第15話
朝になってからは、昨日とは比べ物にならないくらい忙しかった。
結婚式は昼頃から。そして、祝賀会は夜に開かれるらしい。
ラネがアレクのパートナーとして必要となるのは夜の祝賀会だから、昼に執り行われる結婚式には参列しないことにした。
もともと、行くつもりなどなかった結婚式だ。
それに、結婚式には幼馴染たちも参列する。
彼らに見つかってしまえば、いきなり荷物を引き払っていなくなった理由を問い詰められるだろう。それに、アレクと一緒にいるところを見られてしまうのも、色々と都合が悪い。
だからエイダ―には、その後の祝賀会で会うつもりだ。
さすがにアレクは不参加というわけにはいかないらしく、ラネに挨拶をすると、すぐに屋敷を出ていた。勇者用に仕立てられた華やかな礼服は彼によく似合っていて、思わず見惚れてしまったくらいだ。
ラネの出番は夜なので、少しはゆっくりとできると思っていたが、どうやらそうではないらしい。
起きてから軽く朝食を食べたかと思うと、またお風呂に入れられ、念入りに髪も洗われた。手入れの仕方もよくわからないラネのためにサリーが手伝ってくれたが、さすがに少し恥ずかしかった。
(貴族のご令嬢にとっては普通のことで、恥ずかしいと思うことはないのかもしれないけど)
彼女たちは、着替えさえもひとりではしないらしい。
だが平民であるラネにとっては、相手が母親ほどのサリーでなければ、何とかして辞退していたかもしれない。
その後は手直しをしてもらったドレスを試着して、細かい箇所を修正していく。
一晩でドレスは驚くほど着やすくなっていた。
「すごい……」
貴族の令嬢たちのドレスを手掛けるお針子たちの腕に、普段は刺繍の仕事をしているラネも素直に感嘆した。
最後の調整のためにドレスを脱いで、サリーにお茶を淹れてもらってようやくひと息つく。
ドレスが仕上がるまでの間、サリーはアレクについて色々と話してくれた。
彼もまたエイダ―と同じように、勇者に選ばれるまでは冒険者として魔物退治をしていたようだ。しかも世界に数人しかいないSランクだというから、彼の強さがわかる。
この屋敷もエイダ―たちのように国が用意してくれたものではなく、アレクが冒険者時代に購入したものらしい。
「この区域に家を購入されたのは、一緒に暮らしていたリィネ様のためです。王都はあまり、治安の良い場所ではありませんから」
「そうだったんですね」
ラネは頷く。
たしかに、あんなに人の多い大通りから少し離れただけで、危険が多かった。
依頼で家を空けがちなアレクにとって、妹を安心して置いていける場所が、この高級住宅街だったというわけだ。
アレクの両親はふたりがまだ幼い頃にすでに亡くなっていて、妹を育てるために冒険者になったようだ。彼の実力が評価されるにつれ、王都からの依頼が多くなってこちらに移り住んだようだが、リィネは海の見えない王都は嫌だと、何度も故郷の町に帰っていたらしい。そして昨日もまた、大聖堂で聖女と口論になったようで、故郷の町に帰ってしまったということだ。
「ひとりで、大丈夫なのですか?」
聖女と口論したことよりも、ひとりで移動して大丈夫なのか気になって尋ねる。すると彼女には護衛として、女性の魔導師が常に傍にいるらしい。
話し終えたサリーは、今度はラネの番だとも言いたげに、アレクとどうやって出会ったのか聞きたがった。
「実は……」
すっかり彼女と打ち解けたラネは、アレクが信用している人ならば問題ないだろうと、王都に来た経緯、そしてアレクとの出会いをすべて打ち明けた。
「そうだったの……」
エイダ―との関係を聞き、眉を顰めたサリーは、こう言ってくれた。
「そんな不実な人と結婚しなくて正解ですよ。今日はその男が後悔するくらい、綺麗になって会いに行きましょうね」
「ありがとうございます」
ラネは微笑んだ。
不思議と、昨日までの不安が消えていた。
きっとあの綺麗なドレスのお蔭だ。美しく着飾ることは、女性にとっては武装と同じなのかもしれない。
完璧に仕上がったドレスを着て、髪を整えてもらう。肌が白くて綺麗だからと、軽く薄化粧をしてもらって、完成である。
ラネはサリーに手を取られて、鏡の前に立った。
目にも鮮やかな、コバルトブルーの美しいドレス。
ラネが豪奢な金髪で派手な顔立ちだったら、少し目立ちすぎていたかもしれない。
けれど落ち着いた麦わら色の髪と薄化粧が、上品に美しく見せている。
「とてもお綺麗ですよ」
サリーの言葉はお世辞などではなく、心からそう言ってくれていた。
「色々と、ありがとうございました」
礼を言って頭を下げると、本番はこれからですよと優しく宥められた。
彼女の言うように、これからエイダ―に会いに行くのだ。
祝賀会は夜からだが、夕方頃には王城に行かなくてはならないらしい。
身支度を整えてアレクの迎えを待っていると、陽が傾きかけた頃に、アレクが帰ってきた。彼はドレスの姿のラネを見ると驚いたように目を瞠り、その場で立ち止まってしまった。
少し顔が赤いように見えるのは、夕陽のせいだろうか。
「アレク様」
サリーが少し呆れたように、彼の名前を呼ぶ。
「見惚れる前に、言うことがありますでしょう?」
そう言われて、彼は我に返ったようにラネを見つめ、そして柔らかく微笑む。
「似合っている。とても綺麗だ」
そう言われてラネも、まるで少女のように頬を染めた。
「ありがとう、ございます」
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