第三十二話 誤解の行方



「こんの、泥棒猫っ。

 よく私の前に堂々と姿を現せましたねっ」


 突然乱入してきた夕菜の声を背中ごしに聞く。

 そう、夕菜や雪乃たちの面会する席を設けてほしいと酒徳玲子に頼んだのだ。雪乃たちに何のお礼も言えてなかったし、何より夕菜と久しぶりに話したかったから。 

 そして三人くらいなら何とか口封じ出来ると了承してくれた。

 事前の注意に加え、俺の顔を見ようとしたら止めるよう言ってあるからほぼ危険はないはずだ。


 ……けど何でこんなに怒ってるんだ?


「久しぶりですね、妹さん。

 そんな犬みたいに息を切らしてどうしたんですか?」


「っ。

 ……なるほど。鬼人の懐に上手く入りこめて調子に乗ってるわけですか。まあいいです、それくらいは許してあげます。

 それで、私のおにぃはどこですか? 早く返してください」


「だから言ったじゃないですか。そこそこ強い仲間と一緒に別のダンジョンを攻略中ですと。

 私は不覚にも彼らに助けられただけですので、あなたの雑魚いお兄さんをどうこうできる権利はありませんよ」

 

 あの時話した内容を撤回するわけにもいかず、架空の仲間との関係をそういうことにして、今回も兄に言われて様子を見に来たという体にしたのだ。

 おかしいなあ、メールでは凄い「私理解してます」って感じだったのに。


「あくまでその嘘を突き通すつもりですか、そうですか。

 それじゃあどうして位置情報がおかしなことになっていたんですか? 説明してくださいよ。出来るものなら、ね」


「? 何の話ですか? さっぱり身に覚えがないですけど……」


「っ。ふざけないでくださいっ。

 偽造アプリを使ってるって分かってるんですよっ」


「??」


 何故か激高してくる夕菜。


 やばい、本気で意味が分からない。

 位置情報とか偽造アプリとか一体何の話だ?


『お主、何か大切なことを忘れておるんじゃないか?

 以前の世界では、位置情報共有アプリで互いの居場所を常に共有しあうとかが流行っておったぞ?』


 い、いや、そんなアプリ入れてなかったぞ?

 コンカを使っている以上勝手に入れられるなんてことないはずだし……。


 俺の様子にらちが明かないと思ったのか、夕菜が大きく息をはいた。


「まあ、いいです。

 それで、だったら何でおにぃが実際に会いに来ないんですか? あ、忙しいからとかそういう言い訳はやめてくださいよ? 

 おにぃがそんな人間じゃないってことは私が一番知っていますので」


 うぐ、そうだよな、おかしいよなあ。俺でもそう思う。

 とにかく、よく分からないと誤魔化して、と。


「さあ、妹さんには理解できない理由でもあるんじゃないですか?」


「は?」


「止まりなさい。彼女に近づかないことが条件だったでしょう?

 ……しかし、あなたたち一体どういう関係なのよ……」


 絶対零度の冷たさを孕んだ声と、酒徳玲子の困惑する声が背後より響く。


 いやほんと申し訳ない。夕菜が何か勘違いしてるみたいでさ。

 ……普段はこんな娘じゃないんだけど、な。


「いいですか? 私とおにぃは生まれてからずっと一緒に生きてきたんですよ。

 おにぃにとっての一番は私で、私にとっての一番はおにぃなんです。それは金輪際絶対に変わりません」


「……」


「あなたは上手くおにぃを誑かしたつもりかもしれませんけど、そんなの一時の気の迷いです。今に帰りたいと言い出すよ。

 だからっ、早く返してください。今なら半殺しくらいで許してあげます」


 濁流のような強いうねりを持った言葉が夕菜より投げかけられる。


 ああ、確かに夕菜の言葉は間違ってはいない。

 俺はずっと夕菜のために生きてきた。そのために冒険者になって、今ここにいる。


 ただ……どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。

 どうしてこんなに傷ついた気持ちになるんだろう。


『期待しておったんであろう?

