第十一話 迷宮人
戦闘も終盤。
少女がまた一体と倒し、敗戦を悟ったヴェノムアントたちが蜘蛛の子を散らすように一斉に去っていく。
あとに残されたのは雪乃たち三人と、何とも知れぬ少女一人。
お礼を言うべき場面なのに誰も口を開こうとしない。
張り詰めた空気が雪乃たちを包む。
「……あの、ヴェノムアントの魔石は私が貰ってもいいですよね?
皆さんは見ていただけですし」
「あ、ああ。勿論構わない、どうぞ持っていってくれ」
沈黙を破ったのは少女の方だった。
偉そうに(実際偉いのだけど)そんなことを聞いてきて、先生が毒気を抜かれたようにあたふたと答える。
ー-そうだ。この子こういう性格だったっ。
雪乃たちの動揺を気にすることなく、さっさと魔石の回収を始める少女。
それもずっと背中を向けた状態のままー-いや、ほんとに器用ね。そこまでして視界に入れたくないの?
「まあ……危ない子では、ないのかな?」
「そう、ね。
敵意があったら私たちなんて一瞬で殺せるでしょうし」
明らかに困惑した様子の紗友里に、これまた戸惑いながら言葉を返す。
実際あれだけの力がありながら何もしてこないということは、少なくとも敵対の意思はないのだろう。
それが親愛ゆえか、ただの無関心なのかは分からないけど。
「先生はどう思います……先生?」
返事がないので先生の方を見れば、ダラダラと冷や汗を流しながらまさか、いや。とかそんなを呟いていた。
何か知っているのだろうか?
「残りはあげます。心優しい私に感謝してくださいね。
それではさようなら」
「あ、ちょっと待って」
「……何ですか? 私、見ての通り忙しいんですけど?」
紗友里が呼びかけられて動きを止める少女。
相変わらずの口調だが、対話の意思はあるらしい。
さあ、どうなるか。
「まずは助けてくれてありがとう。
あなた、すごく強いんだね。おねーちゃんびっくりしちゃった」
「いえいえ気にしないでください。
私は皆さんと違って、特別な存在なんですから」
「っ、そうなんだ。
ねえ、何で一人でいるの? お父さんとお母さんはどこ?」
「かー-っ。さー-っ。……さあ、私にもよく分かりません」
「わ、わからないって……」
少女は言葉を詰まらせながら、自嘲気味に笑う。
その返答に紗友里が顔を歪ませた。
多分、紗友里も雪乃の同じ結論に行きついているのだ。
Tシャツ一枚というみすぼらしい恰好、親が分からないという発言。
モンスターとして表示されているという点を除けば、それから導きだされる答えは一つ。
この子はきっと孤児ー-親に捨てられた子供なのだ。
それでずっと一人で生きてきたから、あんなに強くなった。なってしまった。
「あ、あのねっ。世の中にはあなたみたいなー-」
「ー-近づかないでくださいっ」
それは悲鳴のような声だった。張り詰められた声だった。
近づこうとした紗友里が動きを止め、泣きそうな顔をする。
……今、一切後ろを見ずにこちらの動きを悟っていた。
何かのスキルかー-あるいはそれだけ気配に敏感にならざるを得なかったのか。
「ご、ごめんね。でも私、あなたのことを思って言ってるんだ。
怖いかもしれないけど大丈夫。あなたの味方は世の中にたくさんいるんだよ。
勿論私も守るからさ……良かったら一緒に来ない?」
「……無理、ですよ。そういう体ですから」
「え?」
しばしの沈黙の後、寂しそうにぽつりと零れ落ちるそれ。
どういうこと?
雪乃たちがその意味を飲み込む前に、少女は口調を元に戻して続ける。
「もういいですか? 私、忙しいんです」
「う、うん。ごめんね。ほんとにありがとう」
「ー-待ってくれっ」
「……何ですか、まだあるんですか?
暇なんです? 何でそんなに私に関わろうとするんです?」
不満そうにあるいは苦しそうな様子で、柊先生に応じる少女。
先生はごくりとつばを飲み込むとその疑問を口にした。
「君は、モンスターなのか?」
「っ」
硬直する空気。
次に少女が見せたのはー-狼狽だった。
「……そ、そんなことあるわけないじゃないですかっ。
私は普通の可愛い女の子ですよ、顔見て分からないですか?
ということでさようならっ」
嵐のような言葉を残して、少女の姿が掻き消える。
その顔が分からないのよというツッコミはともかくー-その反応が答えを雄弁に語っている気がした。
でも、どういうこと? モンスターは人間に絶対反抗なんじゃないの?
意思を持っているから特別ってこと?
「……聞いたことがある。
モンスターと人間は交わることができて、両方の特性を持ったその子供たちー-
迷信だと思っていたが、まさか彼女が……?」
「迷宮人……」
そっか、そういう可能性もあるのか。
迷宮人。モンスターと人間の混血。その姿は何処かの冒険者のように頭に角が生えていたり、あるいは体の構造が違かったりするんだろうか。
もしそんな異形の子供がいて少女がそうなのであれば、母親に捨てられた理由も納得だ。モンスターに孕まされた子供なんて、誰も育てようとしないだろう。
そうしてー-そうだ。最初から一人だったんじゃない。
かつては児童養護施設にいたのだ。
けれどそこで外見が理由でいじめられてしまった。だからあんなに怯えていた。
頑なに顔を見せようとしなかったのは、あるいはその特性が顔に現れていたのかもしれない。あの刺々しい台詞回しも己が身を守るためだと思えば理解できる。
私は皆さんと違って、特別な存在なんですから
……さあ、私にもよく分かりません
ー-近づかないでくださいっ
……無理、ですよ。そういう体ですから
何でそんなに私に関わろうとするんです?
……そ、そんなことあるわけないじゃないですかっ
私は普通の可愛い女の子ですよ、顔見て分からないですか?
ということでさようならっ
繋がっていく。
少女の言動、その全てが。
「……私、許せない。あんな小さい子に酷いことをした子供たちも、見て見ぬふりをした大人も。
だからー-探そう。このままじゃ絶対に良くないよ」
「……そうね。
もう一度会って説得してそれでも施設とかがダメなら……一緒に暮らすのも悪くないかもしれない」
そんな未来の展望を話していると、脳内に一つの情景が浮かび上がった。
そこは一面の花畑だった。
ゴブリン顔の少女が、はにかみながら花冠をこちらに差し出してくる。
いっぱいひどいこといっちゃってごめんね、だいすきだよ。
あ、さゆりおねえちゃんもどうぞ。
「……ゆ、ゆきのん?
幼馴染の私でも見たことない顔をしてるよ?」
「? な、なんでもないわ」
いやいやいや。なんだ、今のは。さすがにお母さんはないでしょ、お母さんは。大体何でさゆりはお姉さんって呼ばれてー-あ。
まあ、でも……そういうことなら、うん。
「紗友里。あの子を探すの、一緒に頑張りましょうね」
「? ……なーんか、いつもとニュアンスが違うような?
ま、いっか。がんばろーっ」
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