第20話…命の灯
こんなにも心地良い感情は初めてかもしれない。
その光に包まれた瞬間の安らぎを例えるなら、まるで母の胸で眠る赤子のようだと言えるだろう。
「ねぇ、コゼット。デュークとジャクリンはどこへ行ったの? あの人達はいったい……」
コゼットと共に現れた男達は二人の両腕を掴むと、今の私と同じように光に包まれて消えていった。
ただ違うのは、その瞬間の二人の悲鳴が消えた後も残った事だ。それはとても痛みを伴う声で、思わず耳を塞がずにはいられないほど。
「審判者による使者です。二人はこれから審判に掛けられるでしょう」
「私には、何が何だが……」
二人に絞められた首の痛みは残ってはいるものの、後遺症になりそうな気はしない。
それは今までもずっとそうだった。どんなに妙な身体の違和感や痛みを感じても、不思議と平気でいられたのだ。
「フロタリア様にはこれから会って頂かなくてはならない方がいます。今向かっているのはその為です」
「私も審判に掛けられるという事?」
「いいえ。会って頂ければ、全てがわかるでしょう」
「コゼットは何者なの?」
「魔術にも善と悪が存在します。人を陥れる目的が悪なら、人を救う目的は善。私は前者を審判に掛ける為に、そこへと導く手助けをする役目を担っています」
「つまり、コゼットも転移……転移者、という事?」
「同様に転移した他者の存在は魔術によって隠されてしまい、簡単には掴む事ができません。私が二人の存在を掴めたのはこれから向かう方の力があったからです」
そこがどういう建物なのか、外観も地理的状況も一切知らされなかった。気付けば、周囲に何もなかったのだ。
「一言で言えば、転移者の為の療養施設といった所でしょうか」
つまり、飛んで来たのだ。私にはどこだかわからない、決して知る事のできない場所に。
窓が一つもないので外観はわからないが、室内はどこもかしこも白く、家具や装飾品は見当たらない。絵画も花瓶に飾られた花も、そして行き交う人の姿すら見当たらない。
冷たさすら感じる雰囲気なのに、心が冷えないのは不思議だ。コゼットの無表情が私にはいつも温かく感じられたのと近い気がする。
「ここです」
コゼットが連れて来たのは、白いドアの前。といっても歩く通路や壁までが白かったので、そこにドアがある事すら気付いていなかったのだが。
中に入ると寝台があり、横たわる人物の顔色は土気色をしている。まるで今にも息絶えそうだ。
「エマ様……」
あんなにも美しく、誰もが見惚れる輝きを持っていたのに。
「フロタリア」
その寝台の側にいたのは、やはりネヴィル様。という事は、彼も転移者だというのだろうか。
☆ ☆ ☆
「とても驚かれたでしょうね」
「具合がお悪いだなんて知りませんでした」
エマ様は土気色の顔色をしていても話ができる。だから私にはどこが悪いのか、どういう状態なのかわからない。
わかるとすれば、エマ様の炎が消えようとしている事だけだ。
「フロタリア、話をする前にどうしても聞きたい事がある。学校を休んでいた数日間はどこへ行っていた?」
「あの……申し訳ありません、ネヴィル様。勝手な事をしてしまい、父にも叱られました」
「それはいい、わかっている」
「私はネヴィル様の婚約者として育ってまいりました。ずっとそれが当たり前で疑った事もありません。ですが、学校で今まで知りえなかった世界を知り、どれだけ自分が甘やかされて来たのかを知ったのです。そして貴族に身を置く人間としても一人の人間としても、もっと知りたいと思いました。そこでこれからの身の置き所にも思い至りました。コーンエル家には私一人で、男子はおりません。父はご自分の弟に継がせるつもりのようですが、私にその資格がある限り、可能性はゼロではないと思うようになったのです」
「君が男爵を継ぐ、と?」
「ネヴィル様は伯爵を継ぐ方です。それにエマ様がいらっしゃるのなら私は……」
ジャクリンがもし本当に養子だったとしても、彼女にはその資格はない。だからやはり私が適任だと今でも思っている。
「お父上はなんと?」
「反対されました。ネヴィル様に相談も無しに決める事ではない、と」
「当然だ。今でも俺は君と婚姻を結ぶつもりでいる。その気持ちに嘘偽りはない」
「フロタリア様、ごめんなさい。貴方が苦しんでいるのがわかっていながら、私は見て見ぬ振りをしていました。ですが、仕方ない事だったのです」
「それはどういう意味ですの?」
「フロタリア様とネヴィル様に婚約破棄をされては困るのです。結婚して子供を産んで頂かないと……」
「フロタリア、おそらく衝撃を受けると思う。心して聞いてくれ。俺達が夫婦にならなければエマはこのまま消滅してしまう」
「消滅……?」
「エマは俺とフロタリアの子供なのだ」
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