【書籍化】逆行の英雄 ~無才の少年は、幼馴染の女勇者を今度こそ守り抜く~

虎馬チキン

第一章

1 プロローグ

 かつて、この世界には『勇者』と呼ばれた少女がいた。

 異なる世界から現れ、世界の半分を支配し、人類を滅亡の窮地に追いやった悪しき存在『魔族』。

 そいつらを蹴散らし、人々を助け、希望の象徴として君臨した少女。

 それが勇者。

 彼女は神に選ばれた特別な存在だった。

 生まれた時から絶大な力を持ち、それを振るうに足る強靭な精神を持ち、成るべくして人類の希望になったと


 冗談じゃない。


 あいつ・・・は普通の女だった。

 探せばどこにでもいるような普通の少女。

 たまたま神様に選ばれ、たまたま生まれた時に特別な力を与えられただけの奴。

 確かに、その力を使って魔族なんて恐ろしい奴らと戦い続けられるだけの精神力は持ってたんだろう。

 だけど、あいつは皆が思うような完璧超人の勇者様なんかじゃ断じてなかった。

 人類の命運をかけた戦いなんかに駆り出されて、人々の期待を一身に背負って戦い続けて、辛くなかった筈がない。

 間抜けにも後になってからあいつの辿ってきた道のりを知った時にそう思った。

 あいつが無邪気に喜ぶ民衆に見えない所で、どれだけ泣いて、どれだけ苦しんで、どれだけ怖がって、それでも歯を食い縛って戦ってきたのか、嫌という程に理解させられた。


 勇者は人類の希望。

 故に、弱みを見せる事すら許されない。

 常に勝利を求められ、決して屈しない姿を示し続ける事を求められる。

 仲間が死んでも泣き顔一つ見せられない。

 そうじゃないと、皆が安心できないからだ。

 そんなの、一人の人間の肩には重すぎるだろう……!


 それでも、あいつは茨の道を突き進み、戦い続けた。

 魔族の大軍勢『魔王軍』を蹴散らし、その幹部である四体の怪物『四天王』を打ち破り、遂には魔族の王である『魔王』にまで辿り着いた。

 しかし、快進撃はそこまでだった。


 勇者は、━━最後の戦いで魔王に敗れ、殺されたのだ。


 それまでの戦いで全ての仲間を失い、自分自身も消えない大怪我を負って、それでも魔王だけは死んでも道連れにするとばかりに挑んだ無謀な戦い。

 あいつはそれに負けて死んだ。

 遠く離れた故郷でその報せを聞いた時は愕然としたよ。

 信じられなくて、信じたくなくて、あいつが生きてる証拠を探して故郷を飛び出し、旅に出た。


 だけど、旅の途中で見たのは、あいつが死んだ証拠とばかりに、一度は勇者にやられて弱体化した魔王軍が、再び活性化して街や村を襲う様子。

 旅の中で知ったのは、都合のいい事だけしか書かれていない新聞に載っていた、俺が真実だと思っていた、あいつの快進撃の裏側。

 夥しい数の戦死者。

 勇者の仲間である『聖戦士』ですら、四天王との戦いの度に一人ずつ死んでいたという事実。

 

