3 方針

 現在、俺がひとまずの目標としてる事は三つある。

 一つ、ひたすら修行し、俺とステラをできる限り強くする事。

 二つ、治癒魔法を覚える事。

 三つ、できればステラを勇者にしない事。

 この三つだ。


 一つ目は順調。

 俺は朝の5時くらいに起き、筋トレやジョギングなどの基本的な体作りを開始した。

 それを終えたら、夢の中の俺が使ってた剣術を再現するべく、素振り用にステラのお父さんから貰った木刀を使って型のようなものを繰り返す。

 8時くらいにはステラも起きてきて修行に加わり、そのまま未来の勇者との打ち合いに突入。

 俺の目指す剣術は、強い奴との戦闘経験が何よりも物を言うから有意義だ。

 ステラの方も、今のところ俺に負け越してるのが相当悔しいらしく、一日ごとに凄まじい速度で成長してるのがわかる。

 それを倒す為に俺の剣も急激な勢いで洗練されていき、ステラを踏み台にして押し上げられるように強くなれる好循環。

 先は長いが、頭の中の完成形にどんどん近づいていってるという実感がある。

 順調だ。


 ちなみに、ステラには俺の夢の大雑把な内容を話してある。

 半信半疑って感じだったが、「死ぬのはやだなぁ」とか言って修行に身が入ってるので何よりだ。

 モチベーションの八割は悔しさだと思うが。

 残り二割の内一割が死にたくなさで、最後の一割はよくわからん。

 なんか「アランと……ゴニョゴニョ……するまで死んでたまるか……!」とか小声で言ってたけど、なんなんだろうな。

 俺を八つ裂きにするまでは死ねないとかか?


 二つ目の目標は、まあ、ぼちぼちと言ったところだ。

 修行を終えてステラが帰った後、俺の集中力が持続する限り魔法の勉強に励む。

 母さんは根気強く教えてくれるけど、どうやら俺に才能はないらしく、三年かけて治癒術師としては三流の母さんに追い付けたら奇跡とか言われた。

 やる気がなくなりそうになるが、根性で耐える。

 これは必要な事だと自分に言い聞かせて頑張った。

 母さんは「なんで、そんなに頑張るの?」と聞いてきた後、俺が「ステラを守る為に強くなるのに必要そうだから」と正直に話せば、何故かやる気のボルテージが最高潮にまで上がって、指導に凄まじく熱が入るようになった。

 そんな俺達を微笑ましいものを見る目で見守る筋肉ゴリラの親父。

 なんか不本意。


 三つ目の目標に関しては、正直、勝率の低すぎる賭けだと思ってる。

 今から3年後、夢の通りならこの村に魔族が襲来し、そいつを倒す為にステラは勇者に覚醒する。

 だが、それは死への片道キップだ。

 少しでもステラを強くし、俺も強くなって隣で守る事で死の運命を回避するつもりだが、そもそもの話、勇者になんてならなければステラは死なないんじゃないかという思いもある。


 ステラが勇者にならなければ、この世界は魔族に蹂躙されて滅びるかもしれない。

 それは普通に嫌だが、世界とステラを天秤にかけた時、俺は迷わずステラを選ぶ。

 なら、ステラを勇者として覚醒させず、戦場に連れて行かせないという選択肢もありな筈だ。

 世界の命運に関しては、他の人達でなんとかしてくれ。

 大丈夫、勇者の加護を持ってるのがステラだけとは限らないし、どこかに夢の世界では覚醒しなかった別の勇者がいるかもしれないだろう。

 いなかったとしても、頑張れば夢の中の俺でも魔王を倒せたんだ。

 俺とは比べ物にならない才能を持つ聖戦士が死ぬ気になれば、なんとかなる筈。

 とにかく、俺は好き好んで大事な幼馴染を死地に送り出す気はない!


