第3話 秘密結社『メイドゥ』所属のメイドさん

 ツッコむ気が失せた俺はこれから本格的にどうしようか考えつつ、『サキ』と呼ばれたメイド服を着た非常識な存在を見た。

 彼女は俺の視線を受けてか、無表情なままではあるが少し背筋を伸ばす。姿勢が良いせいか——小振りだが——出るところが強調されている。

 改めてみると——美人だ。白い肌に黒い瞳。短くつやのある黒い髪に白いカチューシャをし真面目そうな顔。身長は俺よりも少し低いくらいだから百六十真ん中くらいだろう。少し引きまったメイド服のせいかくびれが見えるが、脚を隠すようなロングスカートのメイド服を着こなしていた。


「欲情したのですか? エロティカルご主人様」

「違うわ! 単に美人だなと思っただけだ」

「美人……」


 とだけ呟いてわずかに一瞬ほほゆるんだかと思うとすぐに無表情に戻った。

 無表情に見えるがほんの少し顔に出てるな。

 言葉使いはあれだけど。


「それは置いておいて……結局君は何者? 」


 少し真面目な顔をして横に立つ彼女を見上げた。

 今までとは雰囲気が違うことに気が付いたのか彼女も真面目な顔をしてこちらを見る。


「私は秘密結社『メイドゥ』所属メイド、天道・イリステリア・サキと申します。幾久いくひさしくよろしくお願いします」

「その言葉はおかしい」

「いえ。合っているかと」

「全然違うだろ?! 確か「幾久しく」って結婚とかの時に使う言葉じゃ」

「私とともゆき様は婚約者なので合っていますよ? 」


 そんなの聞いていない!!!


 さっきまでのおちゃらけた感じは受けない。どうやら本当なようだ。

 親父正気か?!

 驚愕の事実に呆然ぼうぜんとしているとサキがきりっとした目つきで口を開いた。


「お聞きになっていないようなのでご説明しますと私が派遣されたのは花嫁修業もねておりますので」


 嘘だろ……。


 俺に婚約者?! しかもメイド?!

 どこの世界の話だよ。俺は一般人だぞ。


 しかし……こんな美人さんが婚約者か。それはそれで嬉しいのだが。

 イリステリアというミドルネームはしらないが、日本とは違う国の人の血が入っているんだろう。

 顔立ちからすれば北欧ほくおう系か?


「状況はわかった。だけど何で婚約者? 俺と君——サキとは初めて会うと思うんだが」


 少し困惑気味に、彼女に聞いた。

 すると僅かに空気がピリっとした気がするが、すぐに戻る。気のせいか。


「日本にはお見合いという風習もありますので、初めて会う人同士が結婚してもおかしくないでしょう」

「確かに……。だが、しかし俺は一般人だぞ? 」


 そう言うとサキは少しあごに手をやって少し間を空け口を開いた。


「ともゆき様は一般人ではないと思います」

「え? 」

「まず現在ともゆき様のお父様が経営する会社、『株式会社ASAKAWA』は急成長中。それにじょうじてともゆき様を狙うやからは多いと考えられます。物理的にも危ない状況かと」

「いつの間にそんな大事に」

「暗殺の類はもちろん性的にせまるものもいるかと」


 ……。


「会社を乗っ取った後ともゆき様は捨てられると思うので、わざと引っかかるような真似はしないでくださいね? 」

「し、しねぇよ! 」


 どうでしょう? と呟き更に続ける。


「そこでともゆき様を護るべく様々な技術を会得えとくしたメイドことこの私、天道・イリステリア・サキが派遣されたのです」

「さっきまでのやり取りでむしろ警戒心が上がったわ! 」

「残念ご主人様。ご主人様は知らないかと思いますが浅川家と天道家は古い付き合い。浅川の者と天道の者が婚約というのは案外まとているのですよ? 」

「初耳だわ! 」

「私の両親も浅川本家のメイドや執事をしておりますし」

「衝撃の事実! 」

「なので両家合意の元、また護衛も兼ねて万能メイドこと私が派遣されたのです」


 と言い軽くドヤった。


 自分で言ってたら世話ないな。

 しかしそんな付き合いがあったとは。全く聞いたことないぞ?

 いや聞いたことがないのも当たり前か。俺はじいちゃんやばあちゃんの家にあまり行ったことがない。

 どちらかというと俺の家に来ていたからな。だがその時もサキのようなメイドや執事を見たことがない。もしかしたらどこかに潜んでいたのかもしれないな。


 俺は下を向き、うなる。

 するとサキが悲しそうな声をかけてくる。上を向くとうるんだ瞳で訴えてきた。


「私は好みではないでしょうか……」


 正直、好みです。ドストライクです。

 だがいきなりメイド、しかも婚約者と言われて納得がいくものではない。

 それに俺は普通の生活を送りたい。

 メイドや婚約者がいる時点で普通の生活は送れないのは分かり切っている。

 普通に大学に行き、普通に講義を受けて、普通にサークル活動をし、普通に恋愛をして、そして普通に就職したい。

 彼女を受け入れた時点で俺のこの望みはついえる訳で。


「私の事はお嫌いですか? 」


 潤んだ瞳から涙が伝う。

 少し後ろにずれるも、向き直す。


 そ、そんな顔をしないでくれ!

 俺は普通の生活を送りたいだけなんだよ。

 受け入れる訳には——。


「私はお払い箱ですか? 」


 う……うぐ……。

 あぁ……くそっ!


「わかった、わかった。俺の負けだ。親父が雇ったのなら仕方ない。これから頼む」


 両手を上げて降参のポーズ。

 すると安堵あんどの雰囲気が流れてきた。

 瞳を開けて彼女の方を見る。

 もう涙は出ていないようだ。


 われながらなさけない。

 自分の不利益を率先そっせんして受け入れたのだから。

 これから先、注目を浴びるんだろうなと少し溜息をつく。

 するとサキがペコリとお辞儀をして、言った。


「ありがとうございます」

「出来れば行動は控えめによろしく」

善処ぜんしょいたします」

「約束するんじゃないのかよ」

「安易に、不確実な約束をするほどおろかではないので」

「なんだそれ」


 軽く俺が笑うと彼女も少し頬を緩ませた。


「では早速お仕事に入らせていただきます」

「よろしく」

「まずはお掃除から――」


 ゴトン。


 彼女が動くと何かが落ちた。

 音の方向を見るとそこには一個の目薬めぐすりが。


 演技か! ちくしょぉぉぉぉ!!!


 こうして俺の、俺達の面白おもしろ可笑おかしい奇天烈きてれつな毎日が始まるのであった。


 ———

 後書き


 こここまで読んでいただきありがとうございます!!!


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