第十五話 神は賽子を振らない
「……一斉探索、ですか?」
あの子と出会って三日ほど経った日の放課後。
柊先生に呼び出された雪乃と紗友里は、明後日から行われる一斉探索に参加しないかと誘いを受けていた。
作業用椅子に座る先生が足を組み替えて続ける。
「そうだ。私たちが出会った存在ー-協会は死神と跳躍者をかけてリーパーと名づけたらしいが、そいつの目撃例がここ三日間で急激に増えているらしい。
そこで数日間ダンジョンを閉じて、精鋭冒険者のみによる大規模な探索を行うことになった。
君たちにはそこに案内役として付いてくることを頼みたいんだ。なに、護衛はちゃんとつくから戦闘面での心配はないさ」
「はあ。話は分かりましたけれど、どうしてそれで私たちが呼ばれたんですか?
他にも目撃者はいるんですよね?」
「ああそれは、実際にその姿を見たのが私たちだけだからだな。
他の人たちはマップ上の赤い点が不自然に明滅する現象を見たに過ぎないらしい。急いで現場に向かってもモンスターの影すら見つけることができなかったと。
感知や移動系のスキルを持ってるんじゃないかと言っていたな」
先生の言葉に、突然現れ忽然と姿を消したあの子の姿を思い浮かべる。
確かにあの力があればそのくらいできるか。
「うん、いいよー。私たちだってー-」
「ちょ、ちょっと待って。
……先生、その前に聞きたいことがあります」
軽い気持ちで同意しようとした紗友里を制し、一歩前に出る。
そう自分たちに都合よく転がるはずもない。
「探索の理由は
もし見つけたらその後はどうなるんですか?」
「え? 助けてあげるんじゃないの?」
「……」
紗友里の問いに顔をゆがませる先生。
迷うように口をもごもごと動かしー-最後は大きく息を吐いた。
「万が一の可能性もある。
捕獲するにしろ、きっとロクな扱いはされないだろうな」
「えっ……まだあんなに小さい子なんだよっ!?
それをそんなー-」
「仕方ないことなんだっ。
もし情をかけて取り返しのつかないことになったらどうする?
最初期にモンスターへの攻撃を躊躇したせいで、どれだけの人間が死んだと思ってる? 後顧の憂いを断つには、やりすぎなくらいの安全策を選ぶほかないんだ」
「……せんせいはそれでいいの?
せんせいも見たでしょ、あんなに怯えてー-」
「やめなさい紗友里。
……少し考えさせてください」
詰め寄ろうとした紗友里をつかみ、先生に頭を下げる。
紗友里が言いたい事はみな分かっているのだ。分かってて、受け入れている。そうせざるを得ない過去が今まで積み上げられてきたから。
「ああ、ゆっくりと考えるといい」
去り際に残した、先生の焦燥した顔が頭を離れなかった。
「どうするゆきのん?
あの子ほかの人が怖いんだよね。それなのにあんな大勢で追い回すようなことして、しかも捕まったらろくな目に合わないって……」
「分かってるわよ、私たちが先に見つけて保護するしかないわ。
ただ問題はどうやって探し出すか、ね」
泣きそうな顔を浮かべる紗友里の頭をポンポンと叩き、今後の策を考える。
あの子について雪乃たちはほとんど何も知らないのだ。
分かっているのも恐らく迷宮人で、ずっと一人で暮らしてきただろうことくらい。あれからコンカに連絡も来なかった。
そもそも何であの子はあそこにいて、雪乃たちを助けた?
いや、感知系のスキルがあるんだったらそれくらい簡単か。そもそも本当に偶然の可能性もあるしー-ううん、このアプローチは駄目ね。絞り込めない。
「あの子、今どこにいるのかな?
寂しくて泣いたりしてないかな……」
「……そうか」
その言葉に引っかかるものがあって、紗友里に話しかける。
「ねえ、もし紗友里が人と関わりたくないと思ったらどこで暮らす?
具体的にはどこで寝泊まりする?」
「うーん、人がいないところ……森の中とか廃墟とか?
