第三十話 お姉ちゃん



「それではまた明日です」


「おう、またな。マコの嬢ちゃん」


「気を付けて帰ってくださいね」


 夜、天志さんたちとの電話・・を切っていつもの場所を後にする。

 そう、電話だ。捕まってから一連の対話に使っていたここーーダンジョン端の、黒い壁に囲まれた空間は特別に電波が通じるのだ。

 というのも外に冒険者協会藤枝支部が隣接していて、前任の支部長が色々と便利なようにと相当な金をかけて改造したらしい。モンスター用の牢屋や各所につけられた監視カメラとかもその一端だとか。


 また今使っているのは、入隊した翌日に貰った新しいコンカだった。

 開発段階の機種だそうで、魔素判定なしに操作できる特別製だ。

 魔素の登録に必要な機械をダンジョン内に持ち込むには色々と準備が必要ゆえ、それまでの繋ぎとして使ってくれと渡された代物。俺はそれをありがたく頂戴して、かつ登録は全力で拒否させてもらった。

 なにせ魔素を判定されると俺が望月真であるとバレかねないのだ。いやバレるだけならいい、というかむしろ望みですらある。

 問題はどう解釈されるか分からないことだ。

 この口じゃあ本当の経緯を話せないし、納得させられるだけのストーリーも考え付けなかった。最悪変な誤解をされて、信頼関係が壊れかねない。

 だからシル様と話し合って、とにかく今は下手な希望を持たずに別人として振舞うことに注力しようという結論になったのだった。


 それと007小隊の皆はレベルの違いから今は各々別の場所でレベルアップに励んでいるらしく、用事があるとき以外はこうして毎夜小隊単位でグループ通話する程度とのこと。

 入隊して一週間、俺の生活もここで四人と電話で話す日課が加わったくらいしか変わらなかった。拘束が多いともう一つの目標ーー夕菜の卒業までに完全種へと至ることに支障が出かねなかったから、ありがたい話だ。

 この体になって以降スノーぐらいとしかまともに会話してなかったのもあって、そういう意味でも結構嬉しかったりする。


 ……しっかし、女子二人は色々と忙しいんだなあ。

 今日も途中で抜けちゃったし。


『はたさて女子おさごがこんな夜中に、とは一体どんな用事なんじゃろうのお』


 からかうように聞いてくるシル様。


 ……いいか、シル様。あれくらいの女の子は詮索されるのを凄い嫌がるんだよ。

 どんな変な行動をしていても気にしたら駄目なんだ。

 俺はそれをーー夕菜で知った。


『……なるほど。これが調教の結果か』


 ぽつりと聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。







『残念、今回も失敗』


『ね、どこに消えちゃうんだろうねー』


 マップの赤点が完全に消失したのを見て千絵と風佳は肩を落とす。


 毎夜の報告会を途中で抜けてマコちゃんを尾行を繰り返して7日。

 いくら「転移」が強力なスキルとはいえ、移動する大雑把な方向が分かってかつ警戒されていなければ、追うのはそう難しいことではなかった。

 ただ最近はここのボス部屋付近で振り切られる日が続いていた。


『不思議、一体どこで寝てる?』


『ほんとだよねー』


 コンカの画面を見せ合って、無言で会話する。


 考えられるのは今の私たちみたいに「隠密行動」を使っているとか?

 うーんでもマコちゃんが私たちの尾行に気付いてる様子はなかったからなー。


 あとは、と遺跡の形をしたボス部屋へと目を向ける。

 まさか、ねー。

 確かにボス部屋の中ならマップに中の様子が表示されることはない。ただボスがいる場所なんて寝るなんて正気じゃないし、なにより今は扉が開いている開放状態だ。流石におかしい。


 うーん、と必死に頭を動かしーー


 パキリ。


「あ」


 ーー足元の枝を踏んでしまう。

 一際大きな音が夜の静寂に響き、同時に「隠密行動」が解除される。

 マップ表示やモンスターの索敵を欺くそのスキルも大きな音を立てると効果が切れてしまうのだ。


「っ」


 即座に風佳が再び「隠密行動」を発動。

 発動時点でクールタイムのカウントが始まり、解除されるまで効果が持続する特性上こうして連続で使うこともできるけど、残念ながらそれは完璧じゃない。

 例えば今向かってきている白いジャガーみたいに、その視界に完全に獲物を捕らえてしまえば欺くことはできなくてーー


「何、してるんですかっ」


 突如視界に黒い何かが現れ、ジャガーの首を斬りつける。

 あっさりと消失するジャガーの体。すたりと千絵たちの前に何かが降り立つ。

 黒いマントを羽織り、背中をこちらに向けるその少女の名前はーー


「マっもごもご」


 マコちゃん。そう叫ぼうとして風佳に口をふさがれる。

 そうだ、また失敗するところだった。


「……途中で止めてくださいね」


 「隠密行動」の詳細は既に話してある。

 マコちゃんが黒い霧(確か「闇煙」だ)を発生させて後ろ歩きで近づいてきて、風佳が丁度いいところでその背中に手を当てて止める。

 「隠密行動」の効果範囲内に入ったのだ。


『それで、どうしてこんなところにいるんですか? 

 馬鹿なんですか? 自殺なら見えないところでやってくださいよ』


 霧が晴れた後、後ろ手にコンカでそんな文面を見せてくるマコちゃん。

 す、すっごい怒ってる。……でも、そうだよね、私たち死ぬところだったんだんだもんね。

 すかさず風佳が手を伸ばし、自分のコンカをマコちゃんの前に持っていった。

 そうしてこの不思議な距離感でのやり取りは続いていく。


『マコを追っていた』


『は? それで死んだらどうするつもりだったんですか?』


『大丈夫、マコが助けてくれた』


『だから、私がいなかったら本当に死んでいたんですよ?

