第十二話 奇跡なんて



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 【まえがき】

 ここからしばらく(第十五話まで)鬱展開が続きます。

 苦手な方はご注意を。

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 三人組の姿がマップから消えたのを確認して、大きく息を吐く。


 マップの中央に映るのは赤い点――つまりは自分だ。

 そうだよな、冒険者ならコンカで色々と確認するよな。


 いやあ……どうするよ、これ。


 多分モンスターだとバレたよな?

 最悪、新種のモンスターってことで討伐隊とかを組まれる可能もあるぞ?


『す、すまぬ。我もまだ地上の常識に慣れていなくてな。

 モンスター化にそんな弊害があるとはの、気付かなんだ……』


 俺のボヤキに、声をしょんぼりさせるシル様。


 あ、いやシル様を責めたかったわけじゃないんだ。ただこれからどうしようかって思っただけで……。


 つらつらと出てくる言い訳。

 これではだめだ、と何とか気持ちを切り替える。


 まあ、バレちゃったもんは仕方ない。

 色々と情報が回る前に完全種になれればいいんだ。最初から急いで攻略する予定だったんだし、何も変わらないさ。


『……しかし、完全種になった後はどうする? 

 前もいったが、完全種になろうとその姿ー-モンスターの体は変わらん。

 たとえお主の妹が受け入れてくれようと、世間がどうかは分からんぞ?』


 あー……そうか。

 マップ機能はダンジョンの中で使うのが普通とはいえ外で使う人もいるし、警察が犯人捜査などで使用することもある。

 ひょんなことからモンスターであることがバレてしまうかもしれない。なにせこの体は正真正銘のモンスターなのだから。


 その時、例え全てを打ち明けたとして、果たして俺は自由にいられるだろうか?


 多分、それは難しいだろう。

 モンスターによる災害で何億もの人間が死んだ社会だ。

 夕菜以外の、何のかかわりもない大多数の人間が信じるはずもない。モンスター側の新しい策略だと考えるのが自然だろう。万が一信じてくれたとしても、それじゃあ大丈夫ですねとあっさり解放されるとは思えない。 

 良くて監視付きの生活、悪くて処刑コースだ。

 

 俺だけが被害を受けるなら、まだいい。

 ただもしその矛先が夕菜に向けられてしまったら、例えばモンスター娘の妹だと広まって誹謗中傷を受けたり、あるいは誰かに逆恨みされて殺されてしまったらー-。


 ……ああ、だからシル様はあんなに申し訳なさそうにしていたのか。

 もう俺は普通には生きられないと分かったから。


「少し、考えさせて」


『……うむ、存分に悩むといい。

 まだ夜は長いのじゃから』


 





「……大丈夫そう」

 

『そうじゃの。

 ヴェノムアントの毒にやられていただけのようじゃ』


 三人が無事に上層に上がったのをコンカで確認して、来た道を戻る。


 あの時やられていたとは思えないほど彼らの帰路はスムーズだった。神様の言う通り、ミスか何かで解毒用ポーションがなかったのだろう。

 ……これなら、距離を取りながらついて行くなんて面倒なことする必要なかったな。

 

 安堵半分徒労感半分で歩いていると、安全地帯セーフポイントに続く道の端の方に小さな紙が落ちているのを見つけた。

 さっきはなかったはずだと拾い上げてみる。


 そこには数字の羅列ー-誰かの電話番号が書きなぐられていた。

 多分、味方はたくさんいるみたいなことを言ってくれたあの子のだ。


 ……結局あれは何だったんだ? モンスターか聞いてきたのは最後だったし、神様のことを知っていたわけじゃないよな?


『ああ、それはお主を孤児だと勘違いしたんじゃろうな。

 ほれお主の恰好がそんな恰好をしておるから』


 あー……なるほど。だから連絡先を書いた紙をくれた、と。

 ……良い子じゃないか。


 ー-良かったら一緒に来ない?


 あの子の言葉が蘇る。

 俺だって出来るならそうしたい。例え姿が変わってもスキルだ何だと言い訳すれば、普通の日常を戻れると思っていた。


 だがー-それはありえない。


 人間とモンスターの道は決して交わらない。

 彼女らが帰った道を、こうして俺が戻っていくように。


 ……どうするかな、こっから。


 何度も繰り返した自問自答。

 どれだけ頭を巡らせようと、結局夕菜と穏便に暮らせる方法は思いつかなかった。

 マップなどを隠蔽できるようなスキルが生えてくるのであれば話は別かもしれないが、神様もそんなスキルは知らないと言っていた。万が一の可能性はあるかもしれない、と淡い希望を抱くくらいのが関の山だろう。



 あるいは夕菜が同じ体だったらー-


 ……待て、俺は今何を考えていた。


 夕菜を、大切なはずの妹を、殺そうとしてなかったか?

 それは絶対にありえないことだ。あっちゃいけないことだ。 


 ー-まさか心まで・・・モンスターになってる?


「ちがうっ、私はー-っ」

 

 続く言葉は、音を成さない。

 俺の本当の名前が、その口から紡がれることはない。


 ただー-今思えば、この制約があってよかったのかもしれない。

 もしあの時夕菜に真実を打ち明けて一緒に帰っていたら、色々な騒動に巻き込まれることになった。

 夕菜は優しいから、きっとこんな俺の味方をしてくれてー-。

 

『っ……』


 小さく息をのむシル様。 

 ぽたりぽたりと紙を濡らす、二つの雫。


 ……ああ、俺は泣いているのか。

 いつぶりだろう。よく思い出せない。


 ただそれを見ていると、なんだか心が落ち着くの感じた。


 結局のところ、死の淵から救われてハッピーエンドとそんな簡単になりはしないのだ。代償のない奇跡はありえない。

 



 決めたよ、シル様。

 俺は月宮マコとして生きる。ダンジョンで生まれた、モンスターとして。


 夕菜に送金していたのは……そうだ、望月真をうっかり殺してしまって罪悪感に駆られたとかにすればいい。コンカが使われるのはまあ、モンスターならそういうスキルが使えるってことで納得してもらえるだろ。

 これで夕菜は容疑者の家族から被害者の家族に様変わり。同情されこそすれ、恨まれることはないだろう。


 最強種になるのは夕菜に直接真実・・を伝えに行きたいため……いや違うな。

 俺が夕菜に会いたいんだ、最後に。

 きっとその頃には夕菜が遊んで暮らせるだけの額を稼いでるだろうから、そこで別れても大丈夫だ。

 その後は別人として自由に生きればいい。

 半年後という目標もまあ、出来るだけ早く伝えた方がいいという意味で悪くない。


 目標は変わらない、目的が変わるだけ。

 だから大丈夫、こうして今ここにいられるだけで十分幸せなのだから。


『……そうか』


 多分本音は違うのだろう。それでもシル様の肯定する声が頭に響いた。


 

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