 という事で、できればステラは覚醒させない方針でいきたい。

 その為には、3年後の魔族襲来でステラを戦わせちゃダメだ。

 かと言って、この村に魔族に対抗できるような存在はいないし、街に駆け込んで助けを求めようにも、子供の夢を根拠にした戯れ言なんて誰も聞いてくれないだろう。

 事実、親父や母さんに話しても、苦笑いされるだけだったし。


 なら、俺が魔族を仕留めるしかない。


 加護も持ってない10歳のガキが、雑兵ですら加護を持つ英雄に匹敵すると言われる魔族に勝つなんて、無謀もいいところだ。

 だが、それでも俺はやる。

 あんな未来を回避する為なら、ステラを守る為なら、命くらいいくらでも懸けてやる。

 幸い、奴が襲来する正確な日時は記憶に焼き付いてるからな。

 本当に夢の通りになるのかはまだわからないが……来るなら来やがれ。

 ぶっ殺してやる。


「着いたー!」

「こらこら、はしゃぎ過ぎてはいけないよ」


 そして、魔族迎撃の為の第一歩として、俺達は今、最寄りの街の武器屋に来ていた。

 魔族と戦うには、それ相応の武器がいる。

 村にある格安で買ってきた雑魚魔物狩り用のナマクラじゃ、一撃で砕かれて終わりだろう。

 あんな武器で魔族を倒せるのは、覚醒ステラか聖戦士くらいだ。

 俺じゃ、たとえ夢の中の全盛期だったとしても無理。


 という事で、今日は魔族を狩れる武器を買いに来た。

 この前誕生日を迎えたので、その誕生日プレゼントを買うという名目で、二人して街に連れて来てもらった訳だ。

 同行してくれたのはステラのお父さん。

 親父と母さんは、農作業の方でちょっとしたトラブルが発生して来られなかった。

 別に構わないけど。

 むしろ、この人選の方が都合がいい。


 ステラのお父さんは、若干後退してきた生え際がチャームポイントの優しそうなおじさんで、ステラのおねだり攻撃があれば少しは奮発してくれそうな雰囲気がある。

 俺はそれに便乗すればいい。

 とはいえ、持たされた誕生日プレゼント代とおじさんの支援、更に持ってきたお小遣いがあっても、圧倒的に資金は足りない。

 これで買えるのは格安のナマクラだけだ。

 武器は高いからな。

 つまり、ナマクラ同然の捨て値で売られてる訳あり商品・・・・・が狙い目になる。


「お父さん! あの魔剣買って!」

「い、いやぁ……お父さんのお給料じゃ無理かなぁ……」


 おじさんを困らせるステラを尻目に店の中を歩き回る。

 こう見えて、武器の目利きにはそこそこ自信があるのだ。

 全部、夢の知識頼りだけどな。

 その夢の中の俺は、復讐を誓ってから無茶な修行を繰り返してたせいで、武器の消耗も早かった。

 とある迷宮で終世の相棒に出会うまでは、武器を使い潰しては取っ替え引っ替えしてた訳だ。

 つまり、それだけ色んな武器に触れる機会があった。

 そこで磨かれた直感に任せて、良い武器を引き当ててやる!

 とはいえ、捨て値で販売されてる業物なんて都合のいい商品、そうそう見つかるもんじゃ……


「あった!?」


 見つかったわ!

 俺の目に留まったのは、店の片隅にポツンと置かれていた小さな刀。

 普通の刀より随分と短い、小太刀と呼ばれる種類の武器。

 手に持って鞘から抜いてみると、随分と手に馴染む感じがした。

 しかも、刀身から感じるこのビビッとした感覚は、紛れもない名刀の気配。

 今はまだ体に対して大きいが、10歳になる頃にはピッタリになってそうだ。

 そんな小太刀が、お値段なんと金貨一枚!

 おじさん融資すらいらず、誕生日プレゼント代とお小遣いでピッタリ買える値段だ。

 安すぎる。


「店員さん。この刀、どうしてこんなに安いんだ?」

「ん? ああ、それは普通の刀と小太刀を使う珍しい流派の二刀流の剣士が使ってた物らしくてね。その剣士が迷宮で死んじゃったとかで、遺品を拾った冒険者パーティーが売りに来たんだ。普通の刀の方はすぐに売れたんだけど、小太刀を使う人ってあんまりいないし、縁起も悪いからこっちだけ売れ残っちゃって、ドンドン値下げしていった感じかな」

「ほー」


 そこら辺にいた見習いっぽい若い店員に聞いてみれば、そんな答えが帰ってきた。

 それはまた、確かに縁起が悪い。

 いくら迷宮内で拾った物は拾った奴の物って常識があっても、躊躇なく売り払われた上に、相方だけ売れて自分は捨て値同然で投げ売りされるまで落ちぶれたとか、元の持ち主の怨念だけじゃなく、刀自体の怨念までプラスされてそうだ。

 命を懸けて戦う冒険者や兵士は、意外とそういう事を気にする。

 売れ残ってたのも納得だな。

 俺はそういうの気にしないけど。

 武器は強くて使えさえすれば、他の事は二の次なんだよ。

 夢の中の終世の相棒だって、闇の属性を持つ妖刀だったし。


「買います。会計してください」

「えぇ……ホントに買うの? 売る側の僕が言うのもなんだけど、オススメしないよ?」

「問題ないです」


 そうして手持ちの金を全額カウンターに差し出し、俺は業物で曰く付きの訳あり小太刀をゲットした。

 刀身に刻まれた銘は『怨霊丸』。

 皮肉にしか聞こえない。

 でも、いい買い物だった。


 ちなみに、ステラの方は魔剣以外でピンとくる武器がなかったのか、早々に向かいのレストランに移動して昼飯を食っていた。

 勝手に置いていった上に、お小遣いを使い果たしてしまった俺の前で、堂々と旨そうなもんを食うとはいい度胸だ。


「それ一口寄越せ!」

「嫌よ! それに、か、か、間接キスになるじゃない!」


 知った事か!

