第二十九話 新たな仲間
「ーー放棄地域を横断し、オリジナルダンジョンを攻略する。
それがあなたたち007小隊の役割よ。
どうか日本の矛、いえ人類の希望として私たちに力を貸して頂戴」
人類生存のため、なりふり構わず奔走する酒徳玲子。
なるほど、確かに悪い人間じゃないのかもしれない。だが、これはーー
『随分と酷な方法を考えるものじゃな。
モンスターが跋扈する世界にたった数人で乗り込む危険性に気付かぬわけではあるまいに』
シル様の言葉に心の中で同意する。
同時に酒徳玲子が事前に詳細を教えてくれなかったことにも納得がいった。言いふらしていい情報じゃないし、何よりこの計画を知ってなお断るのは寝覚めが悪い。
「……あなたが私に望むことは概ね理解できました。
ただ幾つか疑問があります。まず一つ、どうして四人だけなんですか? 癒術師がいるならもっと大勢に攻め込ばいいですよね?」
「そうね、だからこの四人は必要最小限かつ今の千絵で何とか治癒できる人数よ。
千絵のスキルレベルが上がればその分同行できるメンバーも増えていくわ。最終的には数十人規模になるのが理想ね」
「そういうことなら、まあ私が勧誘されたのも納得です。
では二つ目、どうしてあなたは同行しないんですか? そこの木偶の坊さん何かより強いはずですよね?」
こりゃ手厳しいという感じで肩をすくめる天志さん。
ただそれでも自分の言葉を撤回するつもりはなかった。
あらゆる敵を粉砕し、ただ屍を積み上げるその様はまるで鬼神なり。
それが俺が知っている酒徳玲子の姿だ。
いくらテレビ局の誇張が入っていたとはいえ、名前も知らないような冒険者に戦闘力で負けるとは思えない。
「勿論それにも理由はあるわ。
私はね、とある呪いを受けたのよ。周囲にいる人間が多いほど戦闘力が低下するっていう忌まわしい呪いをね。
だから戦線からも退いて後方支援に徹しているというわけ」
「なるほどです。歳のせいじゃなかったんですね。
では三つ目、どうして私が魔素が平気な体と分かったんですか?」
「あなたを外に出したら物凄い拒否反応を示したのよ。
だとしたら普段はダンジョンの中で生活しているとしか考えられないじゃない」
「……寝ている間に色々されそうだったってことですか、このへーーこほん。
では次。私言いましたよね、人を見ると殺したくなっちゃうって。
どうしてそれをどうにかできると思ったんですか? それともこのまま行かせるつもりですか?」
「まさか、あなたにはその体質を治してもらうわ。
というかどんな方法を使っても治しなさい。それができなければ、この話はなかったことにするわ」
「……分かりました。ご心配なく、方法もわかっていますので自分でやれます。
では最後、私を使うことをどうやって周りに理解してもらうつもりですか?」
「そこはまあ追い追いね。
小隊メンバーしか知らない仲間にするとか方法は色々あるわ。
そもそもこの007小隊の構想自体まだ発表してなくて、個別に勧誘している段階なのよ。ちゃんとした人材を選べば情報が漏れることもないわ」
「そう、ですか……」
俺の細かい疑問にも淀みなく返答する酒徳玲子。
うん、現状特に不審なところはない。酒徳玲子は多分本気だ。それはそれでどうなんだという気もするがーーまあいい。
俺の目的とは多少なりとも合致しているのだ。
「分かりました。私も分が悪いの賭けに乗るとしましょう。
私の名前は月宮マコです。よろしくお願いしますね、仲間を捨て駒にする悪鬼さん」
「ふっ、人類のためなら鬼も悪魔にもなってやるわよ。
とにかく当面は別行動してもらうわ。その方法とやらはここの中で達成できるものかしら? OKなら大丈夫だわ。自由に動き回れるようにしておくから最優先で体質を治すこと、いいわね?
あと、また明日同じ時間にここに来て頂戴。渡すものがあるわ」
「玲子さん玲子さん、その前に時計渡さないとですよ」
「……そうだったわね、はいこれ。時間の読み方は分かる?」
「そこまで阿呆じゃありませんよ」
酒徳玲子から何だか古そうな時計を手渡される。
必要ないとも言えたけれど、あらぬ疑いを向けられそうだからな。素直に受け取っておこう。
「それじゃあまた明日ね。
今日は小隊メンバーと交流でも深めておきなさい」
私はやることがあるから、と去っていく酒徳玲子。
丁度いい、彼女には聞かれたくない話があったのだ。
これから苦楽を共にするであろう仲間に向け、俺はさっそく口を開いた。
「それじゃあまた明日ね。
今日は小隊メンバーと交流でも深めておきなさい。
わたしはやることがあるから」
そう言って玲子さんが帰っていく。
ともすれば冷たい印象を与えかねないその行動に、何の裏もないだろうことを友藤千絵は知っていた。
誤解しなければいいなー、と新たな仲間に目を向ける。
一風変わった迷宮人の少女、月宮マコちゃんは横を向いたまま口を開く。
「……みなさんは、どうして007小隊なんかに入ったんですか?
