第二十七話 答え



「あなたーー世界を救ってみる気はない?」


 優しい声音でそんなことをのたまう酒徳玲子。

 

 世界を救う、か。

 そりゃあ随分と大層なことで。けど流石にそれで「はいそうですか」って頷くわけにいかないよな。


「どういう意味で、ですか? 

 言葉が足りな過ぎて馬鹿な私には理解できないんですけど?」


「説明するつもりはないわ。私はあなたに覚悟はあるか聞いてるの。

 答えははいかいいか、それだけよ」


「……死にたくなければ、黙って頷けですか。

 流石にそれは横暴が過ぎるってやつじゃないですかね?」


「あなた、自分の状況がまだ分かっていないようね。

 いい? 静岡の件であなたの情報はすでに上にあげられているの。直に全国規模での探索が始まるわ。私と違って、あいつらはモンスターに容赦ないの。交渉の余地なんて万に一つもないわ。

 そうしたらあなたは本当におしまいよ」


 だから私の手を取るしかないってか?

 くそったれっ。そんなの信じられるわけないだろっ。


「あなたの目的は何ですか? 私に何をさせたいんですか?」


「答えられないわ」


「っ、馬鹿にしてるんですかっ? こんな交渉で私が首を縦に振ると、本気でそう思っているんですか?」


「……まあいいわ。ひとまずは話が出来ただけで良しとしましょう。

 また明日来るわ。その時は良い答えを聞かせて頂戴」

 

 カツカツと靴音を鳴らして去っていく酒徳玲子。


 取りつく島もなし、か。

 圧倒的に立場が下。俺がモンスター側の立場の可能性もある。苦しい交渉になるとは分かっていたつもりだ。

 だけど流石にこれは……ないだろ。


 酒徳玲子の望んでいることが俺と同じなら、まだいい。

 ただ例えばいつでも使い捨てられる都合の良い駒が欲しくて、俺を勧誘しているのだとしたらーー


『ありうる話じゃな。奴ら、お主のスキルを知っておった。「転移」「絶命の一撃」「闇煙」そして「冥王の寵愛」、その全てをの。

 敵勢力幹部の暗殺なんてお主に最適な仕事ではないか?』


 だよなあ。……あれ、でも何でシル様はそれを知ったんだ?


『なに、我はお主が正気を失っている間にも意識を保てるようでな。

 ただあくまで我はお主の感覚を借りておるだけじゃから、お主が寝ているときの会話ーー何でスキルを知ってるかなんかは分からんのじゃ』


 それじゃあ、何かいい情報を知ってるわけじゃないのか。

 あーどうするかな、これ。


「あ、あのね、勘違いしないでほしいんだけど、玲子さん本当はすごくいい人なんだよー? あなたを拘束するのに最後まで反対してたし。 

 ただその、ちょっと言葉選びが悪いっていうか、誤解されやすいっていうか……」


「肯定。鬼人、いつも偉そうだからな。

 お前が怒るのもわかる。でもあれはただのポンコツ、今に戻ってくる」


 あからさまなフォローを入れてくる二人。


 ただあいにく、その言葉を素直に受け取るつもりはなかった。

 確か良い警官・悪い警官だったか。一方がきつい態度を取り、もう一方が歩み寄りを見せるとかいう尋問方法を聞いたことがある。


 ……もしかして二人が来たのも仕込みだった?

 確かにたった二人でこの中に入ってこれるなんては出来すぎだと思っていたのだ。

 くそ、俺はまんまと嵌められて情報をしゃべらされたってわけか。


「あ、やっぱり帰ってきたー」


 千絵の言葉と共にコツコツと返ってくる足音。

 ? どういうことだ?


「そうだ、重要なことを忘れたわ。

 ほら、ちゃんと目を背けてなさい」


「ちょ、ちょっと何してーー」


 呆然する間にさっさと俺の拘束を外していく酒徳玲子。

 その全てを外し終え、そして牢屋の鍵も開けると彼女は「またここで、ね」と言って当たり前のように去りーー


「ちょっと待ってくださいっ。何、してるんですか?」


 意味が分からなくて、呼び止める。

 酒徳玲子は心底不思議そう答えた。


「何って、あなたを自由にしてあげたのよ?」


「だからっ、何で私を自由にするんですか?」


「? ずっと拘束されていると苦しいでしょう?」


「は?」


 意味が、分からない。

 たったそれだけの理由で、自らのアドバンテージを手放すわけがないだろ。


「だから言った、ただのポンコツと。

 今までの全部、善意での提案だった」


「は? 馬鹿にしてるんですか?

