第十四話 依存と負い目



 切り替わる視界。間抜けに晒されたスケルトン・エミネントの背中。

 両手に持った鎌をその首に向けて振り下ろし――弾かれる。


 青みが増し強度が上がったその体。「硬化」のスキルだ。ただー-


「お見通しですっ」


 エミネントの使用スキルは「硬化」「影渡り」「眷属召喚」の三つ。数体のスケルトンを呼び出す「眷属召喚」は別として、前者二つはどちらも俺の一撃離脱ヒット&アウェイの戦闘スタイルとは相性が悪い。

 だからこうして初撃は普通の攻撃で相手の出方を見ているのだ。


 間髪入れず「絶命の一撃」を発動させ、もう一度振り下ろす。


 首を斬られ、霧となって消えるエミネント。

 即座に後方より残り三体が突き出した手が迫る。


「そんなざこい攻撃、効きませんよっ」


 勢いのまま空中で体を半回転させて、鎌を振り上げる。

 ガキン、と奴らの腕を跳ね返していくもー-最後の一体のところで止まる。


 やべっ、こいつも「硬化」持ちかっ。


 反動で下に持っていかれる腕。

 慌てて回避行動をとろうとするが時すでに遅し。

 強力な威力を持ったそれが脇腹を突く。


「っー-」


 体が大きく吹き飛び、地面と衝突する。

 出来るだけ衝撃を殺すため、地面をごろごろと横に転がる。

 シル様がくれた、というか最初から着ていたこのTシャツは俺の防具やらを飲み込んで出来たものらしく、そこそこの防御性を誇るのだ。


 壁にぶつかり止まる体。急いで立ち上がり、鎌をエミネントに向けて構える。

 体中が痛みで悲鳴を上げていた。ただそれでも戦えないわけじゃない。


『一度引いた方がよいのではないか?

 丁度転移も貯まっておるしの』


「っ……分かった」


 俺には時間がないんだ。そう否定しようとして、やめる。

 ここで無理に急いで死んでしまったら元も子もない。まだ夕菜には大した額もあげられていないのだから。


 クールタイムが終わった「転移」で横の道に移動し、壁に倒れこむ。

 ついで治療用ポーションを胸ポケットから取り出して自身に振りかけた。

 そう、胸ポケットからだ。どうやら時空鞄アイテムボックスの効能がここに出たようで、その中には色々と物を詰め込める不思議空間が広がっていたのだ。

 シル様はどらえ〇んがなんちゃらと言っていた。四〇元ポケットとは一体……?


 まあともかく、今はレベルが上がったか確認してみるか。

 空になったポーションの瓶をポケットに戻し、今度はコンカを呼び出す。


 月宮 マコ(C) Lv.8  死神 Lv.1    

 筋力 C          

 物防 D(↑)    

 魔防 D       

 知性 D        

 器用 B         

 敏捷 B         

 運  C   

  

 <スキル>

 攻撃系 

  絶命の一撃 Lv.1

 防御系 

  なし

 補助系 

  転移 Lv.2(↑)          

 加護系 

  冥王の寵愛 Lv._


 表示されたのは戦闘前と同じ画面。残念、と大きく息を吐く。


 この三日間で物防がDに。「転移」もレベルが上がり、飛距離が10mに伸びた。

 ただそれでも今のように、複数体のCランクモンスターとやりあうには物足りないという感じだった。

 

 とはいえ経験値減退が入るから(相手と自分のステータスに差があると得られる経験値が大きく減少する)それより下の相手ー-スケルトンやヴェノムアントを倒してももうレベルはほとんど上がらないし、一体で活動する相手だけを狙うのは効率が悪い。

 また他のダンジョンも最短で付近20mの所にしかない。シル様曰く転移のレベルが3に上がれば可能とのことだが、それ目的だけで戦うのも微妙だ。


 問題はこちらの持てる手札が「転移」と「絶命の一撃」しかないこと。

 そのせいで両方使いきると一気にやれることが少なくなる。

 Gから上げてきた人ならもっと色んなスキルを持ってるのが普通なのだ。ここで最初から高ランクだった弊害が出てきていた。

 

