第二十八話 007小隊

 


「それじゃあ早速、007小隊のメンバーを紹介しましょうか」


 酒徳玲子の手を取った後、ぞろぞろとやってくる四人分の気配。

 どうやら近くで待機していたらしい。最初から入れる予定だったってのは本当なのかもな。


「まずはリーダーの彼からね。

 眼鏡をかけているヒョロ男が喜入きいれ 昇太郎。空間属性魔法使いよ」


「あはは、相変わらず手厳しい。

 一応リーダーをやらせてもらってます。よろしくね。それとはい、これ」


「はあ、どうもです」


 酒徳玲子に腕を引かれ昇太郎さんと握手を交わした後、そのまま一枚の紙を渡される。

 見れば五人の人物が映った集合写真だった。

 なるほど、これが007小隊ってわけか。

 声の感じからして、昇太郎さんは中心の酒徳玲子の横で温和に微笑む青年だろう。


「そっちの図体がやたら大きい彼が石栗 天志たかし。魔法剣士よ」


「どうも、宇宙一図体のでかい男とは俺のことよ。

 よろしくなあ、嬢ちゃん」


「よろしくお願いしますね。図体しか取り柄がない木偶の坊さん」


「がはっはっ、違いねえ。嬢ちゃんの言う通りよ。

 今度の嬢ちゃんも中々に骨のある娘っ子のようだな」


「ちょ、セクハラですかっ」


 握手中の失礼な態度にも、豪快に笑ってバシバシと背中をたたいてくる天志さん。

 写真の中で昇太郎さんの肩に手を乗せる男性が天志さんだろう。多分30代くらいで、随分と厳つい顔をしている。


 うん。この感じ、割と嫌いじゃない。


「最後の二人が谷島 風佳と友藤 千絵。それぞれ密行者と癒術師よ」


「よろしく、モンスター娘。略してモン娘」


「ちょ、ちょっと失礼だよ、風佳っ。

 えっとこんな感じだけど、悪い子じゃないんだ。仲良くしてくれると嬉しいなー」


「よろしくです、ちっちゃいお二人さん」


 名前だけは知っていた二人と握手する。

 男性陣とは反対側で無表情で佇む茶髪の女の子が風佳、その横で緊張に顔を引きつらせている青髪の女の子が千絵だろう。やはり中学生くらいにしかみえない。

 学生と大人と普通同じパーティに入らないはずだ。学校を卒業してすぐに入隊したとかか?


「さてと、それじゃあーー」


「ちょ、ちょっと待ってください。

 玲子さん、あなたの紹介がまだじゃないですか?」


「……そうね、忘れてたわ。私は酒徳玲子。

 日本軍出身で、今はここ藤枝ダンジョンの支部長よ。007小隊の創設者でもあるから、基本的にあなたたちは私の指示に従ってもらう事になるわ」


「なるほど、ここは鬼人さんの子飼いの部隊ってわけですか。

 あれ、鬼人さんは一緒に戦ったりはしないんですね? あっもう歳ですか」


「……あなた、さっきから随分と失礼な態度よね?

 いい、これから一緒に動く仲間としてーー」


「ま、まあ許してあげましょうよ。

 最初の印象もあって色々と警戒されているんですって」


「そうですぜ、姉御。

 大体、娘っ子は元気があり過ぎるくらいが丁度いいってもんですよ」


「……そう、二人がそう言うなら仕方ないわね」


 男性陣二人に諭され、矛を収めてくれる酒徳玲子。

 ……なんか、この三人の関係性が見えた気がするな。悪い人じゃないっていう話も納得できーーいかん、流されるな、俺。

 この部隊があくどいことに手を染めている可能性を忘れるな。


『我、何か疑うのも馬鹿らしくなってきたんじゃが?』


 うるっさい。それでも疑いの目を持ち続けることが大事なんだよ。


「さて、それじゃあ本題に移るわね。

 あなた、この世界の現状をどこまで知ってる?」


「一般常識程度の知識しかありませんよ。

 人類が雑魚すぎて世界がやばいってことくらいです」


「まあ概ね間違ってはないわね。

 ただね、軍部情報機関のとある予測によると状況はもっと深刻なのよ。

 ーー次にオリジナルスタンビートが起きた時、人類は耐えられない・・・・・・


「なっ、本当なんですか? 

 テレビなんかではここ数年で対抗出来うるだけの戦力は整ってきたって言ってましたよ? またマスゴミの捏造記事ですか?」


「そこが問題でね、今話したのは軍部が出した予測の、その一つでしかないのよ。

 他の予測だと、大きな被害は出すもののいずれも現状の戦力で防衛できると言っているわ。それが正確な情報に基づくのか、あるいはそう言わされたのかは分からないけれど、ともかく軍の主流派はそれに胡坐をかいている。

 今の専守防衛状態を維持しながら、その先に未来があると信じている」


「専守防衛、ですか。言い当て妙ですね」


 13年前にオリジナルダンジョンより生み落とされ各地に散ったモンスターたち。

 確かに人類はその一部の管理に成功しているが、それは人類生活圏の縮小という代償があってこその功績だ。世界には今も放置状態のままのダンジョンが集まり、新たな完全種が世には放たれて続けている場所がある。

 それが放棄地域ーー日本だと関東地域をすっぽりと覆うほどの巨大な面積を持つ、人類敗北の証だ。

 日本の防衛戦力たる日本軍はその周りで何重もの防衛線を敷き、必死に後ろを守ってきた。当然何度も奪還作戦が立てられたが、彼らはそのどれもで大敗し、むしろ最近は作戦そのものを聞かなくなっていた。他の国が多大な犠牲を払いながらも少しずつ前に進めているのにかかわらず、だ。

 確かにこれを専守防衛といわずして何と言おう。


「勿論軍上層部や冒険者協会にも相談したわ。現状だとただ破滅を遅らせているだけに過ぎないって。

 でも、無理だった。いえ仕方ないのかもしれないわね。彼らは敗北の歴史をその最前線で見続けてきたのよ、前に進む覚悟が持てないのもわかるわ。

 だから私は決めたのよ、だったら自分でやってやるってね」


 相当な苦労を感じさせる声音で酒徳玲子は笑った。

 

「瞬間移動と疑似的な安全地帯セーフポイント作成が可能な空間属性魔法使い。

 どんな敵が来ても対応できる魔法剣士。

 複数人での隠密行動を可能にする密行者。

 体に貯まった魔素を唯一排出できる癒術師。

 そしてダンジョン内で自由に行動できるであろうあなた」


「まさかーー」


 酒徳玲子の言葉に思わず声を上げる。


 高密度でダンジョンが密集する放棄地域。そこは無数のダンジョンが繋がった特殊な地形になっていると言われていた。

 だからこそ魔素の摂取限界がある人類には、放棄地域をちびちびと縮小させていくしかオリジナルダンジョンを攻略する道はなかったわけだ。

 俺は唯一それを覆せる手札としてこの性質を使おうと思っていた。だが、まさか彼女は最初から俺の性質を見越してーー


「ーー放棄地域を横断し、オリジナルダンジョンを攻略する。

 それがあなたたち007小隊の役割よ。

 どうか日本の矛、いえ人類の希望として私たちに力を貸して頂戴」


 人類のために死地へ赴け、と確かにそう告げたのだった。


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