正直、生還は絶望的ですよね。それともきっとみんな生きて帰れるって信じている脳内お花畑さんですか?」
マコちゃんより放たれる強烈な言葉。
やっぱりそうくるよねー。うぐ、胸が痛い。
在学中に突然玲子さんに声をかけられ、友達の風佳も一緒ならと深く考えずに入ってしまった。こんなに志が低いのは私くらいだろう、多分。
ただ同時にありがたい質問でもあった。
007小隊が発足して一週間、まだ深いことは何も話せていなかったのだ。
「まあ気になる気持ちは分かるがな、いきなりそれを聞くのは野暮ってもんだぜ、マコの嬢ちゃん。
ダンジョンのせいで誰しも傷を負ってるんだ。人に知られたくない過去の一つや二つ、あるもんさ」
「……そうですね、皆さん雑魚ですもんね。
これは失礼しました」
天志さんの忠告にも相変わらずの態度を崩さないマコちゃん。
あ、ある意味すごい。これは猪突猛進、直情径行の風佳に通じるものがありそう。
……二人もそんな人いらないよー。
天志さんは特に気にする様子もなく笑う。
「がははっ。そうさ、雑魚だから俺らが守ってやらないといけないのさ。
俺のカミさんみたいな人が増えないためにもな」
「全く天志さんはそうやってすぐに前言を翻すんですから。
僕は……恩を返すためですかね。静岡の方でちょっとへまをして干されていたところを玲子さんに拾ってもらったんですよ」
「面白そうだから。何より人類の希望なんてかっこいいっ」
「え、えと私は……な、何となくかなー」
あっさりと明かした天志さんに続いて、各々の理由をカミングアウトしていく。
二人にはそんなことがあったんだ……。
ただそのまとも理由に比べて後ろの二人の適当さよ。うう、恥ずかしい―。
そんな三者三葉の回答に黙り込んでしまうマコちゃん。
玲子さんへの不信がまだ抜けないのかな?
「あ、あのね、玲子さんも別に無理に強制してるわけじゃないんだ。
凄い気にかけてくれるし、嫌になったらいつでも抜けてもいいって言ってくれてるし」
「ええ勿論です。幾つかの守秘義務ーー誰かに話してはいけないなどの制限はありますが、入隊も脱退も個人の判断に委ねられています。
マコさんもやめたいと思ったら玲子さんに相談してください、きっと本当に悪い扱いはされませんよ」
「私は強いから大丈夫ですよ。
皆さんがあまりに馬鹿だから気になっただけです」
マコちゃんの言葉に、視線で笑いあう。
うん、どんな娘か何となくわかった気がするなー。
「マコは何でここに入った?」
と、いきなり直球ストレートを投げる風佳。
もうこの子はっ。
「ちょ、ちょっと風佳ーー」
「いいですよ、仕方ないから教えてあげます。
私は……そうですね、幸せにしてあげたい大切な人がいるからです」
「家族?」
「ーーっ。この体にはいませんね」
「男?」
「まさか、可愛い女の子たちですよ」
「おおー」
多分何か勘違いをして声を上げる風佳。
勘違い、だよね? 家族でもない、大切な女の子たち……お、女友達か何かだよ、多分。
「それで、具体的な計画始動はーー」
それから007小隊周りについて、大人相手にも引けを取ることなく色々と質問していくマコちゃん。
玲子さんにも突っかかっていたし……本当にすごいなあ。
「千絵もマコの百合ハーレムに入れてもらう?」
「ふえっ?」
耳元に当たる風佳の声に一瞬思考を停止し、すぐに持ち直す。
「ちょ、ちょっと変なこと言わないでよー。勘違いだよ、それ」
「じゃ、探す。外には出られない、ここのどこかに大切な人がいるかも」
「もう駄目だって。あまり詮索しないようにって言われたじゃんっ」
「大丈夫、ただ尾行するだけ。千絵も気になるでしょ?」
「うっ」
図星を突かれ、千絵が声を漏らす。
すかさず、風佳にがしっと手を掴まれる。
「決行は今日の夜、マコと別れたら。目的はマコの大切な人の捜索。
うん、面白そうっ」
爛々と輝く風佳の両目。
こ、こうなったら止められないんだよねー。ごめんなさいマコちゃん、と千絵は心の中で頭を下げた。
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