第三十六話 最強美少女へと至る道



 それは一番効率的な方法だった。


 オリジナルスタンピードの第一波到達を撮りに来た放送局のヘリコプター。その上に転移で飛び乗り、リポーターのカメラをマントで奪って此方に向ける。


「テレビの前でピーピー震えてる人類のみなさん、聞こえますかー?」


 力が抜けて倒れそうになる体。

 機体の中から、操縦者やリポーターが何事か騒いでいる声が聞こえる。


 それでもやめるわけにはいかなった。 

 俺自身がそれ・・になれれば、絶望に押しつぶれそうな人類に希望を与えることが出来るし、何より二人と一緒に暮らすのに何の弊害もなくなる。


 問題はその難易度がとんでもなく高いってことだがーーまあ何とかなるさ。

 最初から半年で完全種になるって無理難題を叶える予定だったのだ、それにオリジナルダンジョン攻略がくっついてくるだけの話だ。

 だからーー


「今から超絶強いこの私がオリジナルダンジョンを攻略しますので、それまでは必死に馬鹿みたいに守っててくださいよ。ざこの皆さんでもそれくらい出来ますよね?

 それではっ」


 俺が世界を救うまで夕菜たちを守ってくれ、と彼らに呼びかける。

 同時に体が限界を迎え、転移で地上のダンジョンへと戻る。


『……まさかこんなことになるとは。

 すまぬ、お主には辛い選択をさせたの』


 責任を感じているのか、心苦しそうに謝ってくるシル様。

 俺は小さく笑みをこぼした。


 なに言っているんだよ、シル様。

 今までの全部、俺が好きで決めたんだ。シル様には何の落ち度もない。

 それにシル様のおかげで俺は此処にいるんだ。だからシル様は特等席で見ててくれよ。俺の覇道を、英雄になるまでの道をさ。


 懐かしい言葉を使ってそう伝えると、シル様は声音を変えてくれた。


『そう、じゃな。ならば遠慮なく見させてもらおうぞ。

 一柱の神として、使徒が出世することほどの誉れ高いことはない。

 じゃからーー死ぬなよ、マコよ』


 分かってる、と俺はたった一人でオリジナルダンジョンへの旅路を始めた。

 





『ほ、ほんとにやるのか?』


 俺の行動を見て、怯えた声を出すシル様。

 

 怖い気持ちは分かる。でもやるしかないんだ、と葉っぱらしき何か(どれだけ普通の植物に見えようと魔素で出来ている以上、全く別の何かだ)を尻に持っていく。

 そう、完全に失念してたのがトイレどうするか問題だ。

 今までトイレ完全完備の安全地帯セーフポイントと白い部屋にいたから忘れてたけれど、これが結構面倒なのだ。酒徳玲子から貰ったティッシュとかにも限りがあり、かといってマントで拭くのは何か嫌だ。

 というわけで、こうして現地調達する必要に駆らわれていた。シル様曰く体に害はないみたいだし、耐えるしかない。


 ごわごわとした感覚。つ、強く当てなければ何とか大丈夫そうだな。


『き、気を付けるのじゃぞ? こんな状態で痔にでもなったら大変じゃからな。

 ……しかし、そうか。もしアレが来たら……』


 ぼそぼそとよく分からないシル様がつぶやいた。

 アレ? アレとは一体……?






『起きるのじゃ、マコっ。敵じゃっ』


「っ」


 浅い夢の中。シル様の声が聞こえて、慌てて飛び起きる。

 マントを元に戻せば、俺の周りには無数の鳥型モンスターが飛び交っていた。


 くそっ、この様子じゃマントの耐久も大分持ってかれたかっ。


 奴らを足場に宙を移動して一体ずつ倒しながらも、どうしようない焦りに襲われていた。


 安全地帯セーフポイントなどがない以上、こうして木の上とかで休息を取るほかない。体育座りの状態でマントで体を覆えば、視覚的には完全にシャットアウトできた。ただそれでも他の索敵手段がある相手には簡単に見破られてしまって、あの時からずっと満足に睡眠も取れない状態が続いていた。


「これで、最後っ」


 モンスターを倒し終え、(何となくわかるようになった)マントの消耗具合を確かめると東京の方角へと足を進める。


『大丈夫か、マコよ?