 うーん。もっと耐久が高ければ一度攻撃を受けて反撃っていう手も取れるんだけど……。


『お主はもう少し自分の体を労わった方がよいぞ。

 その体は我が作った最高傑作なのじゃ、簡単に壊されては困る』


 分かってるって。だからさっきもシル様の意見を尊重したわけだし。

 お、治療も丁度終わったみたいだ。と戦闘に戻ろうとしたところでシル様の声に制される。


『じゃからっ……分かった。お主がそういうなら我にも考えがある。

 お主に女の子としての喜びを教えてやろう』


「おおー」


『信じておらんな? まあいいわ、今に感服することになるからの。

 お主が今身に着けて居るTシャツ、実は変身機能があるんじゃよ。

 何か好きな服を思い浮かべてみるといい。あ、ただし変えられるのは上着だけじゃ。靴や帽子などの装飾品や下着類は出せん』


 え、まじか、先に言ってほしかったー-とも思ったけど、別に上着は買ってないから大丈夫か。

 それじゃあ試しにいつものー-


「おおー」


 黒い繊維がぐにゃぐにゃと蠢き、形を変えていく。

 数秒の後、現れたのは防弾チョッキやらの防具を付けた冒険者スタイル。

 うん、これが一番落ち着くな。


『ちがーう、我が見たいのはもっと女の子っぽい服じゃ』


 何故か不満そうに声を荒げるシル様。

 お、女の子っぽい恰好……ワンピースとかか?

 

『うむ、まあ及第点じゃな。やってみると良い』


 ワンピースワンピース……どういうのだったか?

 確か上と下が合体した奴で、下が広がっていてーー


『ってこれ、家庭科の授業で作ったドラゴンエプロンじゃろっ。しかも裸ー-いや下着を着とるから下着エプロン? と、ともかくなんかえらいことになっておるって。

 ……普通の男児はこんなものなのか? いやでもお主には妹がおるじゃろ。彼女は普段は何を着ていたんじゃ?』


 なかなか鋭いツッコミだ。

 

 とそれはいいとして、お金がないとかで俺のお古を着てたんだよ。

 いや実際そこまで困窮してたわけじゃないんだぞ? ただ何故か服に関しては節制をこだわっててさ、俺が昨日着ていた服を夕菜が朝着ていたりとかもあったな。

 

『……』


 何故か黙ってしまうシル様。

 そんなにやばいのか、これ? 夕菜は兄弟なら普通の事ですとか言ってたぞ?


『まあ、家族の形は人それぞれじゃからな。うむ。

 ともかく、お主は一度ネットで女子がどんな服を着ておるか見てみると良い。ほれ、善は急げじゃぞ』


 えー。……まあシル様が言うなら仕方ないか。


『嫌じゃろうがこれもTSっ娘の定めー-え、よいのか?』


 ほら、これから月宮マコー-女の子としていく必要があるわけだろ?

 だったら少しは女の子っぽい恰好もした方がいいさ。

 

『っ……そうじゃなあ、まず調べるのはー-』


 何かを誤魔化すように勢いよく話始めるシル様。

 それをわりと真面目に聞きながら地上への道を歩いた。

 





 夜。地上付近の安全地帯セーフポイントにて。

 突然の尿意に起こされ、そこに設置された簡易トイレ(当然男用だ)に入る。

 どうやらこの体は人間とほぼ同じに作られたらしく、食事や睡眠も必要だし諸々の生理現象も起こるとのことだった。


 最初のころはどうやって出てるんだとか色々気になっていたけれど、今や慣れたもの。下着を脱いで洋式便所に腰掛ける。


 ちょろちょろと流れていくそれ。

 何とも言えない感覚に襲われながら、ふと気になったことを聞いてみる。


 そういえば、シル様ってどういう状態なんだ?

 ほら、口に出さなくても話せるわけだろ。俺の思考とか感覚を共有してる感じ?


『……思考も感覚もお主が伝えようと思わなければ分からんよ。

 まあ今は寝起きゆえか色々と垂れ流しになっておるがの』


 え? ……ってことは今シル様はー-

 

「シル様のざーこ、へんたーい」


『ちょっ、元はお主のせいじゃからな!?

 っというかわざとやっとるじゃろ、それっ』


 

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