第10話
「エイダ―を知っているのですか?」
驚いてそう尋ねると、アレクは少し複雑そうに頷いた。
「ああ、エイダ―もアキもよく知っている。明日の結婚式にも参列する予定だ。ただ、少し困ったことがあって……」
アレクはそう言うと、本当に困ったように視線を落とした。
その様子に、ラネは差し出がましいこととは思いつつも、こう口にしていた。
「わたしに何かお手伝いできることはありますか?」
一瞬、縋るような目でラネを見たアレクだったが、やがて静かに首を振る。
「いや、出会ったばかりの君に、こんなことを頼むわけにはいかない。余計なことを話してしまって、すまなかった。忘れてほしい」
「……ですが」
彼には危ないところを助けてもらったのだ。
ランディは親切心だったのかもしれないが、急に腕を掴まれ脅されて、ラネはパニック状態になっていた。彼を振り払ってさらに奥に逃げていたら、どうなっていたかわからない。
せめて話だけでも聞かせてほしいと繰り返し尋ねると、アレクは戸惑いながらも、詳しい話を聞かせてくれた。
「明日の結婚披露パーティに参加するために、パートナーを連れて行く必要があってね。俺は平民だし、王城で開かれるパーティなんて堅苦しいだけだ。けれど、エイダ―とアキが主役だから、参加しないわけにはいかなくてね」
そう言って、深い溜息をつく。
「妹は絶対に嫌だと言って、ひとりで先に町に帰ってしまった。立候補してくれる女性はいるが、下手に貴族の令嬢に頼むと後が面倒だ」
ふいにアレクは立ち上がると、ラネの足元に跪く。
「え? アレクさん?」
驚くラネに、彼は懇願した。
「すまない。出会ったばかりの君にこんなことを頼むのは、非常識だとわかっている。だが、他に誰もいないんだ。明日、俺のパートナーを務めてくれないだろうか」
「……」
すぐに答えることができず、ラネは口を閉ざす。
彼は本当に困っている様子だ。
それに、アレクは忘れてほしいと言ったのに、無理に聞き出したのは自分だ。彼にここまで言わせてしまったのだから、断ってはいけないと思う。
だが、明日のパーティはエイダ―と聖女の結婚式なのだ。
そこに元婚約者であるラネを連れて行けば、アレクに迷惑をかけてしまうかもしれない。
とりあえずアレクに立ってもらい、言葉を選びながら慎重に、経緯話す。
「その、わたしにも少し事情がありまして。わたしを連れて行ったら、アレクさんに迷惑をかけてしまうかもしれません」
「事情とは?」
「……ここでお話するのは、ちょっと」
ラネは周囲を見渡す。
広い公園とはいえ、周囲にはたくさんの人がいる。明日結婚する剣聖と婚約していたなんて、容易に口に出すことはできなかった。
「そうか。ならば、一緒に食事でもどうだろうか。完全に個室で、防音魔法が掛けられてるところがある」
「防音魔法。そんなものが……」
そこでなら心置きなく話すことができるだろうが、手持ちのお金が少ない身としては、外で食事をすることに躊躇いがあった。
だが、彼にはきちんと事情を話しておきたい。
(村を出てひとりで暮らす予定だったから、少しは蓄えがあるわ。それを使うしかないわね)
心に決めて、彼の誘いに頷いた。
「はい」
「建物はすばらしいが、店は庶民的なところだよ。安くておいしいから、期待していてくれ」
そう言ってアレクが連れて行ってくれたのは、たしかに高級そうな造りの建物だったが、出される料理は馴染みのある料理ばかりで、値段も心配していたほど高くはなかった。
アレクは店の主人と馴染みのようで、案内される前に個室に入っていく。
「まずは食事を楽しもうか。海を知らないのなら、海鮮料理がおすすめだ」
たしかに、海鮮はほとんど口にしたことはない。
彼の助言に従って、シーフードのシチューとパン。そして海鮮サラダを注文してみる。
「おいしい……」
目を輝かせるラネに、アレクも嬉しそうに笑う。
「この店では、俺の故郷で採れた海鮮を使っているんだ」
「そうなんですね」
噂に聞く広い海を想像してみようとしたが、小さな池しか見たことがないのでなかなか想像できない。王都の近くはあまり治安がよくなさそうだから、思い切って海辺に移住してみるのも良いかもしれない。
「それで、わたしの事情なんですが」
食事を終えたあと、ラネはそう切り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます