2 七歳

 この世界の戦闘に関する能力には、目に見える明確な才能がある。

 それが『加護』。

 千人に一人くらいの確率で生まれてくる特別な人間が、生まれた時に神様から授けられる祝福だと言われている力。


 加護の種類は千差万別。

 最も一般的な『剣の加護』や『槍の加護』なんかの武術系の加護。

 『火の加護』や『水の加護』、『癒しの加護』なんかの魔法系の加護。

 他にも色々とあるが、全ての加護に共通している事が一つある。

 それは、加護を持つ者は、持たざる者とは比較にならない強大な力を得るという事。


 加護を持つ者と持たざる者の差は、大人と子供以上だ。

 武術系の加護を持つ者は、化け物のように屈強な肉体を持つ。

 魔法系の加護を持つ者は、膨大な魔力を持ち、普通の魔法使いが百人集まっても出せないような超魔法を、鼻唄交じりに繰り出すという。

 しかも、加護の分野に関する技術を習得する速度も尋常じゃない。

 剣の加護を持つ者は、初めて剣を持ってから一週間で、凡人なら達人と呼ばれる領域にまで至ると言われている。


 英雄と呼ばれる者達は、その全てが加護を持つ者だ。

 大迷宮を攻略したという剣士も、竜の額を貫いたという槍使いも、万の敵兵を一撃で薙ぎ払ったとされる魔法使いも。

 人外の力を振るう英雄達は、全員が生まれながらに加護を持っている。

 加護を持つ者に持たざる者が勝つ事はできない。

 凡人は英雄に勝てない。

 それが、この世界の常識。

 そんな常識は今……


「う~~~! 悔しいー! 負けたぁ!」

「よっしゃあ! 俺の勝ちだ! どうだ、この野郎!」


 音を立てて崩れ去っていた。

 俺の前には、あらゆる加護の中で最上位にして、全ての加護の上位互換と称えられる『勇者の加護』を持ってる(と思われる)奴が、悔しそうに地団駄を踏んでいる。

 本日の修行である剣術十本勝負。

 それに六勝四敗で俺が勝ち、こいつは負けたからだ。

 敗北者じゃけぇ!


「ゼェ、ゼェ……ハァ、ハァ……」

「くーやーしーいー! 昨日は私の圧勝だったのに!」


 俺は疲労困憊で、こいつは息一つ乱してないとかは気にしちゃいけない。

 誰がなんと言おうと、今日の勝者は俺だ。

 ステラは敗北者じゃけぇ!


「っていうか、なんなのあの気持ち悪い動き! 全然攻撃が当たらなかったんだけど!?」

「ふっ……必殺『昨日夢で見た最強殺しの剣』だ」


 キリッとキメ顔をしながらドヤ顔を決める。

 ぶっちゃけ、十本勝負の最初の一本は、昨日と同じく一方的にボッコボコにされた。

 そこで、昨日頭を打った時に見た夢で、未来の俺が使っていた剣術、弱者のまま強者を倒す最強殺しの剣を、見よう見まねで使ってみたのだ。

 全然思うように体が動かなかったけど、なんとかそれっぽい動きを再現する事には成功し、それ以上に今のステラが未熟すぎたおかげで、なんとか勝ち越す事に成功した。


 まあ、仮にこいつが本当に勇者の加護を持ってたとしても、どうも勇者の加護には『覚醒』という他の加護にはない仕掛けがあるらしく、その覚醒を迎えるまでは真の力を出せないみたいだけどな。

 なんでも、成長し、最強の力を振るうのに相応しい人物となった時、初めて勇者の力は覚醒するとかなんとか、そんな事を聞いたような聞かなかったような。

 それでも、覚醒前から他の聖戦士の加護に匹敵するだけの才能はあるらしいので、結局、俺が加護の差をひっくり返して勝った事には違いない。

 やったぜ!


「何よそれー!」


 叫びながら、悔しそうにむくれるステラ。

 ハッハッハ!

 まるで夢で見た自分を見てるようだ!

 あの夢の中では、俺は一回もステラに勝てなかったからな。

 なんか積年の恨みを晴らしたみたいで、すげぇ気分がいい。

 よし。

 煽っとこう。


「やーい、やーい! 敗北者ぁ!」

「取り消しなさいよ、今の言葉ぁ!」


 煽り耐性の低いステラが、一瞬でキレて飛び掛かってきた。

 や、やめろぉ!

 今の俺は体力切れ状態なんだ!

 しかも剣術ならともかく、取っ組み合いでこの馬鹿力に勝てる訳ないだろ!

 ぬ、ぬわぁああああああ!?



 凌辱されてしまった。

 この恨みは忘れない。

 それはそれとして、修行を終えた後は二人して俺の家に向かう。

 ステラの家は父子家庭で、そのお父さんは村を守る兵士としての仕事で巡回してる事が多いから、日中のステラは基本的に俺の家に預けられるのだ。

 まあ、基本的に二人して外で遊び回ってる訳だけど、帰る時は俺の家に来る。


 ちなみに、俺の家は農家だ。

 ただし、剛力の加護でも持ってんじゃねぇのかってレベルでムキムキの親父が一人で農作業をこなし、若干体が弱い母が家の事をやるという分業制なので、帰れば大体母が迎えてくれる。

 今みたいに。


「「ただいま!」」

「お帰りなさ~い……って、あらあら。二人とも、ものの見事に泥だらけね。今お湯を張るから、お風呂入ってきなさい」

「わかった」

「お風呂!?」


 そこで何故かステラが過剰反応。

 俺は気にせず服を脱ぎ始める。


「躊躇なく脱ぐな!」

「痛っ!? 何すんだ、この馬鹿力!」


 お前のツッコミは注意して受けないと洒落にならないんだぞ!

