第二十四話 朝と成果



「……」


 蛇口の水でパンツをごしごしと洗っていく。

 ……ただの洗濯だ、何らおかしなことはない。ああ、そうだとも。昨日の夜は何にもなかったっ。


「あ、あの」


「……」


「あのね、間に合わない・・・・・・なんてよくあることなんだから、そんなに気にしなくていいと思うよ。

 ほら、ぼくなんか毎日漏らしてたくらいだし」


「っ」


 スノーに傷をえぐられ、思わずパンツを落としそうになる。

 やめてくれ、スノー。そんな同年代の少女の失態を見た時のような微笑ましい慰め方をしないでくれ……死にたくなるから。


『全く、たった一回の失敗を何をそんなに引きずっておるのじゃ。

 我が見た漫画じゃと事あるごとにお漏らしておったぞ』


 ……な、なんつー業が深い漫画だよ。

 そんなの読んでたら、無理やりTSさせるなんて発想にもなる、のか?


「そうだ。もし繰り返すようだったらおむーー」


「結構ですっ。馬鹿なんですか? 死にたいんですか?

 大体スノーが私を拘束するからこんなことになったんですよ!?」


「ご、ごめん。そうだよね、僕がいたせいだよね」


 シュンと落ち込むスノー。

 あああ、つい八つ当たりっぽいことしちまったっ。


「あ、いや、いい加減にしてくださいねって話で、ああ、もうっ」


 何を言っても藪蛇になる気がして、心の中で叫ぶ。

 ーーシル様許すまじっ。


『何で我!?』






 

「それじゃあ、始めよっか」


「望むところです。後で吠え面をかいても知りませんからね」

 

「えー、今までの戦績を忘れているわけじゃないよね、マコ?

 何勝何敗ーーいや何敗だったっけ? 今ここで教えてあげようか?」


「っ、とっくに忘れましたよっ。

 今までのは全部、そのたっかい鼻っ柱をへし折るための演技ですからねっ」


 走り出す同時、無数の「魔弾」が放たれる。


『来るぞっ』


 シル様の言葉に分かってる、と心の中で頷く。

 基本はステップで躱し、それが間に合わない時は上着で防ぐ。マント形にしたその服の一部を動かして。


 二週間の特訓の結果、シル様特製の服についても色々と分かってきた。

 どうやら俺が「上着」だと思えるかが重要で、着れない類のものーー例えば布や糸まで分解したり、袖の先を盾や剣なんかに変形させることはできなかった。出来るのはあくまで着れる状態での形態変化ーー服の一部を伸ばしたり動かしたりする程度。また「死神にはフードは絶対必要」とのことで、その部分も弄れなかった。


 材質についてはシンプルで、変えられるのは服として存在しうる素材に限られる。

 ただし鉄製防具とかにしても防御性能は変わらなかった。シル様曰く、どんな形や材質にしても耐えられるダメージは一定に設定したらしい。


 大きさについては、元のTシャツの布面積以上にも以下にも出来なかった。一部を伸ばすとそこ以外の部分が勝手に縮むようになっているらしい。おかげで、服で掴めるのは精々周囲1mにあるものくらい。


 とまあこんな制限がある中で色々試した結果、普段はマント形態にするのが一番いいと分かった。どの場所もほぼ同じ感覚で、しかもわりと自由に動かせるのだ。

 今も足や頭などを狙ったスノーの攻撃をうまく捌けている。


「っ」


 とその瞬間、ひと際大きな衝撃に襲われて思わずたたらを踏んだ。

 恐らくこれは「アタックライズ」。対象の攻撃力を上げる補助スキル、最初の模擬戦で俺の服を剥がされた時に使われたやつだ。


 スノーが追撃しようと杖を構え、同時に俺は「転移」と「闇煙」で逃れる。

 「闇煙」ーー『職業』が「死神 Lv.2」に上がって使えるようになったスキル。

 その効果は一定時間(10s)周囲50mに視界を塞ぐ黒い霧を発生させること。

 

