第16話
アレクの視線がいつまでもラネに向けられているものだから、恥ずかしくなって俯いた。
「女性をいつまでも不躾に眺めてはなりませんよ」
サリーに注意されて、彼はようやくラネから視線を外した。
「すまない」
「い、いえ」
ぎこちなく言葉を交わすふたりを、サリーはにこやかに見つめている。
「でも、安心しました。私がここで働き始めてから随分経ちますが、女性の影など欠片もありませんでしたからね。てっきり、興味を持てないのかと」
「興味がないわけではないが」
ばさりと言ったサリーに困ったように笑いながら、アレクは視線を窓の外に向ける。
「俺には使命があったから、大切な人など作れなかった。生きて戻る予定ではなかったから」
その言葉に、ラネは思わず息を呑んだ。
この世界では、魔王の封印のために百年に一度、勇者が生まれていた。
そして魔王を封印するために、勇者は身命を賭す必要がある。
それが何百年も繰り返され、今まで何人もの勇者が命を落としている。つまり彼らは世界を救う英雄ではなく、平和のための尊い犠牲であった。
アレクは魔王を倒した初めての勇者だ。もし倒せていなかったら、彼もまた他の勇者と同じ運命を辿ったに違いない。
魔王が討伐されたと聞いたとき、これでエイダ―が帰ってくるとしか思わなかった自分を、ラネは恥じた。
アレクは命を賭けて、この世界を救ってくれたというのに。
「無事で、よかったです」
自分のことしか考えていなかった謝罪。そしてありったけの感謝を、そのひとことに込めて答えると、アレクは驚いた様子だったが、それでもありがとうと微笑んでくれた。
魔王は倒され、少なくとも千年の平和が約束されている。使命を果たしたアレクは、これからは自由に生きることができるのだ。
サリーに見送られ、ラネはアレクとともに馬車で王城に向かう。貴族の邸宅が並ぶ区域に差し掛かると、同じく王城に向かう馬車で道が混み合うようになった。
けれど他の馬車は、こちらに道を譲ってくれる。
彼らもまた、世界を救ってくれたアレクに敬意を示しているのだ。
こうしてラネを乗せた馬車は、誰よりも先に王城に辿り着いた。
城を守る騎士も、すれ違う侍女たちも、皆、アレクとともに歩くラネにまで、丁重に頭を下げてくれる。見覚えのある王立魔導師団の団員とも遭遇したが、彼らもまた、村に来たときとはまったく違う態度だ。
これは単に彼らが村の人たちを田舎者だと侮ったのではなく、エイダ―とアレクの差なのだろう。
控室に案内され、アレクはラネのために椅子を引いてくれた。そこにゆっくりと腰を下ろすと、王城の侍女が紅茶を淹れてくれる。
(ええと……)
こんなときの作法など、何も知らない。戸惑っていると、アレクが侍女に声を掛け、退出させてくれたようだ。
「すみません。わたし、何も知らなくて」
恥ずかしくなって俯いたが、アレクは気にすることないと言ってくれた。
「今まで覚える必要のなかったことだから、仕方がない。俺もリィネも、最初は苦労したよ」
そのときの失敗談などを語ってくれて、ラネの緊張を解してくれる。
「こんなに良い香りの紅茶、初めてだわ」
「気に入った?」
「はい、とても」
テーブルの上にはチョコレートも置いてあって、祝賀会が開催されるまでの時間を、ゆったりと過ごすことができた。
もうそろそろ始まるだろう。
そう思っていたとき、ふいに部屋の扉が叩かれた。
「すまない、アレク。少し聞きたいことが……」
返答も待たずに扉は開かれ、ふたりの青年が中に入ってきた。
「……きゃっ」
ラネは驚いて、思わず声を上げてしまった。
「えっ」
彼らもまた、ラネがいたことに驚いたようだ。ふたりとも足を止め、狼狽えたように部屋の中を見渡す。
どちらも見目麗しい、華やかな容姿をしていた。
先に入ってきた青年は、眩いほどの金髪に、緑色の瞳。もうひとりは、輝く銀髪に紫色の瞳をしていた。どことなく似ているので、血縁かもしれない。
「アレク?」
「俺はここだ。パートナーを連れて行くと話したはずだが?」
ラネのために紅茶のおかわりを淹れてくれていたアレクが、茶器を片手に呆れるような声で言う。
アレクは酒よりもお茶を好むようで、淹れるのも好きらしい。それで下がらせた侍女の代わりに、紅茶を淹れてくれていたのだ。
村の男たちは大抵が大酒飲みで、酔って女性に絡んでくる者もいる。だから酒にはあまり良い印象がなかったから、それを聞いて何となく嬉しかった。
「……たしかに言っていたが、てっきり女性を近づけないための嘘だと……」
金色の髪の青年は、まだ呆然としたままそう呟き、それから我に返ったようにラネに謝罪した。
「女性がいると知っていれば、こんな乱暴な訪問はしなかった。失礼を許してほしい」
丁寧にそう言われて、慌ててラネは首を振る。
「い、いえ。そのような。わたしも声を上げたりして、申し訳ございませんでした」
「謝罪を受け取っていただけると?」
「はい、もちろんです」
そう答えると、彼らはようやく安堵したように表情を緩めた。
「名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
銀髪の青年に尋ねられ、ラネは名前を告げた。
「ラネと申します。平民ですので、姓はありません」
そう告げたが、彼らは驚いた様子は見せなかった。貴族の女性ではないと、最初から気付いていたのかもしれない。
「ラネか」
金髪の青年はラネの名を呟くと、華やかな笑みを浮かべた。
「こんなに清楚で美しい人は久しぶりだ。最近は派手ならば良いと思っている女性が多くてね。辟易している」
アレクのパートナーなのか残念だと囁かれ、困惑しているところで、アレクに庇われた。
「ラネに手を出すのはやめていただきたい。王太子殿下」
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