第21話…繋がりは消えても未来へと

「私とネヴィル様の……子供?」


 いったい何を言っているのだろう。

 エマ様は目の前にいて、こんなにも土気色になるくらいの危うさなのに。


「フロタリア様……私が転移者というのはもうご存知ですよね?」

「えぇ、なんとなく」

「では、フロタリア様の転生についてもお聞きのはず」

「えぇ……」


 不思議な気分だ。自分が殺され、転生させられたなんて話をするのは。

 エマ様が横たわる寝台の回りは、やはりどこもかしこも白い。そして立っているのか浮いているのかすらわからない平衡感覚が妙な気分に陥らせる。


「フロタリア様が……私のお母様が殺されたのは、私がまだ十歳の時でした。ある日突然、お父様に言われたのです、お母様が死んだ……と。それはもう深い悲しみで毎日悲嘆に明け暮れました。そんな中でも、お父様は辛さや悲しみを隠しながら、お母様を求める私を愛して下さいました」

「それがネヴィル様ですのね」

「はい。それからはお母様と過ごした邸でお父様と二人、長い月日を生きてまいりました。そんなある日の事でした。重大な知らせがコゼットより届いたのです」


 コゼットが寝台から離れた場所で、両手を前に揃えて話し始めた。


「私がエマ様に火急の知らせを持ってまいりました理由は、あの二人がフロタリア様に行った魔術の悪行についてです。殺されたはずのフロタリア様の魂が過去へと転生している事実を掴んだのです。そして調べました所、貴方様の死が繰り返されるように呪いを掛けられている、と。しかも死の記憶もそのまま残るようにされていたのです」

「私はごく普通に生きて来たわ。貴方が言うような記憶なんて何も持っていないのよ」

「えぇ、もちろんそうでしょう。私どもがフロタリア様の記憶をずっと消去してまいりましたから。ただ、記憶は消せても身体の痛みを完全に消す事はできませんでした」


 私の記憶は消されていた。だから目覚める度に身体が痛く、悪い夢を見たような不快な感覚だけが残っていたのだ。


「コゼット、俺からも聞きたい事がある。フロタリアが受けた仕打ちや転生に気付いていながら、どうしてあいつらを野放しにしていたのだ。そうでなければフロタリアがこんなにも苦しむ事はなかったはずだ」

「申し訳ありません。エマ様については別ですが、悪の魔術を使った転移者を見つけ出すのは容易ではありませんでした。見つけたとしても確証も証拠も何もありません。ですから、フロタリア様に二人を近付けさせるしか方法がなかったのです」

「フロタリア様、本当にごめんなさい。もしも真実を話せば、殺されて転生させられた事実も話さねばなりません。私はお母様にそれを言う勇気が持てませんでした。私とネヴィル様……お父様の事で誤解していたのに、苦しんでいたのに……」

「ネヴィル様も……転移者なのですか?」

「いや、俺はそうではない。自分は転移者なのだとエマから直接聞いたのだ。どうしても俺の協力が必要だからと言われてね。最初は信じられなかったが」

「お父様とお母様の若い頃の話や思い出をいつも聞いていましたから、それを話したのです。他の誰も知らないお父様とお母様だけの秘密の話を」


 そして私は自分の命が消えた日、つまりは殺された日がいつなのかを知った。

 それは度々の違和感で頭を悩ませていた寄宿学校への入学数日前、その日と同日でもあったのだ。



☆ ☆ ☆



 コゼットは元の世界へと戻って行った。

 だが、私にはまだ知らねばならない事がある。


「ジャクリンがコーンエル家の養女というのは本当なのかしら?」

「えぇ、本当です。ですが、立場を気にされて表に出たがらなかったようで、お母様との姉妹の付き合いは少なかったと聞いています。コゼットの記憶消去の際にそれも消えてしまっていたようですね」


 だからジャクリンに会った時、既視感を感じたのだろう。

 彼女の話では私がジャクリンを嫌っていたから、父も母もジャクリンを私に会わせようとしなかったようだ。

 だとしても、それもよくわからない。彼女に関する記憶は残っていないのだから。


「フロタリア様……やはり今も気持ちに変わりはありませんか?」

「正直わからない……。ネヴィル様と一緒にならなかったら、貴方は本当に消滅してしまうのかしら」

「それは仕方ありません。ただ一つの心残りは、向こうの世界で私の帰りを待っているお父様に会えない事……」

「エマ……」


 ふと横たわる寝台で彼女がネヴィル様の方を向いて、ポツリと言った。


「私とフロタリア様……お母様と二人にして頂けませんか?」



☆ ☆ ☆



 ネヴィル様が部屋を出て、私と彼女の二人きりになった。


「お父様に何度も聞かされていました。フロタリアはいつも俺の側にいた、と。俺がいなくなると途端に寂しそうにするのだ……そう言って笑っていました」

「もしも私がネヴィル様と婚姻を結んで夫婦になったら、貴方とまた会えるかしら」

「きっと。ですが、今の私とはもう会えないでしょう。寂しいですが、お父様と二人で生きてまいります」

「この世界で生きたい、そう思った事はない?」

「私が娘としてでなく、友人として側にいられたら……そう思った事はあります」

「ネヴィル様を一人の男性として?」

「お母様と男性の話ができるなんて、あの頃は考えられませんでした。感慨深いですわ……」

「はぐらかすのね」

「娘が初めての男性として意識するのは父親なのですってね」

「エマ……」

「いつか私が産まれて好きな方ができたら、きっと幸せな顔をしていますわよ、私」

「貴方が私の娘……」

「この世界は確かに過去ですが、向こうの世界とは繋がっていません。お母様がどれだけ転生したとしても今のお母様の身体は今存在する一つだけです。決して誰にも奪われておりません」

「ネヴィル様に純潔を捧げられる、そういうのね」

「お母様はきっと幸せになります。邪魔する人間はもういないのですから」

「エマ、また会いたいわ」

「きっと、今からそう遠くない未来に」


 私の娘エマは嬉しそうに笑って、あのキラキラした白い結晶に包まれていった。

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