 あるいは気付いてくれるかもしれない、と』


 ああ、そうか。心のどこかでは、俺との対話の中で俺が望月真だと見抜いてくれるとそう思っていたのかもしれない。

 そうまでいかなくても、久々に夕菜と穏やかな時間を過ごせると思っていた。

 最近はどうなんだとか無理してないかとか、色々と聞きたいこともあったんだ。


 でも実際はどうだ?

 俺の話に聞く耳すら持たないで否定ばかり。挙句の果てに謎理論で俺を責め立てる。まるで別の生き物と対面しているみたいだった。


 俺のせい、なのか? 

 俺の言い訳が下手だったから、こんなことになったのか?


『そうとも限らんよ。ああいうやつはな最初からそうなんじゃ。

 少しでも気に入らない部分があったら許せないと潰しにかかる、自分勝手な生き物なんじゃよ。……我はそれを身に染みて知っておる』


 何か思うところでもあるのか、苦しそうに話すシル様。


 ……自分勝手な生き物、か。

 確かに、そうなのかもしれないな。だったらーー



「あ、そうだ。雑魚いお兄さんはこんなことも言ってましたね。

 そろそろあなたもブラコンを卒業したらどうですか、と」


「は? どういう意味ですか? 宣戦布告ですか? おにぃが好きだから私が邪魔とかそういう話ですか?

 いいでしょう、表に出てください。相手になってあげます」


「ちょ、やめなさい。本当に死ぬわよ」


『何油を注ぐようなことしておるんじゃお主!?』


 俺の言葉に三者三葉な反応を見せる面々。


 いやあこの際全部思ってることをぶちまけようと思ってさ。

 結局、みんなエゴで生きてるんだよ。俺が夕菜と生きるために頑張ってるのもエゴで、夕菜が俺に理想を押し付けるのもエゴ。

 今まではそれでうまくやれてたけど、今はこの体のせいもあってそうもいかない。

 だったらもう本音でぶつかり合うしかないだろ?

 

『いや、そんな解決策はのう……どうなんじゃろうな……』


 シル様が何とも言えない反応を返してくる。

 分かってる、これが強引な方法で、もっと賢いやり方があるってことくらい。


 でも、どこか楽しみな自分もいるんだ。

 何だかんだ兄弟げんかとかはしてこなかったからなあ。夕菜がぐずった時はいつも俺が折れてきたから。


 この口調にも乗せられて、俺の口から本音がぽろぽろと零れていく。


「あ、それとこうも言ってましたね。

 流石にお兄さんのお下がりしか着ないのはどうかと思います、もっとおしゃれに気を使ったら、と」


「はあああ? そんなことあなたには関係ないでしょっ。

 これは、私が好きで着てるからいいんですよ。お金もかかりませんしっ」


「……その服って……はい、これあげるわ」


「こ、このお金は何ですか鬼人さん? もしかしてあなたもーー」



 ビィィィィィイイイイイイ


 そんな賑やか(?)な団欒が繰り広げられていたその時だった。

 突如、牢屋内に警報音が鳴り響いた。それも夕菜と酒徳玲子二人同時に。


 何事かと俺もコンカを取り出して、そこに表示された画面に目を見開いた。


「煩いですねっ今大事なーーえ?」

 

「あなたたちは政府からの指示に従って頂戴っ。

 私は支部に戻るわっ」


 唖然とする夕菜に、バタバタと慌てて去っていく酒徳玲子。


『まさかあり得ぬっ。

 奴の計画だともっと先じゃったはずじゃっ』


 頭の中でシル様の取り乱した声が響く。

 俺もまた信じられない、いや信じたくない気持ちで、何度も目をこすってーーそれでも確かに画面にはこう書かれていた。



 オリジナルスタンピード発生警報と。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る