第三十三話 滅亡の日

 


「……さて、どうしたもんですかね」


 オリジナルスタンピードの発生を伝える警報が鳴り響いた直後、夕菜たち三人は学校に呼び出されて静岡の方へと戻っていった。

 一人になった俺はネットで色々と調べてみたが、誤報を疑う声はあれ、政府から正式に情報を修正する動きはなかった。寧ろ「これは訓練ではありません。指示に従い各々役目を果たしてください。私たちは絶対に勝てます」という死刑宣告にも近しい文言が並ぶばかり。


 それから暫くしてメッセで伝えられたのは、007小隊解散の知らせだった。

 昇太郎さんと天志さんはその能力ゆえすぐにでも前線へと送られることになったらしい。千絵と風佳は一応籍を置いていた学校の指示に従うようにと、俺には自由にするようにと書かれていた。

 そして最後にはこんなことになってごめんなさいという謝罪と私たちは絶対に勝てるわ、力を合わせて頑張りましょうという激励の言葉。

 敵地を進む間に自らの帰る場所を失っては元も子もない。人類の矛はついぞその役目が果たされることなく放棄された。


『……すまぬ、我のせいかもしれん。

 計画が変わる理由があるとすれば、あ奴が何かした以外考えられんのじゃ』


 申し訳なさそうに謝ってくるシル様。

 そう言われてもシル様を責める気にはなれないだよなあ。あ奴が誰かも分からないし。


 と、コンカにメッセージを受信した通知が来る。


『おにぃ……帰ってくるよね?』


 夕菜から送られてきた一文。

 それを見て、心臓をえぐられたような痛みが胸に走る。


 ああ、俺も本当なら夕菜の傍にいたいさ。

 でも……無理なんだよ、この体じゃ。


 ついで、酒徳玲子を含めた007小隊メンバーが集まるグループが動いた。


『ね、ねえ本当に大丈夫なんだよねー?

 玲子さんとかみんなの勝てるって言葉、信じていいんだよね?』


『きっと大丈夫。そのために準備してきた』


『で、でも、今日見た防衛白書ではまだ戦力は揃ってないって書いてなかった……?』


『それは、えっと』


『魔素濃度が最初と同じにまで上がった時の話ですよ、阿保の千絵さん。

 今回の戦力は想定していたより雑魚いはずです』


『そ、そっかー。そうだよね、みんな頑張ってきたんだもんねー』


『そう言おうと思ってた。千絵、心配しすぎ』


 俺の言葉に一応の安堵を見せる二人。

 ただ心のどこかでは気付いているのかもしれない、大人たちの余裕のなさを。その証拠に、同じグループにいるはずの昇太郎さんたちからの反応はない。


 ……なあ、シル様。実際のところ人類は勝てると思うか?

 

『分からぬ、というのが本音じゃな。

 我が知っている状況とは何もかもかけ離れておる。相手がどんな編成なのかも我には分からぬのじゃ』


 なるほど、どっちに転ぶのも神様次第ってか。


 最悪、俺だけなら生き残ることはできるのだ。

 ダンジョンの中にいれば外の影響は受けないから、食事などが完備されたあの白い部屋に引きこもればいい。蚊帳の外から待てばいいのだ、人類が勝利するのを、夕菜が生きているのを。

 でもそれは駄目だ、シル様が言うように勝てる保証はないし、何より夕菜のために何もしないのは俺が許せない。

 また夕菜も一緒にというわけにはいかなかった。人間はダンジョンの中に長期間滞在できないし、癒術師の風佳も加えるとしたら今度は別の問題が出てくる。

 一日三回、一人分の食事。それがあの部屋の限界なのだ。シル様曰くスノーは何も食べなくてもいいとの事だが、だとしても一人分を三人で分けるのは流石に持たない。いつその生活が終わるかも分からないのだから。


 ここで完全種になってから、その後に夕菜を迎えに行く?

 それが一番無難な選択だろう。ただどっちにしろ食料の問題は出てくる。人類が負けて外は全てダンジョンとなってしまったら、食べられるものは白いスープを残して消失する。


 俺も最前線で戦う?

 悪くない選択肢だとは思う。酒徳玲子に言えば多分それは可能だ。問題は、Bランクモンスターの俺が加わったところで戦況は変わるのかという点。完全種が雪崩のように攻め込んでくるのがオリジナルスタンピードなのだ、俺なんて藻屑のように飲み込まれてしまうだろう。

 何かするのだとしたら、俺にしか出来ないことだ。


 そうだ、とコンカに自らのステータスを表示させる。


 月宮 マコ(B) Lv.28  死神 Lv.2    

 筋力 A         

 物防 D    

 魔防 D       

 知性 B(↑)        

 器用 A         

 敏捷 A         

 運  B   

  

 <スキル>

 攻撃系 

  絶命の一撃 Lv.2

 防御系 

  なし

 補助系 

  転移 Lv.4(↑)  

