが死んじゃったら意味ないでしょ! アランが死んじゃったら、私は、私は……!」

「ッ!」


 その時、俺は絶句した。

 ステラが泣いていたのだ。

 ふてくされて涙目になる事は多々あったが、こんなにガチで泣いてるステラは見た事がない。

 そんなステラが、俺の為に涙を流している。

 その涙を見て、俺はようやく理解した。


「ああ……そうか」


 俺は本当にバカだな。

 夢の中だけじゃなく、現実でもバカをやらかすところだった。

 俺が死んだら、ステラは悲しむ。

 俺がステラを死なせたくないように、ステラも俺を死なせたくないと思ってくれてるんだ。

 あの夢の結末を避ける事に必死になって、そんな当たり前の事が頭から抜けていた。


 多分、こうやって俺が死ねば、ステラは夢の中の俺と同じような後悔を抱えて生きていく事になるだろう。

 それは不幸な人生だ。

 それじゃ、ステラを守った事にはならない。

 俺がするべき事は、ステラの盾になって死ぬ事じゃなかった。

 こいつの隣に立って、支えてやる事だったんだ。


 俺は残った右手を伸ばして、ステラの頬に触れた。


「悪かった。次は頼る。その時は一緒に戦おう」

「……約束だからね!」

「ああ」


 その後、ステラに続いて駆けつけて来たおじさんや親父に担がれ、俺は九死に一生を拾って村に帰還した。

 結局ステラは勇者に覚醒しちゃったから、数日後には国のお偉いさん達が迎えに来るだろう。

 犠牲者をなくす事には成功したが、結局、俺は一番重要な運命を変える事には失敗した。

 だが、それでもいい。

 覚悟は定まった。

 進むべき道は決まった。


 さあ来い、運命。

 もう逃げも隠れもしない。

 正々堂々、真っ正面から打ち破ってやる。



 ちなみに、村に戻ったら母さんに泣かれて、その後、死ぬ程怒られた。

 魔族より怖かった。

 多分、あのまま死んでたら、いつかあの世で会った時に殺されてた事だろう。

 そんな事にならないように、母さんやステラを悲しませないように、運命には生きて完全勝利してやろうと、そう誓った。

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