第43話 (本編完結)
ラネとリィネは揃いのウェディングドレスを着て、先に準備を終えて待っているアレクとクラレンスの部屋に入った。
クラレンスは王族としての正装。アレクは勇者の礼服を身に付けている。
その凛々しい姿に、ラネは思わず見惚れてしまう。
アレクもドレス姿のラネを見ると目を細めて、柔らかな優しい笑みを浮かべる。
「ああ、ラネ。とても綺麗だ」
「ありがとう……」
まっすぐな賞賛に何だか恥ずかしくなって俯く。
「もう、兄様ったら。私には言ってくれないの? たったひとりの妹が結婚するのに」
リィネは拗ねたような声でそう言う。もちろん本心ではない。
「もちろんリィネも綺麗だ。……同じドレスなのか?」
ふたりを見てそう言ったアレクは、今日まで何も知らなかったようだ。
「そう。私たちは、
「姉妹婚?」
聞き覚えのない言葉に首を傾げると、アレクが少し呆れたようにリィネを見た。
「ラネには意味を伝えずに実行したのか」
「え? このドレスに何か意味があるの?」
不思議に思って尋ねると、リィネは頷いた。
「そう。私たちの故郷に伝わる、古くからのおまじない。同じ日に同じデザインのドレスを着て結婚した姉妹は、永遠のしあわせが約束されるのよ」
「……そうだったの」
日にちがないからと言って、あえて同じドレスにしたのにはそんな理由があったのかと納得する。
リィネは、こうしてお揃いのドレスを着ることで、ラネのしあわせを祈ってくれたのだ。
「ラネはお前の姉ではないぞ」
「もう私の
「え? じゃあこれは」
ラネは驚いて、自分の着ているドレスを見下ろす。
少し大人びたデザインは、高価な刺繍やレースがたっぷりと使われているものの、上品なデザインだ。たしかにリィネのためならば、もう少し豪奢な方が似合っていたかもしれない。
「そんな、リィネだって一生に一度の結婚式なのに」
自分のためのドレスだったと知って、ラネは焦る。
「だって、ラネと兄様には絶対にしあわせになってもらいたいから。ラネ、兄様をしあわせにしてくれて、ありがとう。あなたが大好きよ。心から、しあわせを祈っているわ」
リィネの頬から涙が零れ落ちる。
そんなリィネの肩を抱くのはもうアレクではなく、夫となるクラレンスだ。
アレクはそれを見て、肩の荷が下りたような、少し寂しいような顔をしている。ラネはそんなアレクの腕に、自分の腕を絡ませた。
「ありがとう、リィネ。わたしもあなたのことが大好きよ。……しあわせになろうね。一緒に、永遠に」
「……うん」
ふたりの頬に涙が伝う。
サリーとメアリーがやってきて、慌ててふたりの化粧を直してくれた。
結婚の儀式は、まだこれからなのだ。
そうしてラネはアレク、クラレンスはリィネの手を取って、結婚式が執り行われる大聖堂まで馬車で移動する。
沿道ではたくさんの人たちが迎えてくれた。
花かごを持った人たちが、祝福の言葉を口にしながら花びらを撒いている。その祝福に手を振って答えていると、その中に見覚えのある人たちがいた。
(あれは、メグにミーエ。クレア? トリザにロン、ソルダまで)
村の幼馴染たちだ。
彼らはこの日のために、わざわざ王都に出てきたのだろうか。
花かごを持って、居心地の悪そうな、申し訳なさそうな顔をしながらも、花びらを撒き、祝福の言葉を口にしている。
「ありがとう」
思わずそう叫ぶと、伝わったのか。
幼馴染たちは泣きそうな顔をして、静かに頭を下げていた。
「彼らとも色々あったんだろう?」
心配そうなアレクに笑って首を振る。
「もう、いいの。わたしは今、しあわせだから」
今となってはあの美しい故郷が、平和であるように祈るだけだ。
馬車はゆっくりと大聖堂の前に止まり、それぞれのパートナーに手を取られて中に進んでいく。