 目眩がした。

 信じていた世界が、まるごとひっくり返るような感覚。


 吐き気がした。

 俺が呑気に故郷で修行ごっこなんかやってた頃、あいつが体験していた想像を絶する苦しみを思って。


 後悔した。

 あの時、あいつの運命が変わってしまった日。

 なんで俺は無理にでも付いて行かず、故郷に残ってしまったのかと。



 俺とあいつは、田舎の同じ村で育った幼馴染だった。

 平和で、だけど退屈な村。

 小さくて人も少なかったから、同い年の子供なんて俺とあいつの二人しかいなくて、俺達はいつも一緒に遊んでた。

 小さい頃、村に立ち寄った吟遊詩人の歌に出てきた英雄に二人して憧れて、いつかは村を出て二人で冒険者にでもなろうぜって約束して、修行ごっこなんてやってた事もある。

 その頃からあいつはバカみたいに強くて、今思えばあれが勇者の力の片鱗だったのかもしれない。


 いつも負かされて、俺はむくれて、あいつは勝ち誇って、それが悔しくて修行して挑んでは返り討ち。

 でも、なんだかんだで楽しかった時間。

 そんな日々が続いて、いつか修行ごっこの繰り返しで強くなって、二人で冒険者になるんだろうなと思ってた。


 だけど、その日常はある日、突然壊れた。


 俺達が10歳の頃、村が魔族に襲われたんだ。

 多分、戦場で魔王軍本隊とはぐれたんだろう野良魔族に。

 今思えば、魔族の中では結構な雑魚だったと思う。

 雑兵ってやつだ。

 それでも、魔族は魔族。

 ウチの村の周りに出る、武装すれば村人でも狩れるような雑魚魔物とは比べ物にならない、戦場で英雄達とドンパチやってる本物の化け物。

 そんなのに村人が勝てる筈もなく、村は成す術もなく壊滅した……かに思われた。


 その時、あいつが魔族を倒したんだ。

 情けなく恐怖で動けなくなってた俺とは違い、殺されそうになってる家族や知り合いを助ける為に、勇気を振り絞って魔族に立ち向かった。

 雑魚魔物狩り用の剣を引っ張り出し、子供の体には大きすぎるナマクラを振り回して魔族に挑む。

 無謀な戦い。

 普通の子供なら間違いなく死んでただろう。

 実際、あいつの代わりに俺が戦ってたら、1秒と持たずに死んでた自信がある。


 でも、あいつは勝った。

 あの時の事は忘れられない。

 人類の敵である魔族に立ち向かったのが原因か、それとも命の危機に陥って生存本能が爆発したのか。

 あるいは、誰かを守る為に勇気を出して、覚悟を決めたからか。

 あいつは自分の中に眠っていた勇者の力を、あの土壇場で覚醒させ、光を纏った剣で魔族を切り裂いた。


 凄かった。

 カッコよかった。

 思わず幼馴染として、修行相手として誇らしくなってしまう程に。

 うっかり、あれなら魔族なんかに負ける訳ないと思って安心してしまう程に。

 嫉妬すら吹き飛ばす、人類の希望という名の鮮やかな光が、俺の目を曇らせた。


 今ならわかる。

 あれこそが俺の一生の不覚だ。


 

 その数日後、国の偉い人が村を訪れた。

 なんでも、神様からの神託だか何だかで勇者の誕生を感じ取り、それに従って勇者の力に目覚めたあいつを迎えに来たらしい。

 あの時、あいつにかけた言葉を、俺はずっと後悔している。


『行ってこい。お前が帰ってくる場所は、俺がしっかり守っといてやる!』


 激励の言葉のつもりだった。

 実際、その覚悟はあった。

 また村が何かに襲われた時、強くなって、今度は俺が守ってやるという気概はあったんだ。

 そうやって、あいつの帰って来れる場所を守ろうという気概は。

 でも、そうじゃない。

 そうじゃないだろう。

 あの時、俺がかけるべきだった言葉は……


『……わかった。村はあんたに任せる! だから、魔王はこの私に任せなさい!』


 そんな俺に返したあいつの言葉。

 よく見れば強がりだと気づけた筈だ。

 なのに、見せつけられた勇者の力と、その時に抱いてしまった安心感のせいで。あの鮮やかな光のせいで、目が曇っていた。

 ちゃんと見てた筈なのに。

 あいつが魔族に立ち向かう時、強がりながらも膝が震えてたのをちゃんと見てた筈なのに。

 その後に見た圧倒的な強さに塗り潰されて、バカな俺の頭からは、あいつの見せた弱い姿が消えていた。


 そうして、あいつは勇者として旅立った。

 俺は故郷に残り、約束を果たす為に鍛え続けながら、たまに街に行って、あいつの活躍を新聞で見る日々。

 やれどこの国を救った、魔族の大軍を退けた、四天王を討ち取った。

 修行ごっことしか言えないようなぬるい鍛え方をしながら、そんな記事を見て、呑気に「さすが俺のライバル!」とか思ってたあの頃の自分をぶち殺したい。


 そんな日々を送る内に、遂に最後の四天王が討伐され、残るは魔王だけだという記事を見た。

 あいつが魔王を倒して帰ってくる日も近いな、なんて思って、再会するのを楽しみにしてたところに飛び込んできたのが、勇者死亡の記事が書かれた号外だ。

 寝耳に水だった。

 信じられる訳がない。


 そうして旅に出て、あいつの道のりを辿って、どれだけ苦しんでたのかを知って絶望した。

 後悔ばかりが心を苛み、救いようのない愚かな自分に怒り狂い、泣き叫び。

 最後に、━━あいつを殺した魔王への、どうしようもない怒りと憎しみが湧いてきた。

 その黒い感情だけが俺を動かした。



 絶対に仇を討つと誓って、残りの人生を生きた。

 鍛えて、鍛えて、鍛えて、鍛えて。

 故郷でやってた修行ごっことは違う、限界を越えた地獄の修行で鍛え続けて、誰よりも強くなって魔王を倒そうとした。

 でも、無理だった。

 俺には才能がない。

 真に才能のある奴らには十倍の努力をしても追い付けず、まして勇者や聖戦士のような特別な存在には、成長の上限まで行っても足下にすら及ばない。


 だから、俺は考え方を変えた。

 強者になるんじゃなく、

 

