第二十一話 スノーと八方塞がり



「……親も自分のことも分からない。

 あなた、何か少しでも覚えていることはないんですか?」


「うーん。あ、そうだ。

 スノー……。スノー何とかって誰かに呼ばれた気がするな」


「そう、ですか」


 スノー、雪? それともそこで区切らない別の単語?

 どちらにせよ、日本人の名前ではなさそうだ。


 ただ……少女の鼻筋とかがどことなく日本人っぽい気がするんだよなあ。

 日本人の血が入ってる外国人とモンスターとの子供とか? でも、スノー何とかが本人の名前じゃない可能性もあるし。

 うーむ分からん。得られた情報が少なすぎる。


「まあ、とりあえず今はあなたのことはスノーと呼びましょうか。

 構いませんか? それとも何か名乗りたい名前でもありますか? だったら聞いてあげないこともないですよ」


「っ、ううん、特にないよ。ぼくはスノー、スノーだ。

 よろしくね。えーと」


「私の名前は月宮 マコです。一応よろしくです、スノー」


「っ、よろしく、マコ。えへへ」


「……何だか妙に嬉しそうですね。気持ち悪いです」


 だらしない笑みを浮かべるスノーに、直球ストレートの暴言を吐いてしまう。

 やべっ、と思ったもののスノーはさらに頬を緩めてみせた。


「うん、本当に嬉しい。

 何かね、心の奥にぽっかり空いていた穴が埋まったような気がするんだ」


「……スノーは、私が来るまでは何をしたんですか?」


「うーんとね、ずっと夢を見ていた気がするな。何かは覚えていないけどね。

 あ、でも食事はとっていたと思うよ」


「……」


 スノーの、あまりに残酷な過去に言葉を失う。

 過去も自分の名前すら覚えておらず、ただ食って寝る生活を続けていた彼女。はたしてその孤独感がどれだけのものなのか、想像することすらできなかった。

 

 黙ってしまった俺に、スノーがおずおずと話しかけてくる。

 

「あの、マコはどうしてここに来たの?

 ぼくが覚えてる限り、マコが初めてのお客さんだよ」


「そうですね。何と言えばいいか……私を追う悪い変態さんたちから逃げてきたというかそんな感じです」


「そっか? 地上はロリコンだらけで大変なんだね。

 ……あのっそれじゃあさ、ここにー-」

 

「いえ、私にはやることがあるんです。

 あなたに構っている暇はありません」


 意を決した様子で何かを求めてきたスノーを、ばっさり切り捨てる。


 確かにスノーの境遇は同情に値する。出来るなら助けてあげたいとも思う。

 けれども俺の目標は夕菜との生活だ。その優先順位を変えるつもりはなかった。それくらいやらないと完全種にはなれないだろうから。


 ただーー


「まあ、暫くはここで寝泊まりしますし、全てが終わったらきっと助けに来ます。それでも構いませんか?」


「うん、うんっ。それで十分だよっ」


 泣きそうな顔から一転、満面な笑みを浮かべるスノー。


 その顔を見ると、固く結んだはずの決意が早くも揺らぎそうになる。頑張れ、俺。かわいい子の笑顔に負けるな。

 大体、今の提案(特に前半部分)は完全に善意からというわけでもないのだ。

 静岡ダンジョンではどこからか情報が洩れて探索隊を組まれてしまった。あんなことを繰り返さないためには、もっと慎重になる必要がある。

 その意味で、恐らくは誰も発見されていないだろうここを拠点に出来るのは非常にありがたい話だった。


「えへへ、最初は怖かったけど、マコは意外と優しいんだね。

 その刺々した口調を治せば、友達も沢山できると思うよ」


「余計な、お世話です」


 謎に年上風を吹かしてきたスノーに、これまた可愛くない返事を返す。

 うーん、この見た目もあって思春期でちょっと荒れちゃった系の女の子だと勘違いされてそうだな、これ。

 誤解を解こうとも思ったけど、スノーよりは年上だと言ったところで、そうだねお姉さんだねとか微笑ましい目で見られそうだ。そもそもスノーは自分の年も分からないだろうしなあ。


 意外とめんどくさい体にしてくれたものだと、小さくため息をついた。




 

 

 やばいやばいやばい。

 少しでも情報を得られないかとコンカをかざしながら部屋の端を回っていく最中、最悪な事実が判明して焦りが募っていく。


『どうしたんじゃ、そんなに慌てて』


 お、シル様だ。何か久しぶりな気がするなってそれはともかく。

 どうやらこの部屋があるの、ボス部屋の下らしいんだよっ。


『? ああ、そうか。強いモンスターに囲まれているということじゃな』

 

 そうなのだ、シル様の言葉に頷く。

 事前にここ藤枝ダンジョンについて調べていたのは、広大なジャングルが広がっていて、その中央に遺跡の形をしたボス部屋があること。またAランクダンジョンで、ボス部屋に近づくほど生息するモンスターは強くなることくらい。

 そしてどうやらこの部屋は遺跡の地下部分に隠されていたようなのだ。そこまで深くなかったので、外に転移すること自体は多分可能。


 問題なのは、この部屋から出たらいきなりAランクのモンスターに遭遇することだ。しかも俺が倒せるようなCランクモンスターが出る外縁部にいくには、かなり移動する必要がある。

 つまるところ、八方塞がりというやつだった。最悪、ここから動けない何て状況にもなりうる。


「?」


 興味深そうにコンカを見ながら横を歩いていたスノーの、どうしたのとでいいたそうな純粋な瞳に射抜かれる。

 と、とにかく出られるかも含めて外に転移してみないと分からないのだ。

 うだうだ言ってないで、やる以外に道はない。


「そ、それでは行ってきます」


「うん、いってらしゃい」


 祈るような気持ちで外に向けて転移しー-一応成功する。

 視界に広がるのは一面の鬱蒼とした木々。急いで草むらに隠れ、近くにいたモンスター、体長3メートルはあろう巨大な白いトラ(?)にコンカをかざした。


 ホワイト・クー・ジャガー(A)Lv.3

 筋力 S         

 物防 A      

 魔防 A         

 知性 A       

 器用 A        

 敏捷 S        

 運  B


 <主な使用スキル>

 瞬身

 痺牙

 飛棘

 自己回復

 強者の波動

 罠制作

 透明化


 ……だ、大丈夫。大丈夫。どんなに強くてもバレなきゃ問題ないから。


 瞬間、奴の瞳がぎょろりとこちらを捉えた。


 ガアアゥゥゥゥ


 唸るジャガー。即座に周囲の赤点が一気に集まっていく。

 

 やべっどこに転移しよう、と一瞬考えて、白い部屋に戻ることをきめる。


 洞窟型と違って、ここでは別の道に逃げるー-つまり完全に追跡を撒くことはできないのだ。出来たとして包囲の輪から抜け出すことくらい。だが、あの俊敏の高さなら簡単に追いつかれて終わりだろう。


 切り替わる視界。視界に入る白。

 たった一瞬出ただけで随分と疲れた気がして、ほっと息を吐いた。


「お、おかえり。随分早かったね。もう何かわかったの?」


「ま、まあはい。あんな奴ら相手にならないと分かりましたよ」


「おおー」


 俺の言葉に、スノーがぱちぱちと手をたたく。


 違うんだよ、相手にならないのは俺の方なんだよなあ。

 はあ、まじか。どうすっかなこれ。


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