4 魔族襲来

 数日前に誕生日を迎え、遂に訪れた10歳の春。

 4の月の10日。

 麗らかな春の陽気を感じる、よく晴れた日。

 奇しくもステラの誕生日でもあるこの日は、俺にとって絶対に忘れられない、悪夢の始まりとなった日だ。

 ……いや、この言い方は正確じゃないか。

 あくまでも、あの悪夢は夢の話。

 あれが正夢になるか、それともただの夢で終わるか。

 それを決定づける運命の日と言った方が正しいだろう。


 夢の中の今日。

 この村は突然、魔族に襲われた。

 忘れもしない。

 俺達は誕生日が近いって事で、毎年ステラの誕生日に二人分のお祝いを纏めてやる。

 その誕生日パーティーをお昼に開くって事で、二人とも浮かれてた所にいきなりやって来た悪夢だった。


 村の東側からもの凄い音が聞こえてきて、気づいたら村の一部が消し飛んでいた。

 そこから現れる異形の怪物。

 既に何人かが殺されて食われ、ステラのお父さんや親父をはじめとした一応は戦える人達が命懸けで挑んだが、まるで歯が立たず、遊ばれるようにして蹂躙された。

 その戦いでステラのお父さんは亡くなり、親父も片腕を失う事になる。

 そして、おじさんの死に様を見たステラが、怒りと勇気に任せて恐怖を振り払い、勇者の力を覚醒させて魔族を討伐した。

 その間、俺は恐怖に震える事しかできなかった訳だ。


 だが、今は違う。

 今の俺は、夢の中の俺より遥かに強い。

 体を鍛えた。

 技を磨いた。

 武器も手に入れた。

 覚醒前とはいえ、あの勇者ステラにも勝ち越している。

 まだまだ未熟で貧弱もいいところな10歳のガキだが、最低限、魔族と戦えるだけの力は手に入れたつもりだ。


 その覚悟で、俺はここに立っていた。

 今いるのは、村を囲む塀の外側。

 村の東側の森の中。

 夢で魔族が襲ってきた方角だ。

 すれ違わないように、だけど村を巻き込まないように、村の様子がギリギリわかるくらいの距離。

 俺はそこに仁王立ちして、魔族を待ち構えている。


 ここに来る事は誰にも伝えていない。

 親父にも、母さんにも、おじさんにも、そしてステラにもだ。

 ステラ以外は魔族に対して完全に戦力外。

 いても蹂躙されて死ぬだけだ。

 なら、無駄な犠牲を出さない為にも、何も教えない方がいい。

 ステラを戦わせる事は論外だ。

 そもそも、これはステラを勇者にさせない為の戦いなんだから。

 

 誰も味方はいない。

 その代わり、できる限りの準備は整えた。

 着てきた服装は、雑魚魔物狩りに参加させてもらった時の丈夫な布の服。

 鎧はサイズが合う物がないから着けていない。

 けど、鎧の代わりに、鎧なんぞより百倍役に立つ武器を装備している。

 それが腰帯に差した怨霊丸。

 ここ数年で、すっかり体に合うサイズとなった今の愛刀だ。

 更に、兵士の人達の職場からこっそり盗んできた回復薬を数本、去年の誕生日に買ってもらった頑丈なウェストポーチに入れて持ってきた。


 とはいえ、こんな準備、魔族相手じゃ焼け石に水だ。

 できれば、あと5年くらい修行して、体も技も成長した時に来てほしかった。

 だが、時間は待ってくれない。

 それでも負けるつもりはない。

 俺の剣の真骨頂は格上殺し。

 準備不足も、実力の差も、全部ひっくり返して勝ってみせる。


 目を閉じ、風を感じるように集中して精神を研ぎ澄ましていく。

 そうし始めて大して経たない内に、そいつ・・・はやって来た。



「おぉ? こんな所に人間のガキがいやがる」



 それは、異形の姿をした怪物だった。

 身長は約2メートル半。

 胴体は細長く、なのに肩幅は広く、猫背。

 そして、両腕は巨大な鎌みたいになってる。

 一言で言えば、カマキリみたいな奴だ。

 どう見ても魔物にしか見えない奴が言葉を話し、明確な知性を感じさせる。

 それが魔族の特徴。

 『魔界』というこことは異なる世界から、約100年に一度攻め込んで来るという異形の生命体の特徴。

 ……夢で見た通りの姿だ。

 本当に来やがった。

 やっぱり、あれはただの夢じゃなかったんだな。


「こいつはラッキーだぜ。人間のガキは美味いからなぁ。人間どもの集落に着く前にこんなオヤツと巡り会えるとは。おっと涎が」


 カマキリ魔族が舌なめずりし、垂れた涎を鎌みたいな腕で拭っていた。

 魔族の中には人間を好んで補食する奴もいる。

 そんなおぞましい食欲の対象にされても、恐怖は感じなかった。

 前までの俺なら、確実に腰を抜かしていただろう。

 だが、今は違う。

 夢の中とはいえ、こいつよりもよっぽど強い奴らと戦ってきた記憶が恐怖を打ち消してくれる。


 それだけじゃない。

 あの悪夢の中では、復讐の為にしか振るえなかった力。

 それを今、大切な奴を守る為に振るえる。

 こんなに幸せな事はない。

 この溢れる歓喜の前じゃ、恐怖なんざ感じてる暇もないわ。


 俺はスラリと流れるような動作で怨霊丸を抜き、カマキリ魔族に向けて駆け出した。 


「ハッ! 活きのいい獲物だなぁ!」


 カマキリ魔族が鎌を振りかぶり、振り下ろす。

 余裕綽々。

 油断しまくった大振りの動作。

 だが、その速度は今の俺じゃ目で追うのがやっとの超速だ。

 

 そういうのを相手にした時こそ、俺の剣は真価を発揮する。


 振り下ろされる鎌の軌道を先読みし、寸分違わずベストな位置へと刀と体を動かす。

 超速の鎌を刀で受け、しかし受け止めようとはせずに、片足を軸にして体を回転。

 鎌の威力を受け流し、その力を体の回転力に変換する。

 そのまま前に踏み込み、足さばきで力の向きを調整し、敵の攻撃力を自分の刀に乗せる事で、斬り裂く力に変換して返す。

 これこそが俺の剣の基本技!


「一の太刀━━『流刃』!」

「ぐぁ!?」


 俺の刀がカマキリ魔族の足を切り裂いた。

 切断された足が地面に落ちる。

 本来なら、子供どころか筋骨隆々の大人の力ですら傷付ける事は至難の技と言われる魔族の肉体。

 だが、それも自分の力をそのまま返されれば大ダメージを与えられる。

 力でも速さでも圧倒的に劣る俺が、化け物どもと唯一対等に渡り合える戦い方だ。

 それが通じる事が今証明された。

 だったら、勝てる。


「その足じゃ、もう村へは行けないだろう」


 行けたとしても、確実に移動速度は落ちる。

 少なくとも、俺を振り切って村に向かう事はできない。

 これで後顧の憂いはなくなった。

 正真正銘、一対一の真っ向勝負でケリをつけよう。


「お前は俺が殺す。あいつの明るい未来の為に……死ね、魔族」

「こ、このクソガキャァアアアア!」


 カマキリ魔族が激昂し、残った足に力を込めて突進してくる。

 こうして、俺と魔族の戦いが。

 運命を変える為の戦いが始まった。

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