 それじゃあ最初の提案は何だったんですか? 明らかな脅迫だったじゃないですか」


「どうしてそうなるの? 言ったでしょう、断っても命はとらないと」


「言葉以上の意味はない、とそう言いたいわけですか。

 世界を救うことの詳細を教えてくれなかったのは?」


「その方法に知ってしまったら、断りづらくなるでしょう?

 あなた優しそうだし」


「っ、上層部の動きを教えたのはどう説明するつもりですか?」


「? ただ忠告しただけよ、気を付けてって」


「だったらっ……そもそも何で私を拘束したんですか?

 不信感を持たれると思わなかったんですか?」


「それはごめんなさい。

 でもあなたも悪いのよ。あなた、向こうだと人と話してる途中に恥ずかしくなって逃げたそうじゃない」


「は? 何の話ですか?」


『お、恐らく雪乃たちの件じゃろうな。

 ……そうか、あ奴らにはそう見えておるのか』


 何故か納得するシル様。いずれにせよ、だ。

 これは、あれか。全部俺の勘違いだったとそういうわけか?

 酒徳玲子は良いやつで、脅迫なんてするつもりはなくて、俺には最初から断るっていう選択肢も与えられていたと?


「は、は……」


 失笑のような何かが零れる。

 理解不能だ。もし本当にそれが事実だとしたら、真面目に考えていた俺が馬鹿みたいじゃないか。


「鬼人はそういう人間。お前も諦めろ」


「ちょっとどういう意味よ、誠心誠意言葉を尽くしたじゃない」


「あははー」


 もう意味を成さない鉄格子の向こう側で三人が姦しく話す。


 あるいは拘束を外したのも作戦の一環で、今もまだ俺を騙そうとしているとか?

 いや今の三人にこちらを警戒する様子はない。「転移」で逃げようと思えば簡単に逃げられるそうだ。


 だったら逃亡前提で、それでも俺を脅威に感じていない? この広大な藤枝ダンジョンのすべてを守り切るつもりなのか? 

 そんなこと本当に出来るのかよ? 大体出来たとして、わざわざそんな危険な択を取るか? 俺を拘束しておけばそれで済む話だぞ?


「一体何を企んでいるんですか?

 私を逃がしたせいで、あなたたちや他の誰かが危険に晒されるとかは考えないですかね?」


「もしあなたにその気があるならもうとっくに被害者が出ているわよ。

 それにあなた、人間なんでしょう? ただの一般人を不当に拘束する権利なんて、私にはないわ」


「っ」


 あまりに優しいその言葉。

 ……なるほど確かにこれは上手い・・・な。さっきまで疑っていたのに、俺は目の前の人間を信じようと、信じたいと思ってしまっている。

 ああ駄目だ、少なくとも今は結論を出すべきじゃない。


「少し、考えさせてください」


「ええ、それで構わないよ。

 話したくなったらいつでもここに来て頂戴。すぐに飛んでくるわ。

 あ、でもあまりに深夜とかはやめてよね」


「夜更かしは健康の敵」


「ちょ、ちょっと風佳。真面目な話してるんだよー」

 

 呑気に話す三人の前から「転移」で離脱する。


 コンカで確認してみるも、誰かが追ってくる気配は無かった。

 どうやら本当に自由にさせるつもりらしい。


 ……ほんと、何考えてるんだよ?


『さあのお。

 ただ我には玲子とやらが嘘を言ってるようには見えなかったぞ?』


 だから厄介なんだよなあ、と大きくため息をついた。






 解放された後、念のために全然違う場所に行ったりしながら時間を潰して、さっと白い部屋へと戻る。


「おかえり、マコ。今日は遅かったんだね」


 すぐに出迎えてくるスノー。

 めっちゃ癒されるなあ。未発見領域のここなら、突入される心配は多分ないし。


 ……いやまて。

 もしかしてこの場所やスノーも全部仕込みか? どうせここに逃げ込んでくるだろうと踏んでいるなら、自由にしたのも納得いく、か?