 奪ってでも食う!

 そんな感じで壮絶な奪い合いが発生しそうになったが、ステラに手を引かれて無理矢理連行されていたおじさんが俺の分の飯を奢ってくれたので、ここは休戦にしておこう。

 命拾いしたな。

 そして、ありがとう、おじさん。

 この恩は忘れない。






 ◆◆◆






 予定を終え、街からの帰り道。


「ちょっとトイレ行って来る。お前もしといた方がいいんじゃないか?」

「セクハラ!」

「ぐはっ!?」


 そんなやり取りの後、抉るようなボディブローで破裂しそうになった膀胱を心配しながら二人から離れ、街道を逸れて森の中に入った。

 そして、用を足した直後に、想定外の奴と遭遇していた。


「グルルルル……!」


 唸り声を上げながら俺を見据えるのは、巨大な狼の魔物、ロンリーウルフ。

 ウチの村周辺では一番強い魔物だ。

 武装した大人が総出でなんとか追い払えるレベルの魔物。

 夢の中の俺がこいつを一人で討伐できるようになったのは、ステラの訃報を聞く直前くらいだった。

 当然、子供が一人で勝てる相手じゃない。

 偶然トイレに行ったタイミングでこいつと遭遇するなんて、ついてないなんてレベルじゃないだろう。


「グルァッ!」


 だが、俺にとっては都合がいい。

 新しい相棒の試し切りといこう。

 俺を獲物認定したロンリーウルフが噛みつき攻撃を仕掛けてくる。

 腰を屈めて顎を避け、足の間を潜るように前へ出ながら、怨霊丸をロンリーウルフの首筋に突き立てた。

 自らの突進の勢いによって首を裂かれたロンリーウルフが出血する。


「キャウンッ!?」


 だが、浅いな。

 硬い毛皮に遮られて、刃の通りが浅かった。

 いくら突進の勢いを利用したとはいえ、子供の力じゃこいつは斬れないって事だ。

 むしろ、少しでもダメージを負わせられた辺り、怨霊丸の切れ味が凄い。

 手を洗う前に掴んでごめんな。


「ガルルルル……!」


 しかし、一方的にダメージを負わされた事により、ロンリーウルフから侮りが消えた。

 俺を獲物ではなく敵として認識し、間合いを取って隙を伺っている。


「ガウッ!」


 そして、いいタイミングで全力の爪を振り下ろしてきた。

 速さも強さもさっきの噛みつきとは比べ物にならない本気の一撃。

 加護持ちであっても、油断しまくった未熟者ならやられてしまいかねないだろう。

 ましてや、加護のない7歳児が対処できる攻撃じゃない。


 だからこそ、この技・・・を実戦で試すいい機会だ。


「最強殺しの剣」


 夢の中の俺が、魔王という最強の仇を討つ為に極めた、弱者のまま強者を殺す為の剣術の中で。


「一の太刀━━」


 俺を最強殺し足らしめた、

 その最初の奥義を振るう。

 全ての基本にして最終到達点でもある必殺の剣を。



「『流刃りゅうじん』」



 その奥義がロンリーウルフの首を斬り飛ばし、一撃の下に絶命させる。

 狼の表情なんてわからないけど、胴体と離れて地面に落ちたその首は、何が起こったのかわからないまま斬られた事を証明するかのように、攻撃の意志を宿した獰猛な顔のまま事切れているように見えた。


 俺は周囲を警戒したまま刀を鞘に納める。

 試し切りは大成功だ。

 奥義の試し撃ちもできたし、何より子供の体でロンリーウルフを討伐する事ができた。

 俺は確実に成長している。

 このまま成長を重ねていけば、魔族相手でも戦えなくはないだろう。

 それが確認できただけでも大きな収穫だった。


 そんな大収穫を運んできてくれたロンリーウルフに感謝と黙祷を捧げながら、爪や牙や毛皮を売り物にする為に死体を引き摺っていったら、ステラは「さすが私のライバルね!」とドヤ顔になり、おじさんはドン引きした。

 ドン引きしながらも、おじさんは「そういう時は真っ先に助けを呼びなさい!」と俺を叱りつけ、ついでにその場でロンリーウルフを解体し始める。

 ロンリーウルフは我が家とステラ家の貴重な収入源となり、狼肉は俺達のおやつとなった。

 色んな意味でご馳走でした。






 ◆◆◆






 そんなこんなで、たまにトラブルやイベントを経験したりしながら日々を過ごし。

 あっという間に時は流れて、俺達は10歳になった。

 今年は運命の年。

 その運命に抗う為の戦いが、遂に始まろうとしていた。

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