もうひとりの聖女・2

 アレクはそのまま王太子のクラレンスに会いに行き、ラネはリィネの部屋でゆっくりと話をすることにした。

 王太子妃の部屋は広く、内装もかなり豪華なものだ。

 田舎の小さな村で育ったラネは落ち着かない気持ちになるが、同じ平民であるはずのリィネは、すっかりと馴染んでいるようだ。

 見事な彫刻が施された椅子にゆったりと座っている。

 もともと貴族にもあまりいないくらいの美貌なので、そうしていると生まれながらの貴族のようにも見える。

 家族同然のラネしかいない状態でもその美しい姿勢を崩さないのだから、もう自然に身についている動作なのだろう。

 彼女の努力の跡が、見えたような気がした。

 ただの村人だったラネは、王城に来るだけで未だに緊張してしまう。建国記念日の式典には、アレクと一緒に参列するだけだと聞いていたが、それでも覚えなくてはならない挨拶やマナーがあった。

 リィネはそれを考慮して、早めに呼んでくれたようだ。

「私も初めてだから、少し不安なの。だからラネと一緒に復習しようと思って」

 そう言って、式典の手順などを丁寧に教えてくれた。

「ドレスは、兄様が用意してくれたのよね?」

「ええ。以前のドレスでいいと言ったけれど……」

 いくら聖女とはいえ、普段は町で普通の暮らしをしているラネが、ドレスを着る機会はそれほど多くはない。だから新しく仕立てなくても、以前のドレスで十分だと思っていた。

 それなのに、アレクはもう馴染みの仕立屋に注文を入れていたのだ。ラネはドレスが届いてから、それを知った。

 彼は、普段は質素な生活を好むのに、ラネに関することだけは妥協しない。

「私なんかには、もったいないわ」

 思わずそう零すと、リィネは同意するように頷いた。

「たしかに、一着のドレスの値段を考えると、平民だった私たちは勿体ないと思ってしまうわね。でも貴族社会では、着飾ることも必要なの。もし兄様がラネに新しいドレスを贈らなかったら、ラネは夫に大切にされていないと思われてしまうわ」

 アレクはラネが大切だからこそ、新しいドレスや装飾品を贈ってくれる。

 きっと王太子のクラレンスも同じなのだろう。

 勇者の妹とはいえ、平民だったリィネが侮られないように、彼女を美しく飾り立てている。

 ドレスはとても高価なものだ。リィネの言うように、どうしても勿体ないと考えてしまう。普段は海辺の町で暮らしているから、なおさらだ。

 でもそれがアレクの愛ならば、それを受け取らなくてはならないと思う。

「……そうね」

 ラネが真摯に頷くと、リィネは嬉しそうに笑う。

「それに最近はラネのお陰で、派手なドレスが減ってきているのよ」

 今流行っている上品で美しいドレスは、ラネがきっかけだと言う。

「そ、そんなことは……」

「クラレンスもラネのお陰だと言っているわ。初めて王城に行った日も、褒めていたでしょう?」

「そうだった?」

 緊張で、あまり覚えていなかった。

 ラネが初めて王城に来たのは、元婚約者のエイダーと聖女アキの結婚式に呼ばれて、王都に来たときのこと。

 偶然アレクと出会い、彼にパートナーになってほしいと請われて、承知した。

 あのとき見た、貴族令嬢たちの美しく豪奢なドレスをよく覚えている。いくらドレスが少しシンプルになったとはいえ、令嬢たちの華やかな美しさは変わらないだろう。

 大切にされ、守られてきた美しい令嬢たち。

 ラネはただの村娘で、しかも王都から遠く離れた辺境の出身だ。その令嬢たちの中に入るのは、まだ勇気が必要だった。

 でも勇者アレクの妻となったからには、いつまでも自信のない態度をしてはいけないと思う。

「大丈夫よ。ラネは誰よりも綺麗だし、絶対に兄様が守ってくれるから」

 ラネの思っていたことがわかったかのように、リィネがそう言ってくれた。

「ありがとう。リィネがそう言ってくれるなら、少し自信が持てそうだわ」

 誰が見ても美しい、光り輝く王太子妃。

 彼女の前では、平民出身であることさえ、些細なことのように思える。

 リィネがこんなにも美しいのは、アレクがしっかりと守ってきたからだ。

 幼い頃に両親を亡くした平民の兄妹では、貧民街で暮らすことになる場合がほとんどだと聞く。

 そんなところで暮らしていたら、リィネの美しさでは、人買いに浚われてしまっていたかもしれない。

 実際、浚われそうになったことがあったと話してくれた。

 保護者もいない。資産もない状態でリィネを必死に守ってきたアレクは、どれだけ大変だったことか。

 リィネの汚れのない美しさを見る度に、ラネは今までのアレクの苦労を思い、これからの彼を幸せにしたいと思う。

 勇者としての使命を果たし、彼の手が必要なほどの魔物も、もういない。

 これからは、最愛の妹の幸せになる姿を見つめながら、穏やかな暮らしをしてほしいと願っていた。

 この世界もまた、魔王との戦いから立ち直りつつある。

 数日後に迎えた、建国記念日の式典で、ラネはそれを感じ取った。

 アレクが用意してくれた美しいドレスを着て、リィネと一緒に覚えた手順で儀式に参列し、聖女の力を引き継いだ者として、アレクと一緒に祝いの言葉を述べる。

 王城の周囲にはたくさんの人達が集まっていて、式典が終わったあと、城下からよく見えるバルコニーに移動して、国民たちにも挨拶をする。

 そのときの人々の声援が、世界を救った勇者と、聖女の力を引き継いだラネよりも、王太子クラレンス。そして王太子妃リィネの方が大きかったのだ。

 それは人々が戦いの傷跡から立ち直り、未来に向けて歩き出した証拠だ。

 アレクもそれを感じ取ったのか、肩の荷が下りたような、穏やかな顔で声援に応える妹を見守っていた。







※外伝の更新を再開しました!

毎週水曜日に更新予定です。

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