第七話 ……へえ
『ー-ってことで、夕菜に贅沢させられる位強くなったら帰ってくるよ。
お金はいつもの家族用口座にちゃんと入れるからさ、心配しないでくれ』
暗闇の中。
やっぱり絶対におかしい。
おにぃが私の元を離れるとも思えないし、こうして文面だけで事後承諾を済ませようとするのは
返信のたび10秒程度待たされるのも、だ。
ただ本人のコンカからこのメッセージが送られてきた事実が、他ならぬおにぃの手によって送られてきたのだと証明していた。
コンカ。正式名称ー-コンプレヘンシブカード。
スマホに代わって普及した情報機器で、その最大の特徴は完全な個人認証を可能にしたこと。
魔素判定というダンジョン産の新技術により、操作中の人間が登録者かどうかだけでなく、詳しい健康状態も判断できる。例えば覚醒しているかや、正常な判断ができる状態かー-つまりは洗脳や脅迫されていないかなんてことも分かる。
このおかげで寝坊する人も減った(おにぃにコンカで目覚ましをセットしないように言いくるめるのも大変だった)と言われているし、本人確認を必要とする諸々の手続きがかなり楽になった。
騙された場合などは検出が難しいとはいえ、様々な用途で用いられ今や社会システムの基盤ともなったコンカ、ないしその安全性を支える魔素判定。
けれど、夕菜はそこに抜け道があるのを知っていた。
魔素判定が分かるのは意識が正常であるかだけで、それが意図した操作なのかは判別できない。
ー-つまり相手の気が紛れているときに、相手の手を直接自分で動かして操作してしまえばいいのだ。
その裏技を使えば、
今おにぃのコンカに入っている監視アプリは「子供あんぜん位置情報」、コンカで行った決済の概要が分かる「子供あんぜん決済」、魔石などの取引履歴が分かる「Spy for Adventures」の三つ。
もし同じ方法をあの泥棒猫が取っているんだとしたらー-。
この10秒程度の間に、おにぃに
「っ」
思わずコンカを握りつぶしそうになるも、何とかこらえる。
現状これだけがあの女につながる手がかりだ。壊すわけにもいかない。
そう、あの女。
演習授業中に会ったクズ二人からクソみたいな事情を聞き出して、急いで向かった先で見つけたアマ。伝言だけ伝えて逃げやがった乳臭いメスガキ。
出会い頭に先制攻撃してくるなんて正気じゃないし、何よりあの時コンカで何か指示を出していたように見えた。
ほとんどの電波が遮断されるダンジョン。その中でメッセージを送受信できるのは、何とか波によるごく近距離の一対一通信のみ。
つまり、あの時すぐ近くにおにぃがいたのだ。
絶対怪しい。たとえ犯人じゃなかったとしても、何かを知っている可能性は十二分にある。
逃げられる前にもっと問いつめればよかった。
何よりー-あの時、彼女の中におにぃに近しい何かを見出してしまった自分が許せない。
怒りのまま、おにぃのコンカに入れた監視アプリの一つ、「子供あんぜん位置情報」の管理画面を開く。
朝にONにしたはずのそこ(バレる可能性があるから、怪しいときだけ付けるのが鉄則だ)には「信号なし」の文字。それが意味するのはダンジョンに入っていて通信が遮断されているか、電源が切れているかの二択。
前者はおにぃがダンジョンに潜れる時間はとっくに超えていることから、後者は時折見せる現象ゆえあり得ない。
「ー-きた」
ぽつりと地図上に表示される青点。監視アプリが何かを捉えた通知音。
メッセージ等が送られる度、こうして位置情報が表示されるのだ。そしてー-すぐにまた消える。
当然、最初の方は血眼になって探した。
だけどそこがなぜか急げば間に合うような辺鄙な地点で、着いた頃には表示も消えていて、おにぃの痕跡すらなくて、それが何度も繰り返されればいやでも気づく。
ー-位置情報偽造アプリを使って、おちょくっているのだ。
お前の兄は私のものになった、探せるものなら探してみろと。
大体、裏技を知っている人間が監視アプリの存在に気付かないはずがない。
嗚呼、こんな事なら無理やりにでも付いていけばよかったっ。
卒業後は一緒のパーティになって常に監視できる、と油断していたせいだ。
……あんな制限さえなければ、おにぃにずっと家事をさせることもできたのに。
歯がゆい思いを抱きながら通知を開く。
そうして飛び込んできた光景に、思わず目を見開いた。
「子供あんぜん決済」
望月 真さんが通販ショップで子供用下着(女の子用)を購入しました。
「……へえ」
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