第八話 お約束



 胸を貫く強烈な痛み。視界に映る灰色の住宅街。

 全身が崩壊するかのように急速に熱を失っていきー-


「転移っ」


 ー-倒れる寸前で、緊急離脱する。


「はあっ、はあっ」


 慣れ親しんだダンジョンの中。

 近くの壁に背を預け、荒げられた呼吸を鎮めていく。


 約20秒。

 それが俺が地上にいることを許された時間だった。ダンジョンの外にいると力を吸われる感覚があり、恐らくそれ以上いるともたない。

 

 ただ同時にギリギリ何とか出来る範囲でもあった。

 コンカを操作し、自身のスキル詳細を開く。



 絶命の一撃 Lv.1:筋力を強化し強力な一撃を放つ。急所に近いほど効果に補正。

  クールタイム:10s

 転移 Lv.1:半径5m以内の任意の場所に瞬間移動する。

  クールタイム:15s

 冥王の寵愛 Lv._:冥王の使徒となった証。他、様々な特性を有する。



 体内にある魔素を消費して超常の力を発揮する、それがスキルだ。

 その性質ゆえに連発はできず、それぞれにクールタイムという制限が設置されている。転移 Lv.1の場合、一度使うと次に発動できるようになるまで15秒待つ必要があるというわけだ。


 この15秒の間に、地下5m以上の浅層なら地上とダンジョン内を一往復で移動できていた。ここ静岡ダンジョンは市内各地の地下に手を伸ばしていて、地上の様子もマップ機能で把握できるから、誰もいない場所に降り立つことも可能。

 あの野郎たちや夕菜にメールを送りたいときはダンジョン内で下書きを書いておけばいいし、買い物についてもオンラインショップと宅配便ロッカーを使えば一応こと足りた。


 今もコンカで体のサイズを測って、下着やらを注文したところだ。


『色々とハイテクになって、夢がないのお、夢が。

 TSっ娘ならば、服屋でキャッキャウフフするのが定石じゃろうて』


 俺の行動に、シル様が何故かため息をつく。

 

 と言われてもなあ。そもそもこの体じゃ服屋にも行けないだろ?

 店の人と話すこともできないし。


『うぐ、それはそうなんじゃが……。

 大体お主、下着といってもパンツを買っただけではないか。ブラジャーはどうした、ブラジャーは?』


 う。そこは男としての尊厳で拒否させてもらおう。

 ほら、こんなぺったんこなんだぜ。


『ふっ、まあお主が良いのなら我は構わぬよ』


 何やら含みのある笑みをこぼすシル様。

 ? 何かあるのか? 

 ……まあシル様のことだ。どうせしょうもない理由だろ。

 

 気を取り直して、さっきから疑問に感じていたことを聞く。


 なあシル様、どうして俺はコンカを普通に使えているんだ?

 完全な個人識別を可能にしたってのが魔素判定のウリなはずだぜ?


『それは魔素判定が対象の魂の色を見る技術だからじゃな。

 我はただ体という器を変えたにすぎん。お主の魂はそのままなのじゃ』

 

 なるほど。まさか魔素判定にそんな欠陥があったとは。


 じゃあこのまま宅配ボックスとか魔石換金機を使っても問題ないのか? 

 ほら、向こうからしたら急に姿が変わったように見えるわけだろ。


『ふむ、多分大丈夫じゃよ。

 スキルによって姿かたちが変わるのはままあることなのじゃ。魔素判定で同一人物と出た以上、何よりもその結果が優先される。そのうち向こうのデータベースも勝手に更新されるであろう』


 ほーん。

 まあ俺みたいな使徒(?)が以前にもいたなら、そういう仕組みがあってもおかしくないのか。

 

 ……あれ、それならどうして神とかの存在が流布されていないんだ?

 神様のことを話せない制限も完全種になったら解除されるんだよな?


『それは実際に人間を自身の眷属ー-使徒にする神は我くらいだからじゃよ。

 人間側の神は、あくまでお主ら人間の手による救世を望んでおる。たとえ干渉したとしても「加護」を与えるとかその程度じゃ。

 ほれ、お主も聞いたことがあるはずじゃ、天使の羽やらが生えた冒険者の話を』


 あー、だから俺はあの時そういう追加オプションが付くと思ったのか。

 ただ今回のこれとはだいぶ程度が違う気もする。……本当に大丈夫だろうか。なんか心配になってきたな。


 ってか、ちょっと待て。人間・・側? 

 それにまるで自分は人間側じゃないみたいな言い方をしなかったか?


 もしかして反人間側の神様もいるのか? 

 その神たちが災厄、つまりは今回のダンジョン騒動を引き起こしたとかー-。


『こほん。そんなこと言ったかの? 気のせいじゃろ。

 ー-して、これからどうするのじゃ?』


 シル様はあからさまに話を変える。


 うーん、めちゃくちゃ気になるんだけど……無理強いはしない方が良いか。

 人間側と同じように、神様にも何か制約があるかもしれない。


 仕方なく話題転換に乗っかることにする。


「まずは、ここでレベルを上げる。

 場所を変えようにも何か方法が必要だし、何より夕菜が心配」


 ここ静岡ダンジョンはCランクのダンジョンで、下層やボス部屋に行けばCランクのモンスターと戦える。体に完全に慣れるまで、自分より少し下か同等の敵と戦えるのも悪くないはずだ。


 夕菜のことも(何ができるかはわからないが)今のうちは出来るだけ近くにいたいというのが兄心だった。ずっと一緒に生きてきたのだ。急に離れることになって、きっとショックを受けていることだろう。というか、俺が寂しい。


 ー-それに、ここのボスは二人の仇でもある。


『……ふむ、そうか。ではよく励むと良い。

 我は特等席でお主の活躍を見るとしよう』


 少しだけ湿っぽい口調で、背中を押してくれるシル様。


 ……この偉そうな神様は俺のことをどれだけ知っているんだろうか。

 そんな疑問が頭の中に浮かんだ。




 


「……ふぅ」


 最後のスケルトンが消失したのを確認して、大きく息を吐く。


 攻略開始から数時間。

 十数体のスケルトンと遭遇するも、大体はスキルなしの攻撃でも溶けていくので今のところ順調だった。


 ー-ただ一点を除いては。

 

 とぼとぼと浅層に足を進めていく。はあ……気が重い。


『お、とうとうお主も女子おなごデビューじゃな』


「うるさい」


 やたら嬉しそうなシル様に、思わず本音が漏れる。

 大体こうなるって分かってたなら最初から――


「っ」


 刹那。乳〇がTシャツに擦れ、ジクジクと痛む。


 さっきの戦闘で大きく体を動かしてからずっとこの調子だ。

 このままじゃあ気になって、まともに行動できない。


 ……まさかこんな所に落とし穴があるとは。完全に予想外だ。


 くそっ、背に腹はかえられない、か。


 大きく息を吸い込み、その言葉を告げる。


 な、なあ、シル様。

 このくらいの年の女の子はどんなブラを付けているんだ?


『ふっ。そうじゃの、お主の体型と用途を考えればスポーツブラが無難じゃがー-』


 ノリノリでタンクトップ型やら何やらの説明を始めるシル様。


 母親にブラのことを相談する思春期少女の気持ちはこんな感じなのだろうか、とかそんなことを思いながら、俺はやたら種類の多いそれの話に耳を傾ける。

 女子特有の問題を軽く見て、あの時詳しく問いつめなかった俺の落ち度なのだ、多分。


 ただ……このオチも全部お見通しだった気がするのは、俺の気のせいなんですよね、シル様?

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る