第十三話 裏側の世界



 冥府の神シルにとってそれ・・は戯れに過ぎなかった。


 地上に降りたのも、彼を使徒に選んだのも全ては好奇心を満たすため。

 例えそれが一人の人生を歪めることになろうと、別に構わないとも思っていた。他の神たちは好き勝手に世界を人を作り変えてきたのだ。どうしてそれで、たった一人の人間に干渉しただけのシルを責められようか。


 ただ望月真が、自身の境遇を引き起こした張本人たるシルを呪うことすらせず、はてには別人として生きるなどという結論に行きつくのを見て、認識を改めざるを得なかった。


 どうやって望月夕菜と一緒に暮らすかという問題。

 望月真はああも思い詰めていたが、それを解決するにはもっと簡単な方法がある。


 ー-それによって起こる弊害を許容してしまえばいいのだ。

 力づくで、あるいは謀略によってその全てを叩き潰してしまえばいい。

 恐らくあの妹なら喜んで付いていくであろうし、楽天家に思えた彼ならそうすると踏んでいた。


 だが彼はそれを選ばなかった。自身の望みよりも、起こるかもしれない未来を憂慮して自分自身を殺してみせた。

 それもたった齢17歳の少年が、だ。


 どこまで歪なのか。

 元からそう言う性格なのかー-あるいは世界・・がそうさせたのか。



 人間世界の現状はよく知っていた。

 それはもう奴にペラペラとしゃべって聞かされたから。


 事が起こったのは13年前。

 突如、東京やニューヨーク、上海などの世界各地の大都市36ヵ所にダンジョン、通称オリジナルダンジョンが出現した。

 既存世界を飲み込むようにして生まれたそれはその顕現だけでそこで暮らして住人を全滅せしめ、さらに数多の完全種を野に放った。


 完全種。地上を移動して各地に根付き、新たなダンジョンへを変化するいわばダンジョン側の工兵。

 完全種の放出は同時に無数のモンスターの氾濫も起こることから魔物暴走スタンピードと呼ばれ、特にオリジナルダンジョンより起こった先述のそれはオリジナルスタンピードと呼ばれている。


 こうした一連の災害で人類は、あまりに膨大な被害を被った。

 30億にも及んだ死者行方不明者。各種インフラの崩壊。

 前者についていえば、当時の世界人口の約3分の1にも当たる数値だ。しかもその中には仕事を求めて都市部に来ていた働き盛りの年代の人間が多くいた。


 既存の社会を維持するに困難なほどまで減少した人口。各地に散らばった化け物の巣窟。

 突如として人類は存続の危機に陥った。


 されとて人類もただ手をこまねいていたわけではなかった。

 既存のダンジョンの管理、及び次なるオリジナルスタンピードの発生に備え、魔石やモンスターの素材を利用した技術革新、軍事拡張を急ピッチで進めていった。

 数年後にはスタンピード(ただしオリジナルではないという制限付きで)の部分的な制御に成功してみせるほどに。


 しかし今度はまた別の問題に直面することになる。

 ー-労働力不足だ。

 ダンジョン産の技術の活用するには、大量の魔石の供給が必要不可欠だったのだ。


 年代別人口の中央にぽっかりと穴。

 その穴は失職者や退職者をどれだけ利用しようと埋められるものではなかった。

 そもそもの人口が社会を維持するのに不足しているのだ。どこの業界からとってきても共食い整備にしかならない。

 いくら政策を変えようと、急に労働人口を増やすことなんてできやしない。

 さりとてオリジナルスタンピードに対抗するにはまだまだ軍事力が足りない。


 八方塞がりの状況の中、各国政府はどうしたか?


 そう。あろうことかその下ー-15歳未満の子供を使うことを決めたのだ。


 義務教育を短縮し、魔石を掘り出す奴隷を生み出すための学校が設立された。

 子育て世帯生活支援特別給付金などの貧困層や親がいない子供への各種支援を絞り・・、冒険者を志願する子供がいる家庭に多くお金が流れるようにした。


 親には給付金という飴を、子供には冒険・・者という夢を。

 そもそも配偶者やまともな職を失っていた人が多かったために、その制度は広く利用されることになった。

 

 並行して進められたのが、強力な情報統制・娯楽規制だ。

 コンカなどというスマホのまがい物が流行った理由がそれだ。

 都合の悪い情報ー-昔の裕福な生活ないしはそれを想起させるような創作物を隠したい政府にとって、あらゆるサイトにアクセスしうるスマホは不都合だったのだ。

 だから復旧を名目に既存の通信基地を解体し、全く別の規格に基づく新しい情報ネットワークとそれに対応した情報機器、コンカを生み出した。

 同時に冒険者の輝かしい日常や危機的状況で神が助けてくれるといったご都合主義的を描いた作品をクリエイターたちに書かせた。(最も彼の様子を見る限り、これはあまり効果的ではなかったようだが)


 その結果完成したのが、当たり前のように死が身近な場所で働く子供たち。

 望月真もまた状況に不満を持つこそすれ、状況それ自体に疑問に持つことはなかった。もしスマホがあれば、これはおかしなことだと分かっただろうに。

 

 勿論当時を知る人間はまだたくさん生き残っている。かつての名残全てがたった十数年で完全になくなることはない。

 ただそれでも誰もがそれなしでは社会を維持できないことを理解し、口を噤んだ。


 社会を維持するために子供を犠牲にした世界。

 どこまでも歪で、どこまで狂った世界。


「…っ」


 テントの中で望月真が声にならない嗚咽を漏らす。

 あれからずっと泣いていたのだ、涙も声も枯れよう。


 ただの、戯れに過ぎないはずだった。

 

 人の人生など腐るほど見てきたのだ。その楽も苦も知っているつもりだった。

 ただ書物でも見たような面白おかしい物語が見れればそれでよかったのに。


 なのにどうしてここまで心を動かされているのか。

 初めて人の体に身を宿し、荒れ狂う激情をその身に浴びているからだろうか。


 あるいは――こんなに不自由だからだろうか。

 召使いもいなければ、己が居場所を決めることもできない。当直を外され、ずっと冥府ミクトランの自室に閉じ込められてきた自身と重ねているのか。


 先の解決方法を教えることもできない。

 望月真の体を作り変えたのは他でもないシルなのだ。どうしてさらに茨の道に進めるようなことをいえようか。


 ただの、戯れだったはずだ。


 ただそれでもー-

 彼の未来に幸があらんことを。そう願わずにはいられなかった。


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