第二十二話 模擬戦
「おねがいっ」
スノーが俺の手をぎゅっと握ると、凍えるような冷気が伝わってきた。
祈るような気持ちで「転移」を発動しーー成功する。ただし横にスノーの姿はない。
やはりシル様も言うように、使用者以外を転移させるには「瞬間移動」とかいう別のスキルが必要らしい。
残念。スノーと一緒に出られれば色々と可能性もあったのに。
「駄目みたいですね。全く、使えないものです」
「ご、ごめんねー-て、今はスキルの話だよね」
「さあ、どうでしょう。自分で考えてみたらどうですか」
「もう、そうやってすぐはぐらかすっ」
「転移」で戻って早速悪態をつくも、スノーが慣れた様子で応じてくる。
……あまり気に病んだ感じではなさそうだ。
それじゃあ、と視線を奥に送る。二人で抜け出すのが無理だった場合、次にどうするかは決めていた。
「ほ、ほんとにやるの?」
「当たり前です、ほら早くしてください。
こうしている間にもアマゾンでは東京ドーム一個分の森林が切られているんですよ?」
「? ぼくたちに何の関係があるの、それ?
大体相手にならないんだったら、こんなことしなくたってー-」
「うっさいですね、天才にも準備運動ってやつが必要なんですよ。
わがまま言っているともう話してあげませんよ」
「むー」
渋々といった感じで離れていくスノー。
その姿に物凄い罪悪感に駆られそうになるも何とか耐える。ただこれもスノーのため、その一生をこの部屋で終わらせないためだ、と自分に言い聞かせて。
……ああ、分かってる。これはただのエゴだ。
それでも必死に進み続けていないと、その進み方すら忘れてしまうような、そんな気がした。スノーの性格か、あるいはこの部屋の優しい雰囲気がそうさせているかは分からないけれども。
『ふむ、ここは少しおかしな力が働いているようじゃな。
あまりに長居するようじゃと、取り込まれるぞ』
……まじか、気のせいじゃなかったのか。おっそろしい空間だな。
あ、それとシル様。スノーと話してる時でも普通に出てきてくれて良いぞ?
変に思われると思って、遠慮してただろ?
『む、しかし我のせいで二人の仲がこじれるのはのお……』
大丈夫だって。
スノーも慣れてきて、変なこと言っても流してくれるだろ。普段からクソ生意気な口調なわけだし。
『……まあ、否定はせんな。
メスガキキャラなんて現実にいたら普通にイタイやつじゃしのお』
おいシル様がやったんだろと突っ込みはおいといてー-うん、やっぱりこうじゃないと。シル様の声がないと何か落ち着かないんだよなあ。
『ほお、まるで我がいつも煩いみたいな言い方じゃな?
お主を励まそうと明るく振舞っておった、我の気遣いもしらんで』
そ、その節はどうもお世話になりましたと、頭の中で平身低頭とする。
あの時期はどっちにとっても黒歴史だよなあ。何か俺も精神が体に引っ張られていた気がするし。
『あれはあれでー-こほん。
ほれ、そろそろ始まるぞ。気を引き締めるんじゃな』
シル様の忠告通り、スノーが30mほど離れたところで振り返り杖を構える。
植物を象った柄の先に白い花の装飾が施された杖。なぜかベッドの上に置いてあった代物で、スノー曰く戦闘時の補助具とのこと。自分が使えるスキルとかも分かると言っていたし、多分俺の時と同じ何となく理解できるという奴だろう。
「もうっ、怪我しても知らないからね、マコ」
「あはっ、スノーこそ、あとで泣きついてこないでくださいね?
私の胸はそんなに安くありませんので」
にらみ合いながら、口上を交わす。
何をやろうとしているかと言えば、そう模擬戦だ。
Aランクモンスターがいる地域を抜けるのが難しい以上、ここで強くなるしか道はない。そしてスキルのレベルを上げるにはその本来を使い方、つまり戦闘で使ってあげるのが一番効率がいいのだ。色々と試したいこともあるし。
条件はほぼイーブン。お互い手の内は明かしていない。俺の「転移」がバレていたりランクで負けていたりと不利な条件はあるが、向こうはこれが初戦闘なのだ。多分なんとかなる、はず。
……うーむ、何かずっと綱渡りしてるような感覚だな。
もっと手っ取り早く最強になれる体はなかったのかよ?
