第30話
準備を終えて、少し早めに王城に向かってクラレンスたちと合流する。
案内された部屋にはなぜか、クラレンスだけではなくノアの姿もあった。
エスコートは断ったはずだと困惑したが、ラネがリィネの付き添いであるように、今日はノアもクラレンスの付き添いらしい。
平民のラネと違って公爵令息がある彼が、パートナーを連れていないなんてと不思議に思ったが、話を聞けばラネのせいであった。
ノアはラネをエスコートしなければと思い、決まっていたパートナーに断りを入れてしまったらしい。そのため、土壇場でパートナーが不在になってしまったようだ。
「も、申し訳ありませ……」
自分の我儘のせいだったと聞いて慌てて謝罪したが、ノアはラネの言葉を遮った。
「いや、先走ってしまった私が悪いのだから自業自得だ。それに、断ってもらってよかったのかもしれない」
「え?」
「私があなたをエスコートしたと知ったら、アレクがどう思うか……」
「アレクさんが?」
どうして彼の名前が出てくるのかと、助けを求めるように視線をリィネに向ける。
けれど彼女は嬉しそうに笑うばかり。
代わりに口を開いたのは、クラレンスだった。
「そうだな。命拾いをしたかもしれない」
「え……」
まるで、ラネをエスコートしたらアレクが怒るようだ。
「ドレスのことも。気遣い、感謝する」
さらにそう言ったノアに、クラレンスも続いた。
「そうだな。さすがに、アレクのためのドレスを先に見たら、私も共犯になってしまうからな」
「……えっと?」
なぜ、アレクに最初に見せたくて、新しいドレスを着てこなかったことを知っているのだろう。
困惑したまま、それでも時間だと告げられて、リィネはクラレンスに手を取られ、そのあとをノアとふたりで並んで歩くという状況になっている。
こんなことならば意地を張らずに、彼にエスコートしてもらうべきだったのかもしれない。
でも、どうしてもアレクがいい。アレクでなければ嫌だ。
そう思う自分に、戸惑いすら感じる。
こんな想いは、婚約者だったエイダ―にすら向けたことがないというのに。
(まるでわたしが、アレクさんが好きみたいに……。好き?)
その言葉で思い出したのは、彼が出発する前に抱きしめてくれたこと。
他意があったとは思えない。
アレクは、ラネを妹のリィネと同じ扱いをしてくれだけだ。
それなのにあの抱擁を、背中に伝わる体温を思い出すだけで、切ない感情が沸き上がってきた。
(五年間待っていた幼馴染に、婚約破棄どころか、婚約そのものをなかったことにされて捨てられたばかりなのに、そんなこと……)
あり得ない、とは思えなかった。
守ってくれた力強い腕に、優しい微笑みに、ラネのためにエイダ―に怒りを感じてくれた姿に、どうして好意を抱かずにいられるだろう。
そして勇者として、己を厳しく律して世界のために戦う彼を、心から尊敬している。
(好きになっても仕方ないわ。だって、アレクさんだもの)
エイダ―に捨てられた直後なのに、あの人が相手では恋をしてしまったもしょうがないと、ラネは自分の恋心を許すしかなかった。
もちろん、成就するとは思っていないし、望んでもいない。
ただひそかに思うことを、自分に許しただけだ。
(アレクさん……)
その彼は隣国でドラゴンと戦っている。彼の無事を祈りながら、託された妹のリィネを守らなければと決意する。
夜会は、最初に想定していたよりも大規模で執り行われることになったらしい。
大きな会場に、たくさんの招待客。
それはクラレンスが言っていたように、この国の平和は揺るがないと示すためなのだろう。けれど集まった人々の顔はどこか沈んでいて、煌めく照明の中、楽しげな音楽が空しく鳴り響いている。
そんな会場に、リィネは王太子であるクラレンスにエスコートされて入場した。
ラネとリアがその背後に付き従う。
クラレンスは静まり返った会場を一瞥すると、リィネに向かって手を差し伸べた。
「リィネ、踊ってもらえるか?」
「ええ、もちろん」
それでもクラレンスとリィネが踊り出すと、会場の雰囲気が少しだけ明るくなった。ふたりの後に続いて、パートナーの手を取った者も多かった。
ラネは親族や兄弟と一緒に参加した令嬢たちがノアの様子を伺っていることに気が付いて、彼から離れて壁際に寄る。
ノアのパートナーはラネではない。彼と踊りたい令嬢が誘いやすいように、気を利かせたつもりだった。
「あ」
それなのに、ノアは小さく声を上げてラネを引き留める。何か用事があるのかと思って首を傾げると、彼は少し戸惑ったように視線を逸らす。
月の光を思わせる銀色の髪がさらりと流れた。
「何か?」
「いえ、その。ダンスは踊られますか?」
ノアの問いに、ラネは首を振る。
「いいえ。わたしは平民ですから、ダンスはできません。皆さまが踊っているところを見学しています」
本当はリィネと練習をしていたが、すべてアレクと踊るためだ。
恋人ではないのに自分でも重いと思うが、他の人と踊るつもりはなかった。
「……そうですか」
少し残念そうなノアは、自分に遠慮をしているのかもしれない。
「わたしのことは、どうか気になさらずに。ノア様と踊りたい方がたくさんいらっしゃるのでは?」
そう言って周囲の令嬢たちに視線を向けると、彼女たちは目を輝かせ、反対にノアは顔を引き攣らせている。
「喉が渇いたので、少し失礼しますね」
自分がいては彼女たちも誘いにくいだろうと、ラネはその場から移動して飲み物を取りに向かった。ちらりとホールに視線を向けると、クラレンスはまだリィネの手を放そうとしない。リィネも思いのほか楽しそうで、クラレンスが王太子でさえなければ、お似合いだったのかもしれないと考える。
ワインではなく、ソフトドリンクで喉を潤していると、遅れて会場に入ってきた人たちがいた。何気なく視線を向けたラネは、ここにいるはずのない人物を見て、目を見開く。
「え……。どうして?」
そこには、アレクとともにドラゴン討伐に向かったとばかり思っていた、聖女アキとエイダ―の姿があった。
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