第二十三話 二人の夜
何処からか入ってくる夕日に照らされた部屋。
模擬戦を終えた俺らは食事を取ろうとしていた。
ベッドの上に広げられた乾パンなどの食料品を見て、スノーが目を輝かせる。
グレーターベアに挑む前、藤枝ダンジョンに籠る可能性も考えて色々と買い込んでいたものだ。
「こ、これが地上の食べ物。色々とあるんだねっ」
「ええ、そうでしょう。
私の財力を以てして、集められる限りの贅沢品を買い込んできました。感謝するといいですよ」
「おー、さすがはマコ」
俺の虚言にぱちぱちと手をたたくスノー。
違うんだよなあ、私の財力(約1万円)で贅沢品(セール品)を買っただけなんだよ。何か色んな意味で悲しくなってくるな、今の台詞。
「ぼくの生活は大違いだね。
見てよ、あれ。おいしくなさそうでしょ?」
スノーがベッド脇の、蔓で出来たテーブルを指さす。そこにあるのは皿に入ったどろどろとした白いスープ。一日三回、どこからか補充されるそれを食べてきたらしい。……うん、正直全くおいしそうに見えない。
なあ、シル様。あれって俺も食べられる?
それとも何かスノーにとって必須な栄養素が入ってたりする?
『……大丈夫じゃ。気にせず食べると良い』
? まあそういうことならーー
「では、一回交換してみましょうか。
私がまずいスープを食べますので、スノーは好きなのを選んだらどうですか?」
「え、いいの? 本当においしくないよ、それ?」
「ええ、余裕ですよ。
私は味覚音痴のあなたと違って何でもおいしく食べられますからね」
「そ、そうなのかな? それじゃあ可愛いイラストのこれをーー」
「あ、ちょっと待ってください。それクソまずいやつです。
こっちの方がおすすめですよ。あ、これなんかも悪くない味です」
いきなりスティック型の完全栄養食を選ぼうとしたスノーを止め、他の商品を紹介していく。
「ねーこれは?」
「それはチョコレートっていうお菓子です。食事として食べるものじゃありません」
「むー、マコのけち。じゃあ、やっぱりこれかなあ」
「まあ、悪くない選択だと思います」
長い問答の末スノーが選んだのは、某メーカーのカップ麺。
(何故か設置されていた)蔓の形をした蛇口から出た水を電気ポッドで沸かし、カップ麺に掛ける。
3分ほど待って、いただきます、と手を合わせた。
俺も(これまた何故一緒に付いてきた)スプーンでスープを救い、口に運ぶ。
これはーー
「……確かにまずいですね。というより味が薄い?」
「だよね? なんだ、やっぱりぼくがおかしいわけじゃないじゃんっ」
味覚音痴という言葉が気になっていたのか、スノーがぷくうと頬を膨らませる。
な、なんかこの口調のせいでいらぬ心労をかけさせてる気がするなあ。
『……純粋無垢な感じじゃから、余計に心に来るのお。
何かすまんかった』
「ま、まあ誰にだって間違いはありますよね。
スノー、そちらはどうですか?」
「ちょっとまってね……お、おーこれがマコの好きな味っ。
何かその、すごくしょっぱいんだねっ」
「あー、スノーのざこさ加減を考えてませんでした、すみません」
急にカップ麺みたいな味が濃いのを食べたらそりゃあそうなるよなと頭を下げると、スノーはふんわりと微笑んで見せた。
「大丈夫だよ。誰かと同じものを食べられるだけでね、ぼくは十分なんだ。
うん、これも慣れればおいしいよっ」
「……そうですか。呑気なものですね」
「うん、呑気呑気。ほらスノーも一緒に食べようよ」
「仕方ないから、そうしてあげましょう」
結局スープとカップ麺を半分食べることになる。
その賑やかな食事の中、小さな違和感がずっと残り続けていた。
「え、一緒に寝ないの?」
『なんじゃと? 今から「ワクワクドキドキのお泊り会☆ぽろりもあるよ」の時間ではないのか?』
夜。俺が寝袋で寝ることを伝えると、スノーをパチクリとさせて聞いてきた。
すまんな、スノー。こんな体で同衾するのは、騙しているようで流石に気が引けるんだ。
それとシル様は一回黙ろうか。
「私はその、人が近くにいると寝られませんので」
「えー、どうしても? 密着してなくてもだめなの?」
「どうしても、です」
「むー」
不満そうに唸るスノー。
……何だかこんなやり取りも懐かしい気がするなあ。
「それなら手でも握っててあげましょうか?
お子様なスノーもそれなら安心ですよね?」
「え、いいの? その、無理してるんだったら」
「問題ありませんよ。むーーっ」
ーー昔、妹によくこうやってあげたからな。
その言葉は音を成さない。
ただそれでも何か伝わったのか、スノーは安心したように微笑んだ。
「それじゃあお願いしようかな。
ちょっと待っててね」
スノーが目を閉じるのと同時、ベッドの周囲の蔓がにょろにょろと動きベッド横の床に大きなスペースができる。
「よし、これで手を握ったままでも寝れるね」
「な、なるほど。ええ大丈夫です、全く驚いていませんとも」
それ動かせたんかいっというツッコミを飲み込み、スノーの手を取る。
ーーやはりその手に熱は感じない。
なんだかそれにモンスターの特性以外の理由がある気がして、そっと両手で包み込む。
「おやすみなさい、スノー。
その愉快な頭で呑気な夢でも見れるといいですね」
「……うん、おやすみ。マコ」
何かを言いかけた後、スノーはゆっくりと目を閉じた。
深夜。突然の尿意で目が覚め(なぜか壁に備え付けられていた)トイレに行こうとしたところでーー気付く。
俺の右手をスノーがぎゅっと掴んでいた。思いのほか力が強くて解けない。
「スノー、スノー起きてください。
私に恥をかかせるつもりですか?」
「うーん、えへへ。どこにも行っゃだめだからね、マコ」
「ちょっ」
未だ夢の住人たるスノーが何かしたのか、周囲の蔓に一気に動き始め、つま先から頭までを一気に固定されてしまう。
予想外の強度に壊すこともできず、一気に身動きできなくなる俺。手を掴まれているから「転移」も不可能だ。
……え、スノーが起きなければ朝までずっとこのまま?
『おお、これが食虫植物系美少女というやつか。
いやはやどちらかが早いか、見物じゃな』
「ちょ、ちょっとスノー。
早く起きてくださいっ。それかこれを止めてくださいっ。本気であなたのことが嫌いになりますよっ」
「えへへ……」
「ちょ、何で締め付けが強くなってーー」
……。
…………。
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