 より一層の地獄で自分を鍛え上げる。

 迷宮に挑み、魔族や魔物に挑み、常に自分より強い相手に挑んで死にかけながら、強者殺しの技術を磨いていく。

 そんな生活を続けて何年経ったのか。

 10年か、20年か。

 もはや数えてないし、覚えていない。

 それだけの月日をただ修行のみに費やしても、魔王に勝てるイメージはまるで湧かなかった。

 だけど、これ以上の時間をかければ体が衰えてしまうと判断した俺は、死んでも魔王を道連れにしてやるつもりで、魔王の本拠地『魔王城』へと襲撃をかけた。

 そして……


「おのれ……! ようやく、ようやく勇者を倒したというのに……!

 貴様のような、加護も持っていない雑魚を相手に、こんな、所で……」


 死闘の果て、呪詛を吐きながら魔王が倒れる。

 俺の持つ破壊の刃で心臓を貫かれた魔王は、完全に息絶えていた。


「勝っ、た……」


 運が良かった。

 というより、これは九割があいつのおかげだ。

 魔王は弱っていた。

 あいつとの最終決戦で、魔王殺しと言われる聖剣の力で斬りつけられた傷が、未だに治っていなかったのだ。


 両腕は失われ、そこら辺の魔物の腕を無理矢理くっつけて使っていた。

 両の眼も潰れて光もなくし、腹には風穴が空き、ずっと傷口を焼かれ続ける激痛のせいか、魔法の発動すらままならない状態。

 これが、あいつが命と引き換えに与えたダメージ。

 魔王軍自体も、四天王をはじめとした多くの魔族を失ってかなり弱体化してたんだろうし、あいつは本当に勇者だったって事だ。


「ぐっ……」


 だが、俺も無事じゃない。

 魔王は満身創痍にも関わらず、俺に致死レベルのダメージを与えてみせた。

 片腕は千切れ、片足は折れ曲がり、深い爪で心臓を貫かれ、顔も半分抉られた。

 間違いなく死ぬ重傷だろう。

 あるいは、この場に世界最高の治癒魔法使いでもいれば話は別だったのかもしれないが。


「ハァ……ハァ……」


 俺は力を使い果たし、魔王と同じく床に倒れた。

 死闘の余波で破壊され尽くした魔王城の床に。

 多分、あいつもここで死んだんだろう。

 仇は取ったし、あいつと同じ場所で死ねる。

 本望だ。

 本望、なんだけどな……。


「……虚しい」


 思わずそんな言葉が口から溢れていた。

 復讐を果たしても、あいつは帰って来ない。

 今まで恨みを晴らす為に戦ってきたけど、その恨みを晴らした今、俺にはもう何も残っていない。


「お前が生きてたら……俺がお前を守れてたら……ハッピーエンドで終われたのにな……」


 そんな、どこまでも悲しい思いを胸に抱きながら、俺は死んだ。






 ◆◆◆






『よくぞ魔王を倒してくれました』


 やたら綺麗な声がする。

 女の声だ。


『まさか勇者ですら成し得なかった魔王の討伐を、通常の加護すら持たない無才のあなたが成し遂げてくれるとは思いませんでしたよ』


 意識がぼんやりする。

 まるで眠りに落ちる直前のように。

 そんな感覚の中で、俺はやたら綺麗な女性の声を聞いていた。


『魔王を倒し、世界を救ってくれたあなたはこの世界の救世主です。

 お礼になんでも一つ願いを叶えてあげましょう。

 加護という私からの祝福を受けずに魔王を倒したあなたには、その代わりの祝福として神の奇跡を授かる資格があります。

 ただし、私の力と制約の及ぶ範囲に限りますがね』


 願いを、叶えてくれる……?

