第31話
誰よりも豪奢なドレスを来たアキは、エイダ―に手を取られてゆっくりと会場に入ってきた。
たしかに美しいドレスだった。
でもまだ幼さを残す容貌を絢爛豪華に飾り立てるのはかえってアンバランスで、どちらの魅力も損なうようなものだった。
エイダ―も剣聖としての礼服ではなく、貴族の子息のような衣装を着ている。
互いに手を取り、寄り添い合っている姿を見ても、何も感じない。
今となっては、エイダ―の隣にいる自分の姿を思い描くこともできなかった。
エイダ―とのことは、もう終わったことなのだ。
「アキ? 君は隣国に向かったはずでは」
焦ったようなクラレンスの言葉に、ラネは我に返る。
振り返ると、慌てた様子でこちらに駆け付けるクラレンスと、青白い顔をしたリィネの姿があった。
「リィネ」
ラネは急いで彼女に駆け寄り、手を取って支える。
「あら、クラレンス」
聖女はにこりと笑うと、ちらりと視線をリィネとラネに向けた。
「夜会に相応しくない者が入り込んでいるわ。さっさと追い出してよ」
「リィネは私の正式なパートナーだ」
諭すようなクラレンスの言葉に、聖女は大袈裟なくらい驚いて、隣にいるエイダ―に寄りかかる。
「この国の王太子殿下のパートナーが、平民の女だなんて」
そう言って嘆いているが、そんな聖女の隣にいるエイダ―も平民であることを忘れているのだろうか。
「そんなことよりも、君は隣国のドラコン討伐に行ったと聞いていた。どうして、ここに」
クラレンスは聖女の言葉を受け流すと、そう問いかけた。
「ああ、ドラゴンね」
話を逸らされた聖女は、つまらなそうに頷いた。
「聖女である私が、そんなに簡単に国外に出るはずがないでしょう? 私は国の宝なのよ?」
「だがドラゴンの討伐は、聖女の力なしでは……」
クラレンスが思わず漏らした言葉に、周囲がざわめく。失言に気が付いたクラレンスだったが、もうそのざわめきは会場中に広がってしまっている。
ドラゴンほどの魔物は、聖魔法で弱らせて戦わなくてはならない。
そうでなければかなり長期戦となり、体力で劣る人間では勝つことは難しいと言われているのだ。
「魔導師のライードも同行しているわ。でも、ふたりでは無理でしょうねぇ」
周囲の不安そうな顔を見渡しながら、聖女は楽しそうに笑う。
どうして笑えるのか。
ラネは唇を噛みしめた。
アレクは王城からの使者から話を聞いた途端、少しでも多くの人を救うためにすぐに旅立った。そんな彼の仲間なのに、聖女の力を持っているのに、どうしてそんなことを言って笑っていられるのか。
「そんな怖い顔をしないでよ。私に来なくてもいいって言ったのは、アレクシスよ」
クラレンス、リィネ。そしてラネ、ノアと順番に視線を移して、彼女は肩を竦めてそう言う。
「アレクが?」
クラレンスの問いに、聖女は勿体ぶるようにゆっくりと頷いた。
「そう。危ないから、来ないほうがいいって。アレクシスは私のこと、大切にしてくれるからね。まぁ、残念ながら私はエイダ―を選んだけれど」
くすくすと笑いながら、聖女は手を伸ばしてエイダ―に抱きついて、ちらりとラネを見る。
「あら、怖い顔ね。好きな人を私に取られて恨んでいるの? でもエイダ―は、あなたなんか昔から嫌いだったって言っていたわ。婚約なんて真に受けて、五年も待って、本当に馬鹿みたい」
ラネのことを、勝手に婚約者を名乗った勘違い女だと言っていたことを忘れてしまったように、今度は婚約していた事実を認めるような発言をしている。
聖女の言葉が本当だとすると、エイダ―は結婚する気などまったくなかったのに、ラネに婚約を申し込んで五年も放置していたことになる。
しかも理由が、ラネが嫌いだったからだと。
(それが本当だったとしても、エイダ―のことなんかもうどうでもいいわ。それより……)
それよりも、アレクは聖女の身を案じて、ドラゴン討伐に同行させなかったのだろうか。
その方が気になる。
アレクも聖女が好きだったように言われるのも、我慢できない。
怖い顔と言われたのは、それが原因だろう。
「そうね。私の身を案じてくれるアレクシスの気持ちは嬉しいけれど、聖女の力を持つのは、私だけ。アレクシスを助けられるのも、私しかいないのよね」
聖女は、今度は何を思いついたのか。
ラネを見て、それは楽しそうに言った。
「隣国の国王からも、何度も丁寧な手紙や贈り物をいただいているの。そろそろ討伐に出てもいいかなって思うのよね」
だから、と聖女は笑う。
「あなたがエイダ―を追いかけてこんなところまで来て、私たちを不快にさせたことを誤ってくれるなら、隣国に行ってもいいわ」
その言葉に、聖女の手を取っていたエイダ―がラネを見た。その瞳は冷え切っていて、かつての親しさはまったく感じられない。本当に不愉快だと言わんばかりに視線を逸らされた。
「何を言っているの。ラネは被害者よ?」
「わたしは大丈夫だから」
リィネがすかさずそう言ってくれたが、聖女がドラゴン討伐に行かないと、アレクが苦戦してしまうかもしれない。
そう思って、自分のために怒ってくれたリィネを止める。
(それに、今さらエイダ―との仲を見せつけられても何とも思わないわ)
不快そうなエイダ―も、ここまでしておいて、まだリィネが自分のことを好きだと思っているのだろうか。
エイダ―が心変わりをしたのに、ラネを悪者にして聖女を選んだのなら、そんな不誠実な人はこちらからお断りである。
もし今聖女が言っていたように、好きでもないのに貶めるために五年も偽の婚約をしていたのなら、そんな人だったのかと軽蔑するだけだ。
とっくに終わった恋であり、関係である。
だからそれくらいでアレクが無事に戻ってくるのならば、喜んで謝罪する。
「聖女様、エイダ―様。わたしのせいでお心を煩わせてしまい、申し訳ございません。もう二度と、おふたりの前に姿を現さないことを誓います」
そう言って、頭を下げる。
「ええ、そうして頂戴。もう二度と、王城にも来ないでね。平民は平民らしく、身の程を弁えなさい」
聖女は歪んだ笑みを浮かべ、楽しそうにそう言った。
「わかりました。それでは、退出させていただきます」
そう言って、背を向ける。
「ラネ……」
リィネが駆け寄ってきて、悔しそうな顔をしながら手を握ってくれた。
「どうしてあなたがこんな目に」
「大丈夫。アレクさんのためなら、あんなことは何でもないわ。少しでも早く、無事に帰ってきてほしいから」
「……そうね。ラネ、ありがとう」
クラレンスとノアが呼び止める声がしたが、彼らまで帰ってしまえば聖女の機嫌が悪くなってしまうかもしれない。
そう思って視線で制すると、ノアはそれをわかってくれたようだ。ふたりを呼び戻そうとするクラレンスを無理に連れて、会場に戻ってくれた。
(どうして……)
大勢の前で謝罪させられたことに、屈辱も悲しみも感じなかったけれど、ただ疑問だけが残る。
どうしてあんなに歪んだ笑みを浮かべる人に、聖女の力が宿っているのだろう。
アレクを助ける力を持っているのだろう。
(わたしに、あの力があれば良かったのに)
そうすれば、アレクを助けることができる。
たくさんの人たちを、救う手助けもできるのに。
考えても仕方のないことだとわかっているのに、そう思わずにはいられなかった。
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