 雑魚は雑魚らしく大人しくしていたらどうですか?』


『あ、あのね、今までは本当に大丈夫だったんだよー。

 今日は偶々ミスしちゃっただけで……』


 マコちゃんがはあ、と大きくため息を零す。


『風佳は興味本位、千絵は何となくでしたっけ? 007小隊に入った理由は。

 いいですか? もし放棄地域に入ったら今みたいなミスも許されないんですよ?この計画がどれだけ無謀なことか、本当に考えています?』


『リスクがあるのは、冒険者になっても同じ』


『ええそうですよ。でも冒険者ならその危険を避けることができるんですよ。

 ただ007小隊は違います。その先に悪夢が待っていると知って尚、前に進み続けなきゃいけないんです。

 特にお二人は計画遂行に必要不可欠な人員ですから、途中離脱も許されない。寧ろあなた方は守られる側です。自分のミスで周りの人間が死んで、それでもその屍を踏み越えて進むしかない状況に本当に耐えられますか?』


 マコちゃんが書いた悲痛な未来を想像してしまって、身が凍るような思いに襲われる。見れば、風佳も珍しく深刻な表情で黙っていた。

 勿論色々なリスクは考えた。

 でも人類のために頑張るっていうのはすごく大きなモチベーションで、しかも玲子さんたちもそこまで強く止めてこなかったから、何となくやれると思っていた。

 

 ……もしかしたら玲子さんたちは私たちのそんな未熟さを分かっていて、あえて放置していたのかなー。いつか自分たちで気づくと思って。

 でも結局、自分たちより多分小さい子に教えられちゃった。


『私は反対です。あなたたち子供にそんな過酷な行為を強いるのは。

 まあとにかく、今教えてあげたことをもう一度考えてみたらどうですか?』


 今一度マコちゃんから念押しされる。

 まだその答えが出せないうちに、マコちゃんはこほんと喉を鳴らした。


『さて、それじゃあさっさと帰りましょうか。

 こんなところで油を売っていても仕方ないでしょう? ほら、私に付いてきてください、雑魚のお二人さん?』


 マコちゃんが背中を向けままゆっくりと外へと歩き始める。

 その口とは裏腹の優しい行動に千絵と風佳は声を殺して笑いあった。


『マコ、良いやつ』


『うん……お姉ちゃんがいたら、あんな感じなのかなー』


『おお、マコ姉。いいっ』


 道すがらそんなやり取りを風佳と交わしてく。

 

 007小隊を続けるか、その答えはまだ分からない。

 でもマコちゃんともう少し一緒にいたないなー、と千絵は思うのだった。 



 



『変な行動は気にしたら駄目とは言ってなかったか?』


 二人を送り届けた帰り道、シル様がそんなことを聞いてきた。

 いや、流石に命の危険があるときとかは例外だろ。

 さっきも俺がたまたまマップを見ていなかったら本当に危なかったわけだし。


 ……でも、ちょっと説教臭かったか?


『大丈夫じゃろ。

 あ奴らも己が身を心配しての忠告だと分かってくれようぞ』


 だといいなあ、と思いながら白い部屋の中へ「転移」で戻る。


「……遅かったね、マコ」


 待ち受けていたのは、ぶすーとした顔のスノー。

 さっきはスノーとの会話を途中で切り上げちゃったからなあ。ロクな説明もできないで長い時間空けちゃったし。


「知り合いがあまりに雑魚かったので、最後まで送り届けちゃいましたよ。

 全く、困ったものです」


「知り合いって千絵ちゃんと風佳ちゃんだっけ?

 007小隊とかいうマコが入っちゃった部隊の仲間の、しかも女の子」


 スノーが不機嫌な様子を隠そうとすらせず続ける。

 007小隊周りのことはスノーにも伝えていた。最も、それ関連のことを話すといつもこうなってしまうんだけれども。


「ええ、そうですよ。

 全く、そんなに膨れるならやっぱり色々と試すべきじゃないですか? 私と同じ立場になれるかもしれないんですよ?」


 007小隊に入ってすぐ、昇太郎さんの瞬間移動で外に出られるかもしれないと伝えたら、スノーはそれを「絶対に嫌」と拒否したのだ。どころか、この場所を教えることすら許さなかった。

 スノー曰く「ぼくの存在を知っているのはマコだけでいい」とのこと。

 つまり誰の力にも頼ることなく俺自身の手での解放をスノーは望んでいるのだ。


 外に出ることを楽しみにしていたはずなのに、何をそんなにこだわっているのか俺にはよく分からなかった。

 酒徳玲子と何かあったのかとかを聞いても答えてくれないしなあ。


『まあ、そうカッカするでない。

 スノーにはスノーの事情があるのじゃろう。スノーにはお主しかおらぬのじゃ、支えになってやらねば男が廃るというものじゃぞ』


 と、絶対に事情を知っているだろうシル様に諭される。

 勿論それは分かっている。でも、やっぱりいろんな人との繋がりを作ってあげたいんだよなあ。特にスノーみたいにずっと一人でいた人には。


 スノーの湿った瞳が俺を射抜く。


「マコは馬鹿。おもーーそうだ。

 もしぼくを無理やり外に出すつもりなら、ぼくの前でマコがお漏らししたことを周りに言いふらすよ?」


「ちょ、脅迫ですかっ!? 

 大体それはスノーが私を拘束していたからですよね?」


「……そんな言い訳みんなが信じてくれると思う?

 あるのはお漏らししたっていう事実だけだよ、マコ」


「こんのっーー」


 かくして、最終的に模擬戦まで至ったバトルが唐突に始まった。

 ……うん、これくらいはしゃいでいるくらいが丁度いいな。


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