第十六話 どんな姿でも

 


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 【まえがき】

 長らく(?)お待たせしました。

 救済回です。

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 安全地帯セーフポイントの端でポツンと点灯する赤。

 それが差し示す一張りのテントの前に雪乃と紗友里はいた。大きく唾を飲み込み、紗友里がゆっくりとファスナーを開ける。

 

「か、かわいいっ」


「そうね。……なんだ、普通の女の子じゃない」


 その中で寝ていたのはやはり10歳くらいの女の子だった。

 ただその顔にモンスターらしき特徴はなかった。しいて人と違う部分をあげるなら髪が白いくらい。

 あとはそう、目尻が赤くなっていたー-まるで泣いていたかのように。


「やっぱり……でもどうしてゴスロリを着ているのかしら?」


「さ、さあ? 好きなのかな?」


 雪乃の困惑に、紗友里がこれまた困惑を返してくる。

 なぜかあの時と違ってなぜかひらひらしたゴシックロリータゴスロリ衣装を着ていたのだ。

 一瞬違う子ではとも思ったけど、背丈や体型からして多分あの子に間違いない。モンスターとして表示される少女がそう何人もいてたまるかという気もするし。


「それでどうしよう?

 何かやってから声をかけた方がいいかな?」


「そうね……」


 瞬間移動系のスキルへの対策も一応あることにはある。

 ただそれは結界で封じ込めたり(この方法は少なくとも雪乃たちには無理だ)、あるいはどこかに縛り付けてしまったりという、人嫌いな少女相手にはあまりやりたくない方法だった。


「直球勝負よ、このままやりましょう。

 ただ怖いでしょうからファスナーは閉めておきましょうか」


「あたしの得意分野だね。おっけー、まかせて。

 あの、ちょっといいかな? 話したいことがあるんだ」


 雪乃が意を決して声を投げる。

 そうして何度か呼びかけた後、ガサゴソという音と共にテントの中の影が動いた。


「? なに、敵襲っー-」


 声を上げた刹那、その音を殺す少女。

 はあはあと大きな呼吸音が漏れ、何かを訴えるように少女の腕がテントの布をたたく。


 その狼狽した姿を雪乃たちは息を吞んで見守っていた。

 人間嫌いがここまで深刻なものだったとは。……まさか本当に何か・・されたとか?

 

 呼吸が穏やかになった後、紗友里がゆっくりと説得を始める。


「ごっ、ごめんね。

 でもね、あたしたちはあなたを助けに来たんだっ。それだけは信じてほしい」


「……助けるって何ですか? 

 あなたたちみたいなざこが何から私を助けるって言うんですか?」


 少女からいつものような罵声が飛んでくる。

 ただ心なしか、その声に元気がない気がした。


「明後日ー-いや、もう明日になるのかな。

 明日ね、みんなであなたを探すことになったの。すごい冒険者も沢山来るから、あなたでも危ないかもしれない」


「そうですか……案外、早いものですね」


 苦しそうにポツリと零す少女。

 やっぱりそれを繰り返してきたとか?


「それでわざわざそんなことを教えに来たんですか?

 こんな夜に、私なんかを探して?」


「うん、そうだよ。すっごい大変だったんだからー-ってそうじゃなくてね。もう一つ、大事なことを伝えに来たんだ。

 ー-あたしたちと一緒に来ない? 絶対、辛い思いはさせないから」


 紗友里が再びその言葉を告げる。

 少しして少女は確かめるようにゆっくりと口を開いた。


「もし私がモンスターだとバレたらどうするつもりですか?

 それとも何か隠す方法でもあるんですか?」


「それはええと……」


「ほら、やっぱり無理なんじゃないんですか。

 私だって考えたんです、馬鹿なあなたたちと違って、そりゃあもう色々な方法が頭に浮かびましたよ。

 でもっ……でも無理なんですよ。私は、誰か・・と一緒にはいられないんですっ。

 だから、だからー-帰ってください」


 その悲痛な吐露を聞きながら、雪乃は思い違いしていたことに気付いた。

 少女は人と関わるのじゃない、関わった人が不幸になるのが怖いのだ。あるいはそういう経験があるのかもしれない。だからずっと一人でいた。誰かを傷つけたくないから。


 帰ってくださいと少女は言った。

 その思いはあるのだろう。でもそれはきっと本心じゃない。

 だってまだ逃げてないのだ。本当に話したくなかったら、転移で逃げてしまえばいいのだから。


「……あたしねひどい彼につかまっちゃって、やばい事態に巻き込まれそうになったんだ。その時ほんとに寸前のところでゆきのんが助けてくれて。

 それですっごい恨みを買うことになったんだけど、それでも今もゆきのんは友達でいてくれて。

 だからね、ええと何が言いたいかというとー-」


「人に迷惑かけてもいいのよって話でしょ?

 まあ紗友里の場合はもう少し自重した方がいいと思うけどね」


 口下手な紗友里が言いたいことをつなぐ。

 気を付けます、と形ばかりの敬礼をする紗友里。こんなんでも縁を切りたいと思わないあたり、随分と毒されてしまったものだ。


「そんなのっ……ただの傲慢じゃないですか」


「ご、ごうまん? えーと……」


「自分勝手ってことよ。まあそうかもしれないわね。

 でもね、誰かを傷つけないで生きるなんて無理な話なのよ。みんな大なり小なり傷つけあいながら、それでもなんとか暮らしてる」


 それにね、と雪乃は続ける。


「迷惑かけないようにって変に思いつめる方がかえって迷惑だわ。

 一緒にいて迷惑かどうかは周りが決めるの、あなたじゃない」


「……だとしても、どうやってそれを知るっていうんですか?

 私のせいで不幸な目にあって、そうして恨まれてしまったらーー」


「そうなったら勝手に離れていくだけよ。

 まあでも、少なくとも私たちはどんなことがあろうと一緒にいるわ。

 だからー-あなたが抱えているものをちゃんと話しなさいよ・・・・・・。そうしてくれないと一生分かりあえないままだわ」


 息を呑む音。

 暫くして、ぽつりぽつりと少女は零し始める。



「……私、わがままになってもいいんですか?

 こんな体でも何か・・を望んでもいいと思いますか?」


「うん。当たり前だよ。

 例えどんな体でもあなたは人で、幸せに権利があるよ。あたしが保証する」

 

 初めてさらけ出してくれた本音の部分を紗友里が全力で肯定する。

 やがて、テントの中の少女が微笑んだようなそんな気がした。


「……あなたたち、名前は何て言うんですか?

 この際だから聞いてあげます」


 ようやく見せた歩み寄りの姿勢に、雪乃と紗友里は笑いあって自らの名を告げる。


「あたしは比護 紗友里。上の冒険者学校中等部の三年だよ」


「私は手柴 雪乃。同じく三年のこいつの幼馴染よ。よろしくね」


「そうですか、私はマコ、月宮マコです。

 この借りは絶対返します」


 そうして少女、マコが恥ずかしそうにテントの中から出てくる姿を想像してーー



 ー-気配が消える。マップからもいなくなる。


「……あれ?」「……え?」


 誰もいなくなった安全地帯セーフポイントで、二人の驚嘆の声がこだました。


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