祝福の鐘が鳴り響いている。
広い廊下には貴族たちが立ち並び、すれ違う際に、祝福の言葉を口にしながら頭を下げる。辿り着いた大きなホールには王族と、ラネの両親が待っていた。
そうして大神官長立ち合いのもと、婚姻証明書にサインをした。
これで正式に夫婦になる。
このあとに王城で結婚式の祝宴が執り行われる予定だったが、アレクとラネは出席を辞退している。
国王は最後までアレクに爵位を授けたがっていたが、彼は辞退していた。爵位を賜ってしまえば、他の国から助けを求める声があっても、迅速に駆け付けることは難しくなる。
アレクはまた、冒険者家業に戻ることを希望していた。
これからも、誰かを助けるために。
ラネもパートナーとして彼を支えるつもりだ。
儀式を終え、ウェディングドレスを脱いだふたりだったが、ラネはシンプルな服装に着替えたのに対して、リィネは祝宴のためのドレスを着なくてはならない。
まだまだこれからも忙しいリィネだったが、ラネをアレクのところまで送ってくれた。
「ラネ、ここでいったんお別れだけど、会いたいって呼んだらまた来てくれる?」
少し心細そうな彼女に、もちろんだと頷く。
「ええ。だってわたしは、あなたの
妹のためならどこにでも駆け付けると、笑顔で抱きしめる。
「兄様。今まで私を守ってくれてありがとう。兄様のお蔭で、私はここまで生きてこれたのよ」
「何を言う。家族なのだから、守るのは当然だ」
アレクはそう言って、妹の頭を撫でた。
兄妹らしい時間も、これでしばらくは持てない。
でもリィネの瞳には不安はなく、ただ強い決意だけが見て取れた。
それは隣にいるクラレンスの存在があるからだろう。
そうしてラネは、祝宴の準備で騒がしい王城から、アレクと一緒に静かに立ち去った。ゆっくりと走る馬車から見る街道には、まだ花びらがたくさん落ちていて、まるで花畑のようだった。
このままアレクの生まれ育った故郷の町に移動して、そこで一年ほど、ふたりだけで暮らす予定である。
海の近くに小さな家を借りて、普通の新婚夫婦のように静かに過ごす。
朝は一緒に朝市で買い物をして、昼は魚釣りをしてみるのもいいかもしれない。
そして夜になったら夕陽が沈む様子を、ふたりで眺めていよう。
そんな計画を両親は快諾してくれたし、クラレンスもリィネも賛成してくれた。
これからもアレクは、魔物が人々を脅かすようなことがあれば、剣を取って戦うだろう。
ラネも聖女として付き従うつもりだ。
魔王が滅んでからどんなに時が経過しても、勇者として、聖女に目覚めた者としての使命を忘れることはない。
それでもこの一年だけは、穏やかな日々を過ごしたい。そう願うことは、許されるだろうか。
馬車はゆっくりした速度で王都を出る。
明日、婚約者だった人が結婚すると聞かされて、連れてこられた王都だった。
つらくて苦しくて、どうしたらいいかわからなかった。
でも、ここでラネは最愛の人と出会うことができた。
(ああ、そうね……)
平穏な生活を夢見ていたラネは、自分の間違いに気が付いた。
彼と一緒なら、たとえ魔物との戦いの日々でも、貴族たち相手に探り合いをするような立場になっても、きっと笑って生きられるだろう。
「ラネ、どうした?」
急に笑い出したラネを不思議に思ったのだろう。
アレクがこちらを見つめている。
「わたしはしあわせだなぁと、そう思っていたの」
苦しい思いを抱えて訪れた王都を、笑顔で出られるのが嬉しい。
そう答えると、アレクはラネを優しく抱き寄せる。
一年後に、再びこの王都に戻ってくる日も、ラネはきっとアレクの隣で笑っていることだろう。
(本編完結)
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