『ないとは言わんが、我の好みではないからのお。
ー-何よりその方が面白いじゃろ?』
挑発するようなシル様の口調。
ああそうですかい、と嘆息しながらー-駆ける。
スノーのステータス構成的に恐らくは後衛職。対後衛職戦法の基本は一気に距離を詰めて何もさせずに倒すことだ。
即座に、無数の青色の弾があちらにより飛来する。
まるで弾幕のようなそれがー-って多いな、おいっ。
『ほお、これは「魔弾」じゃな。
上級の術師だけが使える、クールタイムなしに連発できるスキルじゃ。攻撃力はほとんどないが、その分足止め性能、衝撃を与えることに優れておる。お主の耐久なら一発で意識を持っていかれるであろうな』
どうりで、っ。
えげつない連射で追いすがってくる「魔弾」を重心移動やらスサイドステップで何とか躱して前に進む。さりとて、とうとうその一発が俺を捉えー-
「っ」
スノーの背後の地面に転移する。惜しげもなくさらされた彼女の背中。
取った、とその柄の部分で触ろうと鎌を振る。
「残念、見えてるよっ」
その言葉と共に、スノーの体を青い球体が覆う。
鎌が青い壁とぶつかりー-はじかれる。まじかっ。
『「魔素障壁」じゃな、これも上級術師の必須スキルじゃ。
その防御性能は知性を参考するゆえ、そう簡単に破れんぞ』
「これで終わりだね、マコっ」
反動に体を持っていかれる俺を、スノーが捉え遠慮なく「魔弾」を放つ。
だけどー-
「あいにくそれはもう克服してるんですよっ」
両手の袖を伸ばし、クロスさせるような形でガード。
爆風と衝撃の余波に襲われるものの、一歩後退するだけで済む。
あっぶねえ、ぶっつけ本番だけど何とかなった。
やっぱりいいな、この服。
『……我としては普通におしゃれとして使ってほしかったんじゃがのお』
「さすがにそれは予想外。でも、これはどう?」
「魔素障壁」に包まれたまま、再び「魔弾」を発動させるスノー。
ごく至近距離で放たれたそれに、言葉の意味を考える暇もなく服でガードしーー
ー-破裂する。
それもフードやらなにやら含めすべての部分が。
『あ、そうじゃ忘れておった。
その服、耐久が尽きると破ける仕様になっておるから気を付けるのじゃぞ?』
「ちょ、ま」
「ごめんねっ」
文字通り丸裸になった俺に、「魔弾」がクールタイムなしに放たれー-あまりの衝撃に意識を飛ばされた。
「だ、大丈夫?」
目を開ければ、一面真っ白の世界。そして至近距離でこちらをのぞき込むスノーの顔。後頭部に柔らかい感触がした気がして、慌てて立ち上がる。
「な、何してるんですか?」
「あ、ほら。マコが貸す胸はないとか言ってたから、その、私の膝は空いてるよーってことで……」
恥ずかしそうに声をすぼめていくスノー。
かわいいなあ、おい。とか、でもこれこっちを女の子だと思っての距離感の近さなんだよなあ、罪悪感がすごい。とか色々な感情が湧き上がってくるも、今は置いといてー-
だあー、負けた。普通に戦って、普通に負けたっ。
格上相手に調子乗ってたイタイ奴じゃねえか、俺!
『「私の胸はそんなに安くありませんので」
くぅーかっこいいのお』
う る さ い。
いやまあ半分はこの口調のせいだけど、その前に勝てると思ってたからなあ。
今が実戦じゃなくて、よかったよほんと。
「……でも、あれだね。マコ、意外と強くないんだね?」
「ぐふぅ。……ええ、いいでしょう、認めましょう。今の段階ではスノー、あなたの方が強いと。
でもそれもすぐに追い越して見せます。私は、最強を目指す女ですからね」
ぽつりとクリティカルなセリフを零したスノーに、びしりと指を突き立てる。
うむ、これは間違いなく本心だな。
「うん、いいよ。それじゃあ続けよっか。
ぼく、結構これ好きみたいだからさ」
「望むところですっ」
何故か乗り気になってくれたスノーに応じて模擬戦を続けようとしたところで、気付く。
ー-俺、下着じゃねえかっ。
え、待って。あの服本当に消えちまったの?
『半日もすれば戻ってくる。安心せい』
おお、それなら大丈夫か。
「? どうしたの、やらないの?」
「っ、いいえ。やりますよ。それくらいのハンデ、むしろ丁度いいです」
まあなくても一応模擬戦はできるか、と武器を構える。
しっかし、スノーも俺の服が急になくなったのに何も触れないのは何なんだ? 負けると服が脱げるのが普通だと思ってるとか?
『……まあ、世の中にはそういう世界があるかもしれんのお』
シル様のよく分からない声が頭に響いた。
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