あ、でもー-」
「そう、どっちも難しいのよ」
紗友里の言葉に思い至った結論を重ねる。
オリジナルスタンピードに備え多くの準備を進めてきた人類。
その中には無人兵器の開発があった。されとてそれはマップ機能の搭載で対象を判別し攻撃可能という結果にはなったものの、モンスターの有機的な動きに対応できず、戦線を担うには十分足りえないとの判断が下された。
ただ今は別の形ー-非居住地の警備という形で活躍していた。それも対モンスターではなく、対犯罪者用に。
大量のモンスターには対応できない無人兵器たちも、少数の人間に対しては有効であったのだ。治安維持なんかに遊ばしておく人員がいない人類にとってもそれは朗報で、今や森林地域や廃墟なんかでは地上や空を無人兵器が闊歩し、鼠一匹入れやしない状態になっている。(因みに居住地での捜索などが未だ人の手によって行われているのは、大勢の人間がいる状況下での判断が無人兵器にはまだ難しいからだ)
そんな場所で暮らすなど不可能に近い。
また街の中に住もうにも、モンスターとして表示される以上いつ通報されるかも分からない。そもそも近づかれるのも駄目なほど人嫌いであるはずだ。
つまるところ、あの子にとって地上に安寧の地はないのだ。
ならばどこにいるのか? 答えは多分一つしかない。
「木を隠すなら森の中。ずっとダンジョンの中にいるのよ。
そして
人間に絶対反抗であるモンスターだけど、それは異種間でも同じこと。だからその生息地は基本的に被らないようになっている。
また基本的にモンスターは眠らないし、ここ静岡ダンジョンのモンスターは夜になると強化されて狂暴になる特性がある。
もしそこで十分な休息を取ろうと思ったら、扉で閉ざされた
「……でもダンジョンの中は長くいられないはずだよね?
人体に良くない魔素がたくさんあるから」
「そうね。だからモンスターと同じように耐性があるんだと思うわ」
「だとしてもどうやって
「分からないわ。移動系スキルで抜けるとか方法があるかもしれない」
「もしモンスターみたいに眠らなくてもよかったら?」
「さあ」
「そもそもー-」
「分かってるっ。私も分かってるわよ。これがただの推論に推論を重ねた暴論に過ぎないってことくらい。
でもね、あの子を見つけるにはこれくらいあたりを付けないと無理なのよ。あんな巨大なダンジョンを隅々まで探すなんて、私たちには無理。絶対に彼らに先を越されてしまう」
それに、と雪乃は続ける。
「それなら急に目撃情報が増えたのも納得がいくわ。私たちが知らないだけで、あの子は色んなダンジョンを渡り歩いてきて、各地で同じことが繰り返されてきたのかもしれない。だからこんなに早く対応が決まったのかもしれない」
「……でも、それだったらあたしたちの助けはいらないってこと?
一人で逃げられるってことだよね?」
「そうね。全部私たちのお節介だわ。
ただ今を逃すとあの子はここから離れてしまうかもしれない。どこかもわからない、私たちの手が届かない場所へ」
「……」
雪乃の言葉に、紗友里は考え込みー-そうして花咲くような笑みを浮かべた。
「わかった。信じる。
それじゃあ今日の夜にでも出発だねっ」
「い、いいの?
自分で言うのもなんだけど、かなりぶっとんだ推理だと思うわよ?」
「うん、大丈夫。ゆきのんがそういう目をしてる時は全部正しいんだって、あたし知ってるから。
……でもそっか、私以外にもそれだけ思える人ができたんだね」
「紗友里……」
ほんのり寂しそうな表情を浮かべる紗友里。
大丈夫よ、あなたも含めてみんな家族だから、とまあこんな風に深夜帯での探索が決まりー-
「ちょ、ちょっと敵が強すぎないっ!?
やっぱり私たちで潜るなんて無理だったんだよっ」
「さ、最初から分かってたことでしょっ。とにかく今は撃ち続けなさいっ。
本当に死ぬわよっ」
「ゆ、ゆきのんのおにー。あくまー。高学年までおねしょしてたー」
「ちょっ今それ関係ないでしょっ!?」
超強化されたゴブリンたちに追い回されながら(しかも倒したところで得られる経験値は同じだから、本当にうまみがない)何とか上層の
ようやくあの子を見つけたのだった。
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