 随分と疲弊しているようじゃし、もう少し休んだ方がよいのではないか?』


 いやそれじゃだめだ。今のマントの状態だと俺が眠っている間にお陀仏になる可能性が高い。俺の意識が完全に向こうに行ってる時はシル様も認知できないからな。

 寝るのは、マントの耐久が回復したその後だな。


『我が言ったのは体を休めろという意味じゃよ。

 最近はずっと動きっぱなしなんじゃ。これ以上無理すると本当に死ぬぞ?

 ほれ、そこに丁度良い木陰がある。一度足を止めよ、これは神様命令じゃ』


 シル様の言葉に少し考えて、結局言う通りにする。

 木に背中を預け、一息。ずしんと鉛が入ったように体が重くなるのを感じた。

 こりゃあ確かに想像以上に疲労がたまってるみたいだな。


『……何もできぬのがここまで歯がゆいものだとは、思わなんだの』


 そんなことないさ。さっきも今もシル様のおかげで助かってるんだぜ?

 それにーーそうだ。だったら俺が起きている間は何か話しててくれよ。このままだと完全に眠っちまいそうだし。

 

『構わぬぞ。何が聞きたい?

 我はお主の何千倍も生きておるからな、話せることなんぞ星の数はあるわ』


 ……それじゃあ、俺以前の使徒について聞きたいかな。

 確か昔はもっと神様とか使徒が地上にあふれていたんだろ?


『そうじゃな。あれはーー』






 出発から1か月がたった。 

 この頃になると『職業』死神のレベルが上がって「暗幕生成」が使えるようになり、ほぼほぼ安全に休めるようになっていた。

 今は「暗幕生成」により作り出された疑似的な安全地帯セーフポイントの中で、シル様の身の上話を聞いているところだった。


「牢屋に閉じ込めた上で、人類の絶望を嬉々として報告するとかマジでクソ野郎。

 地獄に落ちるべき」


『ま、まあ当然そう思うよの。

 ただ抜けているところこそあれ、昔は中々に気の良い奴じゃったんじゃよ?

 それが幾度もの行き違いの末、こんなことになってしまったんじゃ』


「シル様はあほ? 自分のパートナーを精神的に追い詰めるとか、どんな理由があっても許されるべきじゃない。

 大体シル様が言った、そういうやつは最初からそうなんだ、と。これも冥府の王とかいう神様のことだったんでしょ?」


『ぐっ』


「もしかして自分が貶すのは良いけど、他人に貶されるのは嫌な人?

 それなら、さっさと離婚すべき。一緒にいるとお互いに不幸になる」


『……正論パンチは心にしみるのお。

 ただ我ら神にそんな自由は許されておらんからの。どうにか奴が納得できる形で持っていくしかないのじゃよ』


 辛そうに話すシル様。

 確か神は生まれながらにして神で、その役割は永遠に変わることはないんだったか。最初から配偶者も職業も決まった人生……一体どんなものなんだろうな。


「私がそっちに行けたら、そいつをぶん殴って頭を覚まさしてあげるのに」


『……いや、案外それは夢物語ではないかもしれぬぞ。

 お主がどんな完全種になるかは我も知らぬ、世界を移動するスキルが生えてきてもおかしくないのじゃ』


「それは僥倖、楽しみにしてて」


『うむ、我もお主とこれまでというのは寂しいからの』


 ? どういうことだ? その疑問を口にする前に、シル様は黙ってしまった。






「え、シル様は私が完全種になるといなくなるの?」 


 出発から三か月がたった。

 5つのダンジョンを攻略してレベルも60後半、そろそろ完全種も見えてきたかという頃、突然シル様がそんなことを言ってきた。

 