  闇煙 Lv.1    

 加護系 

  冥王の寵愛 Lv._


 007小隊に入ってから8日。

 転移のレベルが4になり100mまで飛べるようになった。スノーのリミットオーバーでレベルを上げれば一回限りで500mまでいける。外にいても一回だけは転移を発動できるから最大600m離れていても移動できる、と藤枝ダンジョン周辺の地図を見てーーうん、これなら何とか放棄地域までたどり着けそうだ。


 食料生産機たる蔓のテーブルが持ち運び可能なことは実証済み。味方づくりについても一番手っ取り早い方法がある。


『お主、まさかっーー』


 俺の意図を悟ったシル様の制止を無視して、スノーの元へと足を進めた。





 

「おかえりっ。凄い早かったね、マコ。

 ……何かあったの?」


「二回目のオリジナルスタンピードが起こったんですよ。

 それでスノーに頼みたい事がありましてね、仕方なく戻ってきたというわけです」


 白い部屋に戻ってすぐ、思わぬ鋭さを見せてきたスノー。

 どう答えるか一瞬考えて、そこは素直に話すことをした。

 スノーには外の状況について色々と教えてきた。絶望的な状況だと分かれば、俺がこれから頼む内容も理解してくれるはずだ。


「そ、そうなんだ。世界がやばくて、人類がピンチってやつだね。

 ぼくに頼みたい事っていうのは?」


「なに、私の転移にリミットオーバーを掛けるだけの簡単なお仕事ですよ。007小隊として動くのに必要でしてね。

 あ、それで暫くここを離れますから寂しくて死なないでくださいよ、スノー?」


「……どういう、こと? 暫くっていつ?」


「んーと……そうですね。半年後、桜が咲くころですかね。

 多少前後にずれるかもしれませんが、その予定です」


「それはどうしても、なの? ずっと、ここにいるわけにはいかないの?」


「はいそうです。私にはスノーより大切なものがありますからね。

 あ、でも帰ったときにはスノーもきっと外にーー」



「分かってないっ」


 突然スノーが大声を上げる。

 昏い色をした青色の瞳が、初めて俺を睨んだ。


「マコは全然分かってないよ……。

 外、外って元気づけてるつもりなのかもしれないけど、ぼくはそんなこと望んでない。

 ぼくはね、人間じゃないんだ。だからマコが言うみんなとは一緒にいられない」


「それは分かっていますっ。スノー、あなたはモンスターでーー」


「違うっ、そういう問題じゃないんだよ。

 ぼくの心の中にはね、ぽっかりと大きな穴が開いてるんだ。かすかに残るのは酒徳玲子の娘としてのーー酒徳玲奈としての記憶。でもそれだって全然鮮明じゃない、母親の名前を聞かないと自分の名前も覚えなかったくらいに。

 ぼくはね、きっと酒徳玲奈の幽霊なんだよ。搾りカスなんだよ」


 その溢れんばかりの感情の吐露を聞いて、シル様の言葉が蘇る。


 ーーそうとも限らんよ。

 そもそも魔素は数多の人間が抱いた感情の残滓が集約して生まれたもの。

 お主の父親から零れ落ちたそれが、お主との戦闘で共鳴したのかもしれん。


 酒徳玲奈の姿がスノーと全く同じだと知ったとき、俺は思ったのだ、

 普通は複数の人間の感情が集まって出来るそれがーーもし、たった一人の感情から生まれたのなら、はたしてどうなるだろうか、と。

 でもあったとして、当然量が少なくスノーみたいに強力な体になるとは思わなかったから頭の片隅に追いやった。 


『スノーの場合は特別じゃよ。

 お主も知っておろう、かつては魔素なんてものはなかったことを。

 オリジナルダンジョン顕現に用いられたのは、神々が何千年という間に貯めていた信仰心の一部じゃ。途方もない年月の経過ゆえ感情など感じられないほどまでに希薄されたそれが、スノーの体の大部分を占めている』


 なるほどな。それなら納得だ。


「でもね、それでよかったんだ。

 マコの前にいる間はぼくはスノーでいられたから。酒徳玲奈であることを忘れたから」


 苦しそうに零すスノー。それに最初に言われたことを思い出した。


 ーーすまぬ。我には何も言えぬ、いや言わぬほうが良いというべきか。

 お主には変な先入観を持ってほしくないのじゃ。


 ……確かにあの時この事実を知っていたら、スノーとはこんな関係を築けなかったかもしれない。どうしても色眼鏡で見てしまったことだろう。


「けど、マコがどっかに行っちゃうって言うなら話は別。ぼくがぼくでいるために、マコを止めるよ。

 ……マコが悪いんだよ? ずっと二人一緒にここいればよかったのに」


 スノーが泣きながら微笑む。


 刹那、天井が壊れ、上から何か巨大なものが落ちてきた。


 カロロロロロロッ


 体長10mはあろう巨大なワニがこちらを睨み、独特な鳴き声を響かせる

 クー・アリゲーター。藤枝ダンジョンのボスだ。


 その横でスノーは、上のボス部屋からこいつを呼びいれた元凶は不敵に笑ってみせた。


「悪い子のマコ。ぼくがおしおきしてあげるよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る