第12話

 強がりでも、諦めでもない。

 それがラネの本心だった。

「わたしはこのまま村には帰らずに、仕事を探してひとりで生きていくつもりです。もう彼と関わることもないでしょう」

「最後にエイダ―と会わなくてもいいのか?」

 気遣うような優しい声に、ラネは頷く。

「そうですね」

 最後に一言だけ。何か言いたい気もする。

 けれど相手は聖女と結婚する剣聖だ。結婚式でも話すことなどできないだろう。

「きっと結婚式でも遠くから見るだけでしょうから、それで充分です」

 だから祝賀会のパートナーになったりしたら、アレクに迷惑をかけてしまうかもしれない。自分から無理に聞き出しておいて申し訳ないが、こういう事情だったのだと説明した。

「……そうか」

 アレクはそう呟いたきり、黙り込んでしまった。

 それはパートナーの当てが外れたことに悩んでいるというよりも、ラネのために何かできないか。そう考えてくれているようだ。

 悲しくつらいことが続いたが、彼のような人間に出会えたことは幸運だった。

 素直にそう思う。

「俺なら、エイダ―に会わせることができる」

 しばらくして、アレクはぽつりとそう言った。

「え?」

「会ったら文句を言うなり、一発殴るなりしたらいい。責任は俺が取る」

「そ、そんなことは。アレクさんに迷惑をかけてまで、会いたくはないですから」

 慌てて否定したが、彼はラネの手を取った。

 急に手を握られて、どきりとする。

「あの……」

「君にはその権利がある。美しく装って、最後に別れを告げてやれ。エイダ―もきっと、失ったものの大きさに気が付いて後悔するだろう」

「美しく……」

 ふと、宿に置いてきた明日のためのワンピースを思い出す。

 ラネにとっては一番上等な服だが、王都では普段からもっと良い服を着ている人ばかりだ。まして聖女の結婚式なのだから、参列者は着飾っていることだろう。

 あのワンピースで参列して、周囲から嘲笑される様を想像してしまい、居たたまれなくなる。

「でも、アレクさんにご迷惑を」

「俺のことは気にしなくていい。むしろパートナーになってくれると助かる。それに、この辺りでは、身元引受人がいないと仕事を探すのは難しいかもしれない。俺が引き受けよう。仕事探しも手伝うよ」

「そんな、そこまでお世話になるわけには」

 ラネはアレクの言葉を遮って、首を大きく振る。

 身元引受人が必要なことは知らなかった。けれど、そこまで彼に迷惑をかけるわけにはいかない。

 けれどアレクは引き下がらなかった。

「君が許しても、俺はエイダ―を許せない。このまま君と別れてしまうのも心残りだ。それに俺が彼を選ばなかったら、こんなことにはなっていなかったかもしれない。その責任を取らせてくれ」

「選ぶ?」

「ああ。俺が、魔王討伐パーティにエイダ―を選んだ。本人の強い希望があったとはいえ、エイダ―でなければならない理由はなかった。もし選ばれなかったら、彼は君の元に帰っていたかもしれない」

 魔王討伐バーティのメンバーを選べるのは、女神より天啓を受けし勇者のみ。

 ラネは目を見開いて、目の前のアレクを見つめた。

 まさか、と小さく呟く。

 噂は何度も聞いたことがあった。

 魔王を倒した勇者は、金色の髪をした美しい男であると。

 どんな苦境にも真正面から立ち向かう、意思の強い高潔な人物だと噂されていた。

 何よりも彼は、魔王を封印したのではなく、打ち倒した初めての勇者だ。

 封印は百年ほどの効果しかないが、次の魔王が誕生するまでは千年はかかるだろうというのが、教会の予想であった。そんな偉業を達成したからこそ、魔王討伐パーティの面々は、剣聖、大魔導、聖女の称号を得ることができた。

 そのパーティのリーダーである勇者が、目の前に立つこの人なのか。

「勇者アレクシス様?」

 震える声でそう呟くと、彼は少し悲しそうな顔をして首を振る。

「アレクと呼んでほしい。それが俺の名前だ。アレクシスは、勇者らしくないからと勝手につけられたものだ」

「はい、わかりました。アレクさん」

 世界を救った勇者を、そんなに気安く呼んでもいいのだろうか。

 そう思ったが、彼が望んでいるのだからと、今まで通りに呼ばせてもらうことにした。

「ありがとう。魔王は滅び、永遠ではないものの、千年の平和が約束された。俺の役目はもう終わっている。明日の結婚式が終わったら、故郷に帰って静かに暮らすつもりだ」

 エイダ―は剣聖の称号を得て聖女を娶り、爵位と領地を賜るという。

 もうひとりの仲間である大魔導も、王立魔導師になったと聞いた。

 それなのに一番の功績者であるアレクは、何も望まず、静かに王都を去ろうとしている。その高潔さに胸を打たれ、ラネもある決意をした。

「アレクさん。わたしをエイダ―に会わせていただけませんか。彼に、言いたいことがあるんです」

「ああ、もちろんだ」

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