 霧に包まれたスノーが即座に「魔素障壁」を発動させる。

 「魔素障壁」の効果時間は5s程度。

 俺はその様子を「冥王の寵愛 Lv._」のおかげでよく見える視界で捉え「魔素障壁」が解けた瞬間に飛びこもうとしてーー


『長いのお、リミットオーバーじゃな』


 「リミットオーバー」、対象のスキルのレベルを一回限りで上げるスキルの効果だ。惜しげもなく使ってきたらしい。

 予定と違うが、逆にありかもしれない。


 ほぼ同時に解ける「闇煙」と「魔素障壁」。

 スノーが忙しなく周囲を見渡すも、俺はそのからすでに落下していてーー


「私の、勝ちですっ」


「わっ」


 スノーの頭をポンと叩いて着地する。

 びくりと体を震わしたスノーが、上空のひらひらとはためくマントを見て、あーと大きく声を上げた。


「天井かっ。全然気づかなかった。

 というか、やっぱり「闇煙」とかいうスキルずるいっ、チートだよっ。全然気配とか分からないんだもん」


「ふ、負け犬の遠吠えほど聞いていて気分が良いものはありませんね。

 どうですか、スノー? そっち側の気分は?」


「……なにこれ、めっちゃむかつくっ。

 大体たった一回勝っただけで調子乗りすぎだよっ。次は負けないからっ」


「構いませんよ、何度やっても結果は同じでしょうからね」


「むきーっ」


 やいのやいのスノーと罵りあう。

 大人げないと思いつつも止められないあたり、俺も随分と鬱憤が貯まっていたらしい。まあそれはともかく、「闇煙」は追跡を撒くにはかなり最適なようだしーー


「……これで、ようやく外に出る算段が付きましたね」


「あ……」


 俺の言葉に反応し、迷子の子犬のような悲しそうな顔を浮かべるスノー。

 ぐう、物凄い罪悪感だ。それでも、目標を変えるつもりはない。


「そんなアホ面しないでくださいよ。

 スノーをここから出せるかもしれないんですよ?」


 シル様にも分からなかったこの空間の壊し方。

 現状でスノーを解放させる可能性がある手は「瞬間移動」くらいだった。

 シル様曰くそれは「死神」のレベルを上げていった先に存在するらしく、そしてそれを成長させるには実戦が最も効率がいい。

 つまり俺の目標の延長線上、あるいはその途中にスノーの開放があるのだ。スノーにとっても俺が強くなるのは悪くないはず。


「ぼくは……ううん、何でもない。

 それが最初に言っていたやることなんだもんね。応援するよ」


「大丈夫ですよ、スノー。

 もう暫くはここにいますし……すべてが解決したら、迎えにきてあげます。一緒に暮らすことも、まあ仕方ないから許してあげますよ」


 偽らざる本心をスノーに打ち明ける。

 もともと夕菜と一緒に暮らすために色んなものを跳ね返すつもりでいたのだ。その目標にただ守るべき対象を一人追加するだけだ。

 もし完全種になりたいと言い出したら手伝ってあげたらいいし、そうでなくても一緒に暮らせるよう状況を整えてみせる。

 わがままになると、そう決めたのだから。

 

 スノーは少しぎこちない、それでも確かな笑みを見せてくれた。


「それはちょっと楽しみ、かな。

 地上にはいろんなものがあるんだよね? 学校とかお店とか」


「ええ、箱入り娘のスノーには想像もつかないような面白いものが沢山ありますよ。例えばーー」


 俺の過去を語らなければ、外の様子を話すことはできた。

 スノーを元気づけるためーーたとえそれが残酷な行為であろうと、俺は持ちうる知識をフルで使って、面白い世界を語って聞かせることにした。







「あの、私、ちょっとお花摘みに行きたいんですけど……」


「んー? 聞こえないなあ。

 ぼくを置いていこうとする薄情者の声なんて」


 その日の夜、スノーに可愛らしい嫌がらせを受けていた。

 なるほど、早く手を握ってと言い出したのはこれがしたかったからか。


「そんなこといわれてもスノーなんかより大事なものがありますし……」


「……おやすみ、マコ」


「へ?」


 やべっ失言したと思ったのもつかの間、狸寝入りを始めるスノー。

 周囲の蔓がにゅるにゅると動き俺の体をがっしり固定する。


『罪な男、いや女じゃのお。さすがに今のは擁護できんぞ』


 いや、わざとじゃないんだって。

 と、とにかく急いでスノーの機嫌を直さないとっ。


「あ、あのスノー。今のはまあ私が悪かったかもしれませんが元々はっ、」


 ああああ。この口調、マジで謝るのに向いてないなっ。

 俺が弁解しようとするたびに、締め付けが強くなる蔓。何かを期待するように薄目を開けるように見えるスノー。そろそろ限界が近くなってきてーー


 ……え、またこのパターン? じょ、冗談だよな?


「ス、スノー? さすがにその……」


「じー」


 あっ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る