第十話 誤算



 その日は、中等部三年「手柴 雪乃」にとって間違いなく厄日だった。


 幼馴染でパーティメンバーの「比護 紗友里さゆり」が遅刻してダンジョン実習を最後に回されただけでなく、昼頃にトラブルがあったとかで予定が後ろにずれこみ、雪乃たちが潜るころにはもう上層のモンスターは狩りつくされていた。 

 そのせいで中層に足を延ばさざるをえなくなり、しかもそこであろうことか紗友里は迷ってしまった。

 

 確かに細心の注意を払っていなかった引率の柊先生にも問題はあるのかもしれない。ただ朝からずっと働いて疲れていただろうし、何よりほぼ一本道の道で迷うなんて誰も思わない。

 ……ほんと、方向音痴にもほどがあるでしょっ。


 ともかくそれで先生が一人で捜索に向かう流れになり、雪乃もついて行くことにした。決して善意からではない、幼馴染の責任を取らなければと思ったからだ。


 捜索自体はすんなりと終わった。離脱からそこまで経っていなかったし、間違えた可能性がある分かれ道はそう多くなかった。

 問題は紗友里がいた場所が中層部の奥の方で、大量のヴェノムアントに囲まれていたことだ。


 ヴェノムアント、群れ単位で行動するアリ型のDランクモンスター。

 正攻法で戦う敵なら、Cランク冒険者である先生に勝てるはずもない。だが厄介なことにそいつはその名の通りヴェノムを持っているのだ。それもステータスを一時的に低下させる厄介な毒を。

 毒を治せるのは解毒用の魔法かポーションのみ。しかして、三人の中に治癒士ヒーラーはおらず、唯一解毒用ポーションが入っていた先生の時空鞄アイテムボックスは紗友里を助けている最中に壊れてしまった。


 かくして柊先生ー-三人の中で唯一の前衛は、ステータスが低下し続ける中でモンスターの攻撃を一手に引き受けながら進まなければいけなくなった。


 今がもっと早い時間で周りに冒険者がいれば、あるいは他に前衛がいれば結果は違ったかもしれない。

 だけど現実は非情で、雪乃たちは解毒薬が用意された安全地帯セーフポイントに届く直前でどうにもならなくなり、もはやこれまでかと思ったその時ー-




「ここは私が引き受けるので、ざこのあなたたちは下がって治療でもしてたらどうですか?」



 声が聞こえた。鈴が鳴るような綺麗な声が。


 気付けば、雪乃たちとモンスターの間に誰かが立っていた。

 堂々とした様子でこちらに背を向けるその人はー-


「え、何で女の子がっ!?」 


 紗友里が驚嘆を上げる。 


 そう。真っ黒な服を着た小さな女の子だった。漆黒のフードを被り、自身の身長をも超える巨大な鎌を構えている。


 ……いや、あのくらい年なら男の子かも分からないか。

 ともかくそれはあまりにおかしい光景だった。


 なにせダンジョンに入ることが許されるのは最低でも中学生、12歳からなのだ。

 どうみても目の前の子が小学校を卒業しているとは思えない。あって10歳くらいだろう。


 危ない、早く逃げてっ。

 そう叫ぼうとしたのもつかの間、その子は一体のヴェノムアントに斬りかかってしまう。すかさずアントたちが嚙みつかんと一斉に群がる。


 戦闘が始まってしまった。


「っ」


 凄惨な光景を想像して思わず目を背ける。

 冒険者志望の子供が親の武器を狩りて無断で入ってきてしまったのだ、とそう思っていた。


 けれどいつまで経っても子供の悲鳴は聞こえてこない。

 聞こえるのはただ、ざしゅざしゅという何かを斬りつける音だけ。


「……あの子っ、とんでもなく強いな。何者だ……?」


 先生の苦しそうな言葉を聞いて、恐る恐る前に向く。


 ー-小さな死神が、敵を蹂躙していた。


 自身の半身以上はあろうアントたちの攻撃を軽々と躱し、そのまま鎌を振り下ろしてその命を刈り取る。


 時には壁を、時にはアントを踏みつけて。

 蝶が飛ぶようにひらひらと。

 近づき、離れて、敵の命を散らしていく。


 後に積み上げられるはその亡骸ー-無数の魔石のみ。


「私たち、ほんとにざこだね。

 あんな小さい子が頑張ってるのに助けることもできないや」


「……そうね。あの子の言う通り、先生の治療をしましょうか」


「すまない、頼む」


 雪乃たちが後ろから攻撃しても同士討ちフレンドリーファイアになり兼ねない。

 腰の時空鞄アイテムボックスから治療用ポーションを取り出し、すぐそばに倒れる先生に振りかける。

 

 淡い緑色に発光する先生の体。緩やかにその身に刻まれた(毒を除く)傷が回復していく。

 ポーションの効果を十分に発揮するには、こうして安静な状態で暫く待つ必要があるのだ。あの子がいなければ本当に危なかった。


 ……ただ一つ気になるのは服の胸元を左手で引っ張っていることだ。

 そのせいで右手だけで重そうに鎌を振るっているし、ただでさえブカブカだったTシャツが捲り上げられ、つるつるのっー-!?


「せんせい、見ちゃだめ」


「うおっ!?」


 とっさに紗友里が先生の顔を両手でふさぐ。


 ナイス、紗友里。

 例え子供であろと、乙女・・の大事な部分を軽々と異性にみせるべきじゃない。


 ……いや、ほんとなんで何も履いてないのよ。

 よく見れば靴も履いてないし、一体どういう子なの、この子は……?

 

 あ、そうだ。ステータスを見れば何かわかるかも。

 そんな何気ない考えでコンカをかざしー-そこに表示された文字列に思わず声を漏らした。


「え……?」



 エラー:データベースに存在しないモンスターです。

    以下に暫定のステータスを表示します。


 名称不明(C) Lv.3    

 筋力 C          

 物防 E       

 魔防 D     

 知性 D        

 器用 B         

 敏捷 B         

 運  C   


 <主な使用スキル>

 不明


「なに、これ」

 

 目の前の少女は間違いなく人間のはずだ。

 なのにどうしてこんな、モンスター・・・・・みたいな表示が出るんだろう? 

 それとも、ただの不具合?

 

「ね、ねえ。ゆきのん、あの子何かおかしいよ。ほら、そこ……」


 のぞき込んできた紗友里が指さしたのは右上のマップ表示。

 安全地帯セーフポイント近くに青い三点。これは雪乃たちだ。そしてそこにつながる通路には赤い点が蠢めいている。これもモンスターのー-いや、おかしい。

 今この近くにある青い点は三つだけ。少女の分は、ない。



 何であの子は赤い点ー-モンスターとして表示されているの?



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