第13話

 これから先、ひとりで生きていくために、エイダ―に会い、最後にきちんと話がしたかった。

 だが、相手は剣聖と聖女。本当ならば、もうラネが会えるような相手ではない。

 それでもアレクの力強い言葉に、不安が消えていく。

「早速で申し訳ないが、明日のことだから、今すぐに準備をしなければ。すまないが、一緒に来てもらってもいいだろうか」

 申し訳なさそうな彼の言葉に、ラネは頷いた。

「はい、もちろんです」

 エイダ―に会うことが目的だが、アレクのパートナーを務めるという役目もきちんと果たすつもりだ。

「今夜の宿泊はどこに?」

「王都にある宿に泊まる予定でした。たしか、緑の時計亭、という名前です」

 そう告げると、アレクは頷いた。

「準備に時間が掛かってしまうだろうから、すまないが今夜は俺の家に泊まってほしい。もちろん、手伝いをしてくれている女性がひとりいるから、ふたりきりになることはない」

「わかりました。では、荷物を取りに行ってきます」

「いや、エイダ―の両親に見つかってしまうと面倒なことになりそうだ。人を手配するから、このまま一緒に行こう」

「はい。お気遣いありがとうございます」

 たしかに宿を引き払うのなら、他の人たちに何と説明したらいいか考えていた。アレクが手配してくれるというのなら、好意に甘えることにする。

 食事の支払いも、アレクがしてくれた。

 さすがに、そこまでしてもらうわけにはいかない。

 自分の分は払うと主張したのだが、彼は聞き入れてくれなかった。

「誘ったのは、俺だからね」

 時間が惜しいから急ごうと言われてしまえば、これ以上押し問答をしているわけにはいかない。

「ありがとうございました。海鮮料理、とてもおいしかったです」

 仕方なく引き下がって食事の礼を言うと、アレクは嬉しそうに笑みを浮かべる。

「そう言ってもらえて嬉しいよ。また食べに来よう」

 こうしてラネは、アレクに連れられて彼の家に向かった。

 エイダ―や聖女は、王城のすぐ近くにある貴族の邸宅が並ぶ区域に住んでいるらしい。

 だがアレクの家は、高級住宅街であるが、王都の街並みの中にあった。

 世界を救った勇者のものとしては、地味なくらいか。

 それでもラネにとっては、見たことがないくらい大きな屋敷だ。きっとこの辺りは、平民でもかなり裕福な人たちが住んでいるのだろう。

「あら、おかえりなさいませ」

 大きくて広い玄関から中に入ると、そう声を掛けられた。

 ラネの母親よりも少し上くらいの女性が、アレクを出迎えている。

 彼女がきっと、ここで手伝いをしているという女性なのだろう。穏やかな笑顔を浮かべた、優しそうな女性だった。

「サリー、ただいま」

 アレクはそう答えると、ラネを彼女に紹介した。

「彼女はラネ。明日の結婚式の祝賀会で、パートナーを務めてくれることになった」

「あら、まぁ」

 サリーと呼ばれた女性は驚いたように声を上げると、ラネの全身に素早く視線を走らせた。

「とても美しいお嬢様ですね。ですがリィネ様のドレスでは、少し大きいかもしれません。手直しが必要ですね」

「すまないが、明日までに間に合わせてくれないだろうか」

 申し訳なさそうなアレクの言葉に、サリーはにこやかに頷いた。

「はい、もちろんです。アレク様が自ら選ばれた女性であれば、協力は惜しみませんわ」

 そう答えて、視線をラネに移した。

「初めまして、ラネ様。私はサリーと申します。早速ですが、明日のための衣装合わせをさせていただいてよろしいでしょうか?」

「は、はい。よろしくお願いします」

 アレクと別れ、明日のための準備に入る。

 広い廊下を歩きながら、サリーはリィネがアレクの妹であること。明日の結婚式にも参列するはずだったが、聖女であるアキと折り合いが悪く、参加を取りやめてひとりで故郷の町に帰ってしまったのだと言う。

「もうドレスも完成して、アレク様のパートナーとして参加する予定だったのですが」

 サリーは困ったように笑う。

 それがつい昨日のことだというから、アレクも大変だったのだろう。

「あのような方が、どうしてわたしなどに声を掛けたのかと思っていましたが、そんな事情があったからなんですね」

 納得して頷いたが、サリーは首を振る。

「アレク様はどんなに困っていたとしても、町で出会った女性にそのようなことを頼むような方ではございません。あの方は、人の本質を見抜きます。ですから、ラネ様だからこそ、声をお掛けしたのでしょう」

「わたし、だから?」

 何だか恥ずかしくなって、視線を落とす。

 きっと、ラネがエイダ―と因縁があること。それを解決することができるとわかっていて、アレクはラネに声を掛けたに違いない。

 そう思うことにする。

「ドレスを仕立てる時間がないので、リィネ様のドレスを手直しすることになってしまいます」

 申し訳なさそうに言うサリーに、それで充分だと、ラネは頷いた。

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