第19話…導く淡い光

 床に倒され、私より大きいデュークの重い身体が全身にのし掛かる圧は、どれだけ払い除けようとしても無駄な足掻きなのだと知らされる。

 そうだ、この重みを私は知っている。

 あの貴賓室で起きた事、感じた恐怖感、全てが私の脳裏にしっかりと焼き付くされていたのだ。池に突き落とされた時も、全身を刃物で刻まれた時も。

 こんな記憶、思い出したくなかった。

 残酷な絶望感を味わいながら死んで行くのなら、何も知らずに首を絞められたまま気を失っていたかった。

 だとしたら、デュークとジャクリンの方法は間違っていなかったわけだ。


「目を開けろ、フロタリア。しっかりとその目で、ネヴィルではない奴に捧げて死んで行く様を見ながら逝け」

「貴方の愛するネヴィルとエマは今頃、同じ事をしているのではないかしらね?」


 人間はこんなにも残酷で、こんなにも簡単に全てを捨てられるのだ。

 いや、本当に残酷なのは私なのだろう。私のせいで、二人は地獄へと堕ちて来たのだから。

 ここで知り合ったデュークは優しくて、私の知らない書物の世界をたくさん教えてくれた。その表情は温和で、もしかしたら友人になれたかもしれない。

 同部屋になったジャクリンは明るくて朗らかで、塞ぐ気分をいつも上げて慰めてくれた。彼女がいなければ、私はこの学校を楽しむ事はできなかったと思う。

 それが全て私を追い込む為の偽りだったとしても。

 私は確かに救われたのだ、この二人に。

 だから、もういい。ネヴィル様とエマ様が自らの幸せを選ぶのはわかっていたから。

 私にとってネヴィル様は絶対で、エマ様は温かかった。私には彼女がネヴィル様を奪った憎むべき相手だとは思えない。

 どうしてだか、二人が笑い合う光景を思い浮かべると、心底ホッとするのだ。


「何を考えている、フロタリア」


 不思議と何も感じない。恐怖も抗う感情すら湧いて来ない。


「貴方達には私の信念も愛情も幸福も奪う事はできません。例え、このまま死んだとしても地獄の転生を味わったのだとしても、私はやはり幸せだったと言えます」


 下から見上げる私をデュークは無表情でジッと見下ろす。


「もういいわ。もう、たくさんよ。この女は今すぐ殺す。八つ裂きにしてやるわ」


 地獄の釜で茹でられているような奇声でも発狂でもない。まるで嫉妬に狂った怨念の声だ。

 ジャクリンは私に跨がったデュークの身体を払い除けた。そして代わりに跨がり、首に両手を掛けて今度こそ強く絞めに来たのだ。



☆ ☆ ☆



「デューク、ジャクリン。そこまでですよ」


 意識が薄れ行く中、ジャクリンの手が止まった。デュークも気付いたらしく辺りを見回している。

 部屋のドアは閉まったままだ。なのに聞こえるのは声だけ。


「え、何?」

「誰だ!」


 あるはずのない靄で霞み始め、妨げられた視界で目の前すらよく把握できない。

 他には誰もいないのに妙な気配が漂う。そう感じたのは私だけではないらしい。


「何、何なの?」

「ジャクリン、お前ではないのか?」


 声の主と気配の気味悪さが部屋中を包む。

 声は一人きりなのに、気配は数人感じるのだ。


「こんな時に冗談言わないで!」

「フロタリアか?」

「この女がこの状態で喋れるわけないわよ!」


 すると、キラキラと光る白い結晶のような何かが私達の周りを囲んで行く。

 それは最初ふわふわと浮かびながら次第に数を増やし、いつしか大きな一つの、人の形へと変化する。


「まさか、そんな……」

「デューク、何よ。何だって言うのよ!」

「審判者だ……」


 こんな時なのに、まるで図書室で読んだおとぎ話のような、主人公の危機を救いに来る救世主のような、そんな夢を見ている気がした。

 それは明らかに数体に分離し、顔の無い人形へと形を変える。

 職人が息を吹き込むような勢いで、ついには朦朧とする私の意識ですらわかるほどに確認できた。


「フロタリア様」


 全身を黒に包み、この世の人間とは思えない風貌で彼女の回りを囲む男達。


「コ、ゼッ……」

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