 まじか、シル様は俺が死ぬまで一緒にいるものだと思ってたわ。


『……すまぬ。我にはどうしようもないことなのじゃ。

 ただ例え傍を離れようと、お主の活躍は上からしかと見ておる。それは約束するのじゃ』


「分かった。気にしないで。

 私はシル様いなくて全然平気だから、むしろシル様がいなくなって清々する」


 俺の口から出る、思ってもない言葉たち。

 今だけはその口調が頼もしかった。


 その後は何を話していいかわからなくて、少しだけぎこちない会話が続いた。

 それでももう時間はないのだから、と何とか心を立て直そうとてーー






 別れは唐突に訪れた。


『ーーよ、絶対にーー』


 角が生えた馬を倒した瞬間、体が作り替えられていく。

 シル様の言葉が、気配が一気に消失する。


 暫くすると体の再構築が完全に終わり、自分の存在が濃くなったような感覚にとらわれた。

 頭に浮かぶ、聞いたこともコンカに登録もされていないスキルたち。

 ただ俺にはその使い方が分かってーー


「ないっ、じゃん。シル様の嘘つきっ」







 それからどれくらい時間が経っただろう、幾つのダンジョンを踏破しただろう。

 間に合わないことに気付くのが怖くて、日付を見るのもやめてしまった。

 とっくに未到達の領域に足を踏み入れていて、自分がどこにいるのかも分からない。心の支えは、コンカに表示された方角だけだった。

 磁場だけはダンジョンの影響を受けないらしいのだ。しかも冒険者用のコンカは周囲の魔素で発電できるから、充電の心配はない。


 ーー最も、壊れてしまったらそれで終わりなんだけれども。


 どことも知れぬ場所で行く先も見失う恐怖。それから逃れるように、俺はただ足を進めるのだった。







 そのダンジョンに足を踏み入れた瞬間、何かが変わったのを確かに感じた。


 視界を覆いつくす満点の夜空。その中央に浮かぶ青い星。

 

 ギャオオオオオオ


 突如響いた鳴き声に鎌を構えてーーすぐに理解する。これは幻像だと。

 図鑑で見たことがあるような、首の長い巨大な恐竜が宙に歩いていた。

 一体だけじゃない、周りには二足歩行の肉食恐竜だったり、大きく翼を広げて空を滑空する巨大な鳥らしきものがいる。


 やがてゆっくりとそれらは移り変わっていく。

 今度は鬱蒼とした森の中に、大きなトカゲのような何かが歩き回っていた。


 ああ、そうだ。これは地球の歴史というやつだ。

 俺は唐突にそれを理解した。


 ゆっくりと幻は移り変わっていく。


 何千の、何億年の歴史をたどっただろう。

 見たことのない生き物も見てきた。生物の根源たるほんの小さな細胞も見れた。

 

 ただそれがなんだってんだ?


 空に浮かぶ投射が終わり、俺は一つの部屋の前に立っていた。

 真っ白な壁にただのドアノブが付いただけの扉。それでも直感していた、この先に東京ダンジョンのボス部屋がいることを。


 大きく息を吐いて、勢いよく扉を開ける。


 植物の中に取り込まれたかのような装飾が施された部屋。

 その中央には紫色の何かがいた。ぐにょぐにょと蠢く、不定形の何かが。


「ようやくここまで来ました。

 あんなのを見せて一体に何をしたいんですか?」


 俺の声を無視して、何かが一気に広がる。

 体育館程度の大きさはあろうその部屋の地面が、何かで埋めつくされていく。


「対話の意思はなしですか。

 だったら私のために死んでくださいよ、気色悪いスライムさん?」


 何かの洪水を手に入れた防御スキルや攻撃スキルを多用して防いでいく。

 その間に奴の弱点を探ろうとしてーー


「ちょ、ちょっと興奮しすぎじゃないですかねっ。

 ほんと気持ち悪いですっ」


 敵の予想以上の勢いに思わず愚痴が零れる。

 刹那、俺の防御を掻い潜った敵の一部が俺のマントに当たってーーマントがはじけ飛ぶ。


「マジですかっ」

 

 たった一発食らっただけでこれかよっ。

 仕方なく空中に飛び、生み出した足場の上に乗る。


 下を見れば紫色の何かがこの部屋を飲み込まんとその勢いを増していた。

 一面紫色の海で、弱点も何も見つからない。多分ある程度削らないと弱点を曝け出さない系統のモンスターだろう。


 完全種になって手札は増えたものの、俺の戦闘スタイルは変わらない。

 瞬間火力には一家言あるが、継続的かつ広範囲での攻撃は俺の最も苦手とするところだ。


「どうしますかね、これ」


 と、先が見えない戦いに本気で絶望しそうになったその瞬間ーー



「助けに来たよっ、マコっ」


 声が聞こえた。


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