 なら、俺はもう一度あいつに会いたい。

 今度こそあいつを守ってやりたい。

 隣で支えてやりたい。

 今度こそは。


『わかりました。では、あなたの魂を過去へ送りましょう。

 そこで好きにやり直し、好きに世界線を分岐させればいい。

 あなたの望みが叶う事を祈っています』


 女性の言葉は、ぼんやりとした意識にかき消されて、記憶に残らない。

 でも、凄く嬉しい事を言ってくれた気がした。

 次の瞬間、優しい温もりが俺を包み、まるで親に抱かれて眠る子供のような安心感を覚えながら、俺の意識は完全に眠りに落ちた。






 ◆◆◆






「おーい。生きてるー?」


 目を覚ました時、ツンツンと何かで頭をつつかれる感触と共に、頭上から懐かしい声が聞こえてきた。

 ウザイ、けど、とても愛しい声だ。

 ずっと昔に失ってしまった筈の幼馴染の声。

 無二の親友だと、そう思ってた奴の声。


 それがわかった瞬間、俺はガバッと勢いよく体を起こした。

 どうやら俺は草むらの地面に倒れてたらしい。

 そして、俺の顔を上から覗き込んでた奴と、勢いよくおでこをぶつけ合った。


「「痛っ!?」」


 二人同時に悲鳴を上げる。

 額から感じる、まるで岩にでもぶつかったかのような激痛を堪えながら、俺は石頭すぎる激突相手を見詰めた。


 やたら整った顔立ちをした金髪碧眼の少女だった。

 見覚えのあり過ぎる顔。

 昔は毎日顔を付き合わせていた奴の顔。

 たとえ何十年経とうが忘れない、記憶に焼きついて離れない、大切な幼馴染の顔だ。


「いったー……! 寝起きにヘッドバット打たないでよ! 寝相悪すぎでしょ!」


 ああ、悪態をついてくる姿も昔のままだ。

 本当に……本当にお前なのか?


「……ステラ?」

「何よ! いきなり名前なんか呼ん、で……!?」


 気づいた時、俺はこいつに抱き着いていた。

 ステラだ。

 間違いなく、こいつはステラだ。

 『勇者』ステラ。

 人々を救う為に、非業の死を遂げてしまった大英雄。

 失ってしまった、俺の大事な幼馴染。

 よかった。

 また会えてよかった!


「な、なななな何を!? こ、こういうのはもっと大人になってから……っていうか、いきなりなんなの!?」


 喚くステラを、俺は力の限り抱き締め続けた。

 大丈夫、こいつは頑丈だ。

 未来の勇者は伊達じゃない。

 俺が絞め殺さんばかりの力で抱き着いても、痛くも痒くもないだろう。


「ねぇ、本気でどうしたの!? 頭打っておかしくなった!?」

「頭を、打った……?」


 そういえば、ちょっと頭が痛いような。

 ああ、いや、思い出してきたぞ。

 そうだ。

 今日は吟遊詩人が村に立ち寄って、歌を歌っていったんだ。

 凶悪な魔物をバッタバッタと退治して、見事大迷宮を攻略してみせた、英雄と呼ばれた冒険者の歌を。

 それで二人共テンションが上がって……


『決めた! 私はいつか冒険者になるわ!』

『俺もなる! だったら強くなる為に修行だ!』


 みたいな会話の後、そこら辺の木の枝でちゃんばらを始めたんだったな。

 で、こいつの予想外の強さにびっくりして頭にいいのを貰って気絶したんだった。

 ……じゃあ、あれは夢だったのか?

 ステラが勇者になって、魔王に殺されて、俺は死ぬ程後悔しながら仇を討つ為に旅をした。

 あれが、夢?


「……そうかもしれないな。お前に頭をやられたせいで、やたら怖い夢を見た」

「は? 夢? それで私に抱き着いてるの?」

「ああ」

「……へぇ~! 怖くて私に抱き着いちゃったんだ~! よちよち、アランくんは怖がりでちゅね~!」


 クソ、ウザイ……!

 全力で煽ってきやがる。

 でも、離れられない。

 離したら、また失ってしまいそうで。


「ちょ、本当に大丈夫? あんたが反論もせずに、こんなガタガタ震えるなんて……。いったいどんな夢見たのよ?」

「お前が勇者になって死ぬ夢。しかも、リアリティー抜群」

「何それ!? 意味不明なんだけど!?」


 だよな。

 俺にも意味不明だ。

 だけど、どうしてもあれがただの夢だったとは思えない。

 このままじゃ絶対に正夢になるっていう、嫌な確信が何故かあった。


「もしそうなっても、俺が絶対お前を守る。絶対に。絶対にだ」

「ふぇっ!?」


 間抜けな声を上げるステラを強く抱き締めながら、俺は夢の中では果たせなかった決意を固めた。

 この先、どんな事があったとしても、このバカを絶対に最後まで守り抜くという決意を。

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