 それに、何を赤くなってるのか。

 風呂なんてちょっと前まで普通に一緒に入ってたし、第一、俺達はまだ7歳だぞ?

 色気付くには早すぎるだろうに。


「ダメなの! とにかく今はダメなの!」

「お待たせ~。お風呂沸いたわよ」

「ありがとうございます! そして、あんたは入って来んな!」

「あ! 待てこら! 一番風呂は渡さん!」

「はい、ストップ」


 ダッシュで一番風呂を奪取しようとするステラを追いかければ、何故か母さんに止められてしまった。

 その隙に、ステラは勇者の名に恥じない俊足で風呂場に辿り着き、中からガチャンと鍵をかける。

 チッ! 逃したか!


「ウフフ、ステラちゃんも乙女になってきたわね~。十年後が楽しみだわ。孫の顔が見れそう」

「何言ってんだ、母さん……」


 あいつと俺はそういう関係にはならないと思うがな。

 世界中から称賛される未来の勇者様が、なんの才能もない俺を選ぶとは思えない。


「……ステラちゃん、頑張って。それはそうと、アラン、あなた傷だらけね~」


 服を抜いだおかげで露わになった、俺の上半身に付いた傷を見ながら、母さんが言う。


「怪我しないようにって、お父さんがオモチャの剣を渡してなかったかしら?」

「あいつはオモチャの剣で人を斬れる天才なんだよ」


 昨日、木の枝で打ち合いして頭にタンコブ作ってきた俺の為に、親父が昔使ってたという、柔らかくて安全なオモチャの剣を俺達にくれた訳だけど、あいつの馬鹿力で振り回したら、そう遠くない内に壊れるだろうな。

 すまん、親父……。


「そうなのね~。まあ、このくらいの傷ならヤンチャの範囲内かしら。とりあえず治してあげるから、こっちにいらっしゃい」

「わかった」


 言われた通り、手招きする母さんの方に歩み寄る。

 すると、母さんは俺に向かって両手を突き出し、その掌の先に魔力を集中させた。


「神の御力の一端たる癒しの力よ、傷付きし子羊を救いたまえ。━━『治癒ヒーリング』」


 温かな魔力に包まれて、俺の傷が綺麗に消えていく。

 治癒魔法。

 怪我や病気を癒す魔法。

 母さんが唯一使える魔法だ。

 昨日もこうやって、俺のタンコブを治してくれた。


「はい、終わり。治ったわよ~」

「ありがとう」


 しかし便利だ、治癒魔法。

 母さんはちょっと治癒魔法が使えるだけで、治癒術師としては三流もいいところらしいけど、それでも夢の中の俺が買い漁ってた一般的な回復薬と同じくらいの回復効果がある。

 覚えられれば回復薬いらずだろう。

 ……覚えてみるか。


「母さん、その魔法、後で教えてくれ」

「あら? 魔法のお勉強は小難しいから嫌なんじゃなかったの?」

「気が変わった」


 確かに、魔法の勉強は難しい。

 やれ詠唱だの、詠唱に合わせた魔力の放出だの、放出した魔力を編み込む術式の構築法だの、覚える事が多すぎて頭が痛くなりそうだ。

 そんなもん勉強してる暇があったら、その時間で剣を振り回してた方が強くなれるだろう。

 回復は、市販の回復薬に頼ればいい。


 だが、夢の俺はその考え方のせいで苦労した。

 回復薬を大量に買い込んだはいいが、一度に装備できる数は限られてる上に、それも戦闘の余波でいつ瓶が壊れてもおかしくない。

 いざ怪我した時に壊れていれば、痛む体を引き摺って街に引き返さなくてはならず、その移動時間中は修行どころじゃなくなる。

 そもそも、回復薬をそんな一度に買い込むには金もかかるし、品切れになってる事も珍しくない。

 そういう時は、腕がモゲたりして重傷を負った時と同じように、高い金を払って神殿の治癒術師を頼るしかないという。


 しかも、俺の修行法は生傷が絶えないどころじゃなく、常時怪我してると言っても過言じゃない危険なもの。

 それを一々治す為には、回復薬なんていくらあっても足りない。

 そんな未来を思えば、今の内に苦労してでも治癒魔法を覚えておくべきなんじゃないかと思う。

 怪我の治る時間が短縮できれば、最終的に修行できる時間も増えるだろう。

 勉強時間分の遅れを取り戻せるかと言われると……俺の頑張りと頭の出来次第としか言えないが。


「じゃあ、ステラちゃんがお風呂に入ってる間に、軽く触りだけでも教えてあげるわ。え~と、魔導書はどこにしまったかしら?」


 そうして俺は治癒魔法の勉強を開始し、じきに風呂から出てきたステラが「私も交ぜて!」と言って乱入。

 一発で魔法を成功させて、母さんを唖然とさせた。

 さすが、あらゆる加護の上位互換。

 才能の片鱗だけでヤバイとわかる。

 ……なお、俺の魔法の出来はお察しであり、母さんは「一年くらい頑張れば覚えられるわよ、きっと」と励ましてくれた。

 ステラはドヤ顔で煽ってきたので、表に出ろやからの再びの十本勝負となり、今度は意地で七勝三敗に持っていって悔し泣きさせてやった。

 ざまぁ。


 ……まあ、ステラが治癒魔法を覚えたし、夢の時より本気で剣術を頑張りそうだから良しとしよう。

 夢の通りになるなら、魔族の襲来とステラの覚醒まで、あと3年。

 それまでに、俺もステラも強くならないとな。

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