第14話

 アレクの妹、リィネのために用意したというドレスは、鮮やかなコバルトブルーの、とても美しいドレスだった。

 サリーはアレクの妹とはいえ、他人のために仕立てられたドレスしか用意できないことを何度も謝罪してくれた。

 既製品のドレスを着るのは裕福な平民などで、貴族階級のドレスはすべて専用に仕立て上げられたものだ。勇者であるアレクのパートナーとして参列するラネが、既製品のドレスを着るわけにはいかないらしい。

 だから彼の妹のために作られたドレスを、急遽ラネの体型に合わせて直さなくてはならない。

 だがラネは、そのドレスが誰のものでも構わなかった。むしろドレスよりも、明日のことで頭がいっぱいだ。エイダ―に会う前に、アレクのパートナーとしての役目をきちんと果たさなくてはならない。

 それでも、目の前に運ばれてきた美しいドレスを見ると、少しだけ怖気づく。

「こんなに綺麗なドレスが、わたしに似合うかしら……」

 これは生まれたときから傅かれ、大切にされてきた貴族令嬢のためのものだ。

 ただの村娘である自分が着ても、みっともないだけではないか。

 不安になって思わず口にすると、サリーはラネを見つめてこう言った。

「リィネ様はアレク様と同じく、煌めく金色の髪と澄んだ青い瞳の、とても美しいお嬢様でした」

 あのアレクの妹ならばきっとそうだろうと、頷く。

 サリーはそんなラネを鏡の前に導いた。

 大きな鏡には、ラネの全身が映っている。

 肌は白いが背はそれほど高くなく、くすんだ金色の髪に、少しだけ珍しい紫色の瞳。

「ラネ様は王都出身ですか?」

「いえ、キキト村です。北の方にある、とても小さな村です」

「そうですか。だからこんなに肌が白いのですね」

 キキト村は北の山間にある。

 サリーが納得したように、冬になると雪が降り、その雪が春になってもなかなか解けないような不毛の土地だ。だからラネは畑仕事よりも、家の中で手作業をしている方が多かった。

 村の名産は、女性たちが数人がかりで仕上げる柄刺繍の絨毯だった。

 ラネもほとんど屋内で仕事をしていたから、村の男性たちのように日焼けはしていない。

「白い肌に、コバルトブルーのドレスは映えますよ。麦わら色の髪も、優しいお顔立ちにとてもよく似合っております。アメジストのような美しい瞳には、誰もが目を奪われるでしょう」

 そう言われて、咄嗟に髪に触れる。

「くすんだ色で、地味だとからかわれたわ」

 昔を思い出して、そう苦笑する。

 さすがに婚約していた頃のエイダ―は言わなかったけれど、他の幼馴染にはよく言われた。地味で、何の取り柄もない女だと。

「派手ならば良いと考えるのは、ただの愚か者です。ラネ様はとてもお綺麗ですよ」

「……ありがとうございます」

 柔らかくそう言ってくれたサリーの言葉を、今だけは魔法のように信じよう。そうすれば、勇者のパートナーも務められるような気がする。

 リィネは背が高かったようで、ドレスの丈を直す必要があった。

 他にも肩が緩すぎるので、そこも直さなくてはならない。サリーはそれをアレクに報告し、急いでお針子を手配したようだ。他にも、髪飾りなどの宝石類を選び、髪型を決める必要があった。あまり肌を晒さないほうがいいだろうと、髪は一部だけ結い上げて、あとは背中に垂らすことになったようだ。

 すべての準備が終わったのは、もう夜中過ぎ。

 これから集められたお針子たちは、徹夜で仕事をするのだろう。

 ラネもまた、ここで終わりではなかった。

 今度はお風呂に入れられ、肌を磨かれる。それが終わると、少しでも眠ったほうがいいと言われて寝室に案内された。

 ラネが住んでいた家よりも大きな寝室である。

 床には絨毯が敷かれ、その刺繍の見事さに思わず目を奪われる。キキト村に伝わる紋様とはまた違う。どこの地方のものだろうか。

 じっくりと眺めたあと、ようやく部屋の中を見渡した。

 広い寝室には大きな寝台があった。三人くらいは並んで寝ることができそうだ。そっと腰を下ろしてみると、柔らかく沈み込む。

(すごい……。こんなところで眠れるかしら?)

 心配だったが、さすがに慣れないことばかりで疲れていたようだ。

 少しだけ横になるつもりが、あっという間に意識は途切れ、ラネはそのまま眠ってしまっていた。



 

 ラネがすっかり寝入ってしまったあと。

 彼女の部屋の前に、サリーが立っていた。彼女は扉を少しだけ開けて、ラネが寝台で眠っていることを確認すると、起こさないように気遣いながらそっと扉を閉める。

「……まさかアレク様が、女性を連れて帰られるなんて。キキト村の、ラネ様。あの方にお知らせしなければ」

 小さくそう呟いたサリーは、ラネを思いやるような、深く同情しているような顔をしてラネの部屋を見つめ、そして立ち去っていった。

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