『流石にそれは考えすぎではないか?

 お主が外に出ることを止めようとしたのは、他でもないスノーじゃぞ?』


 だよなあ。俺もスノーの今までが演技とは思えない。

 いかんな、常識外のことをされてペースを乱されてる。


「どうしたの、なんかすごい疲れてるよ?」


「ええ。酒徳玲子とかいう訳分からない人につ、いえ会ってやりまして。

 それでーー」


「さかとく、れいこ? っあ、あああ」


 トンデモ体験を伝えようとしたその時だった。

 突如頭を抱えて叫び出すスノー。

 尋常じゃない様子で取り乱しながら、違う、違う、と世迷言を繰り返す。


 何が起こったっ?


「どうしたんですか、スノーっ? 何か悪いモノでも食べましたっ?」


「ああ、そうか……ううん、何でもないよマコ。

 ただちょっと疲れたから先に寝てもいい?」


「それは勿論構いませんが……」


 明らかに無理をして笑うスノーに、仕方なく合わせる。

 そしていつものように手を握ろうしてーー


「あ、あのね。今日は一人で寝たいな。

 マコは向こうであっち向いて寝ていてよ」


「わかり、ました」


「じゃ、じゃあごめんねっ」


 スノーがパタパタとベッドの方へ去っていく。

 俺はそれをただ茫然と眺めていた。


 やがて聞こえてきたのは、絞り出すような嗚咽、押し殺した泣き声。


 ……それで、こっちに聞こえないと思ってるのかよ。

 何も感じないと、本当にそう思ってるのかよっ。


『あ奴とスノーに関係があるのは決定的のようじゃな。

 ただ早まるなよ、マコ。まだ何かをされたと決まったわけではない』


 分かってる。

 それにさ、最初に会った時確かに感じたんだ、どこかで聞いた声だと。

 その理由が今分かったよ。酒徳玲子のスノーの声が似ているんだ。酒徳玲子の方は顔が分からないのは残念だけど、それでも多分何かがある。


 ……なあシル様。精神操作系のスキルは本当にないんだよな?


『うむ、それは保証しよう。

 相手の提案を受け入れたところで、お主に何らかの制約が発生するわけではないのじゃ』


 だったらーー。

 ここに来て初めて一人で明かす夜。俺は一つの決意を固めた。






「……来てくれたのね」


 次の日の朝、牢屋があった場所、藤江ダンジョンの端にて俺は酒徳玲子と対峙していた。

 乾いた唇を舌で濡らして、俺はゆっくりと話し始める。


「その前にいいですか? 聞きたいことがあります」


「いいわよ、何でも聞いて頂戴」


「スノーという名前に聞き覚えはありますか?」


「スノー? 特にないわね、それがどうしたの?」


「っ、分かりました」


 酒徳玲子に嘘を付いている様子はない。

 本当に知らないのか、あるいはーーまあいい。

 とにかく今は答えを先に伝えるべきだ。


「あなたの提案を受け入れたいと思います。

 ただ一つだけ、条件があります」


「条件? 言ってみてくれる?」


「私をあなたの007小隊に入れてください。

 あなたの仲間になれるんだったらまあ、世界くらい救ってみせますよ」


 挑むような気持ちで、俺はその言葉を口にする。

 酒徳玲子。あんたが本当に優しいやつかどうかはまだ分からない。

 だったら、その懐に入って確かめてやるよ。

 どちらにせよ味方は必要だったのだ。これで本当に良い奴なら儲けもの、悪い奴ならあるいはーー


 永遠にも感じられる沈黙の後、酒徳玲子はにっこりと笑って見せた。


「分かったわ、元々そのつもりだったしね。

 あなたの加入を認めましょう、ようこそ我が007小隊へ」


 ちろちろと右手に当たる彼女の手。

 俺はそれを笑みを浮かべて取る。


「ええ。出来れば末永くよろしくお願いしたいものですね」


 かくして俺は007小隊の仲間になったのだった。


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